NHKの受信料制度は強制徴収だけが問題なのではない
「NHKから国民を守る党(N国)」が参議院に一議席を得たことで注目されている。注目されていると言っても「NHKをぶっ潰す!」の方ではなく、無所属議員に声を掛け党勢を拡大しようとするやり方が無節操すぎるからだ。
29日には「戦争発言」で日本維新の会を除名になった丸山穂高衆議院議員を入党させ、30日には元みんなの党代表渡辺喜美参議院議員と組んで統一会派「みんなの党」を結成した。いずれも政策や主張を度外視し、政党助成金が目当ての連携と見られる。
NHKや総務省は、N国が主張するスクランブル放送の実現、すなわち見る人だけから受信料を取り、見ない人からは受信料を取らない仕組みは、公共放送の趣旨にそぐわないと全否定している。
しかし今年4月の統一地方選挙でN国は26名を当選させ、参議院選挙では社民党とほぼ変わらない98万票を獲得した。その結果、N国は政党要件を満たして正式に政党となり、国政の場に議席を持った。
つまり国民の中には強制的に受信料を徴収される現在の制度に不満な人間がいる。N国代表の立花孝志参議院議員は、そうした国民に訴えスクランブル放送が実現すれば、受信料を払ってNHKを見る人間は激減し、NHKを潰せると考えている。
一方、客室に設置されているテレビの受信料を支払うようNHKがビジネスホテルチェーン「東横イン」に求めていた裁判で、最高裁は24日に「東横イン」の上告を退け、19億3500万円の支払いを「東横イン」に命じた。
立花代表は議員になっても受信料は支払わない意向だが、日本維新の会代表の松井一郎大阪市長は維新が除名した丸山、渡辺の2人の議員とN国が連携したことに腹を立てたようで、「国会議員の不払いが許されるなら大阪市も受信料を払わない」とNHKに立花氏から徴収するよう迫った。続いて吉村洋文大阪府知事も同じことを言った。
これに立花氏がどう対応するのか見ものだが、NHKの受信料制度の問題は放送を見なくても強制徴収されることが問題なのではない。前のブログにも書いたが、政府や企業などからの圧力を受けないためと説明される受信料制度が、政治権力の圧力を受ける仕組みになっていることが問題なのである。
具体的に言えば、受信料の強制徴収は税金に近い性格のものであるから、国会のチェックを要することになり、それがNHKに与党には逆らえない構造を作り出すのである。従ってNHKが政権批判をしたり、与党に不利になる報道を行うことはあり得ない。
しかしそれが国民に分かってしまえば受信料不払いが起きるので、それを分からせないようにNHKは全力を上げる。まず公平中立とか不偏不党を謳い、政治的対立が起こるような問題からはなるべく距離を置く。
鋭い意見を持つ人間は出演させず、外国の報道番組のような口角泡を飛ばす激論はやらない。養老孟子氏はベストセラーになった『バカの壁』(新潮新書)でNHKを「バカの壁」の代表とした。「神様でもあるまいし、公平・客観・中立などありえない」と書いているが、受信料の強制徴収をするためには「バカ」になるしかないのである。
そして真実にベールをかぶせた報道を「公平・客観・中立」と思わせてしまうことは、国民のマインドを著しく劣化させる。NHKだけを見ている日本国民は世の中の真の姿が見えなくなる。日本列島には「バカ」が拡大再生産されていくのだ。
公共放送は外国にもある。受信料を強制徴収している国もある。しかしNHKのような受信料制度ではない。政治権力の圧力を受けないように考えられている。例えばNHKが真似をしていると言われる英国のBBCは肝心なところがNHKと違う。
BBCはテレビを買えば受信料が発生し、料金のレベルも強制徴収されることもNHKと同じである。しかし不払い者には罰金が科せられ、下手をすると刑務所行きになる。つまり日本より厳しい。だが英国は議会がBBCの予算をチェックすることはしない。だから与党の圧力を受けない。
そしてNHKに放送免許を与えるのは総務省だが、BBCに免許を出すのは国王である。10年に一度政府が特許状を作成し、国王が特許状をBBCに与える。日本で言えば天皇から免許が与えられるのだから、政治家が圧力をかけにくい構造になっている。
従ってBBCは政府攻撃が出来る。近年では米国のイラク戦争にブレア首相が全面支援を行った時、イラクに大量破壊兵器があるという理由で戦争に踏み切ったものの、実際にはなかったことが分かり、有志連合各国では政権批判が起きた。
米国ではブッシュ(子)大統領が批判され、英国ではもっと激しい政権批判が行われ、ブレア首相は任期途中で退陣させられた。そのブレア攻撃の中心がBBCであった。
BBCの強制徴収は日本より厳しいから不満を持つ国民はもちろん存在するが、しかし政治の圧力に屈しないことはその不満を和らげる。日本の小泉政権もイラク戦争に自衛隊を派遣した。しかし有志連合の国の中で唯一と言っていいほど政権批判が起きなかった。勿論NHKも自衛隊派遣を批判しない。そこがNHKとBBCの違いである。
英国以上に日本に影響を及ぼす国は米国である。米国にも公共放送はある。PBSというテレビネットワークとNPRというラジオネットワークである。放送内容はニュースやドキュメンタリー番組が中心で、それ以外には教育目的の番組が多い。「セサミ・ストリート」という幼児番組は有名で、世界各国でも放送された。
こちらは受信料制度ではなく寄付で支えられている。連邦政府からの交付金、州政府からの交付金、企業の寄付、個人の寄付が4分の1ずつの割合で集められる。こちらも政治家からの圧力が排除されるようになっている。
米国の放送は基本的に民間が行い、地上波、ケーブルテレビ、衛星放送をCMと有料のどちらかで運営している。一方で視聴率に影響されない放送も必要だとされ公共放送が作られた。それを国と地方と企業と個人の寄付で支えている。
面白いのはアンダーライティングと呼ばれる企業の寄付で、商品広告ではなく企業が社会貢献していることを分からせるため社名を放送する。日本で言えば新聞に時々掲載される名刺広告のようなものと考えれば良い。金儲けのためのスポンサーではなく社会貢献する本当のスポンサーに企業がなるのである。
また個人の寄付は放送で呼びかける。番組と番組の間にスタジオが映り、電話機を前にしたお年寄りがひな壇上にずらりと並ぶ。司会者が「米国の文化を守るため電話してください」と番号を画面に映すと、スタジオの電話が次々に鳴り出して寄付が集まる。そうした寄付募集を一日に何回か行う。
こうした資金集めの方法も政治権力からの圧力を排除するための仕組みなのだ。ところがNHKの受信料制度は政治権力の圧力を排除する目的と言いながら、まるでその逆になっている。国会を関与させることは、国民の代表がチェックすると一見思わせるが、実態は与党の圧力を強めさせる。
毎年の予算を通してもらうためにNHKは企業の株主対策と同様のことをやるようになった。それをどうするかを考えなければ、強制徴収だけを問題にしてもNHK問題は解決しない。日本国民が思考劣化を避けてまともな判断能力を持つためには、NHKを政治権力から解放しなければならない。
そのための放送法改正が必要である。現在の最高裁が何でもかんでもNHKに支払えと命ずる根拠は放送法にある。それが深刻な問題をはらんでいることをまるで裁判所は分かっていない。ただ放送法に従っているだけだ。
キワモノとして登場したN国は当選後もキワモノとしてしか動いていないが、しかし国民の中にNHKはおかしいと感ずる人間が多いことは確認できた。その芽を良い方向に育てていかなければならない。各国の公共放送を参考にしながら、しかし最大のポイントは政治権力からの解放であることを確認することが重要である。