安倍元首相、凶弾に倒れる 「自爆テロ型犯罪」は第2段階に突入 この現実をどう変えていくか
5・15事件や2・26事件の再来か?
8日の昼、安倍元総理大臣が撃たれ、亡くなられた。
7日に仙台市で登校中の中学生が刃物で刺される事件が起きたばかりなのに、翌日にまた「自爆テロ型犯罪」が起きてしまった。
自爆テロ型犯罪とは、捕まってもいいと思って振るう暴力のことだ。
今回は、無差別ではなく、要人がターゲットになったので、とうとう自爆テロ型犯罪も次の段階に進んでしまったことになる。
日本の置かれた状況が、犬養毅首相が殺害された5・15事件や、高橋是清大蔵大臣らが殺害された2・26事件と似てきたということだ。
確かに、政治的闘争という色彩は薄いが、今回も、社会全体に不公平感が充満した社会情勢の下、うっ積した不満が爆発した事案だと私は分析する。
自爆テロ型犯罪の第2段階は、「相手は誰でもよい」というわけではない。攻撃対象の社会を「誰か」に置き換えるからだ。
川崎市でスクールバスを待っていた私立カリタス小学校の児童が刃物で刺される事件、そして東京大学前で受験生が刃物で切りつけられる事件、これらでは裕福な家庭の子が通う学校がターゲットになった。いずれも、攻撃の対象者は、特定とまではいかないが、不特定でもない。
それが今回の事件では、特定の人物になった。ただし、安倍元総理大臣に対する個人的恨みからというよりも、むしろ「こんな日本にした張本人だから」という思いからの犯行と見るのが自然だ。
日本の「ゼロ成長国家」化が背景か?
自爆テロ型犯罪のほとんどで、同じ思考回路が働いている。
「こんな日本」とは、「ゼロ成長国家」化している日本である。
下図は、経済協力開発機構(OECD)による1990年から2020年までのG7参加国の賃金上昇率を比較したものである。
G7とは、日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの7つの先進国の集まりだが、このグループから日本がまず脱落しそうである。まさに、バブル崩壊後の「失われた30年」だ。
その原因として挙げられるのが、労働生産性の低さである。
下図は、オックスフォード大学を拠点とする統計サイトOur World in Dataによる1990年から2017年までのG7参加国の労働生産性上昇率を比較したものである。
では、労働生産性が上がらないのはなぜか。
それは、IT革命やデジタル・トランスフォーメーションが進んでいないからだ。
例えば、未だにファクスを使い続けている組織が多いようだ。かつて河野太郎行政改革担当大臣(当時)が「中央省庁のファクス廃止」を発表したときには、各省庁から400件を超える反論が寄せられたという。
では、デジタル化が進まないのはなぜか。
その一因は、ITスキルやITリテラシーが向上しないことである。学校のデジタル教育やオンライン授業が低迷しているのも背景にある。
もちろん、組織の中でデジタル化を主張する声がないわけではない。しかし、その多くは黙殺されてしまう。既得権益を守りたい保守層による同調圧力が強いからだ。
しかし、この同調圧力の起源は4万年前にまで遡るので、その弱体化は困難を極める。
アフリカで長い時間をかけてサルから進化したヒト(ホモ・サピエンス)は、やがて世界に広がっていき、4万年前ごろに日本列島に移り住むようになった。
アフリカで戦いに敗れたか、あるいはそもそも争うことが嫌いだったグループがアフリカを後にして極東にまでやってきたのだろう。
とすれば、弱さを自覚した日本人の生き残る道は、弱い者同士が肩を寄せ合い、助け合うしかなかったはずだ。弱者が強者に勝つ方法は一致団結することだからだ。
こうして、日本人は、協調性よりも同調性を、多様性よりも画一性を重視するようになった。
このマインドは、建国以来、異民族に日本本土が侵略されたことが一度もないという特殊な歴史によって、揺るぎないものになっていった。
自爆テロ型犯罪をどう防ぐ?
自爆テロ型犯罪の原因としては、「格差社会」や「疎外感」といった社会問題が挙げられることが多いが、そのルーツを探っていくと、前述したように「同調圧力」にたどり着く。したがって、問題解決は容易ではない。
もちろん、長期的には、「多様性」を認め、個性を前提にした「協調性」と、個性を封殺する「同調性」を混同しないことが望まれるが、それはそれとして、以下では、短中期的な対策に絞って検討する。
短期的な対策として重要なのは、「犯罪機会論」の導入である。
防犯対策における世界の常識、つまりグローバル・スタンダード(世界基準)である犯罪機会論の普及が日本では相当に遅れている。
犯罪機会論は、犯罪の動機を抱えた人が犯罪の機会に出会ったときに初めて犯罪は起こると考える。動機があっても、犯行のコストやリスクが高くリターンが低ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。
この研究の結果、犯罪発生の確率が高いのは「領域性が低い(入りやすい)場所」と「監視性が低い(見えにくい)場所」だと分かっている。
犯罪機会論は、自爆テロ型犯罪から施設を守る方策として、「ゾーニング(すみ分け)」や「多層防御」を提案する。
この手法は、施設の設計だけでなく、通学路の安全、インターネットのセキュリティ、警備態勢などにも応用できる。
今後、選挙の街頭演説を聞きに行くときには、ゾーニングができているかをチェックするのがいいだろう。
「ディフェンダーX」という先端テクノロジーを利用することも一考に値する。
ディフェンダーXは、ポリグラフ(俗称「うそ発見器」)や、離れていても心拍と呼吸を感知できるドップラーセンサー(電波センサー)のような生理学的視点から、精神的ストレスに起因する表情筋(顔の筋肉)の微振動を解析するソフトウェアである。
このソフトを防犯カメラに搭載すれば、凶器を隠し持つ犯罪企図者の「今ここ」での緊張状態を検知できる。
顔認証ソフトと異なり、顔のデータベースは必要ない。
誰も排除されない社会とは?
中期的な対策として重要なのは、貧困対策である。
前述したように、格差社会の主要因は、情報格差(デジタル格差)なので、学校におけるデジタル教育、ITリテラシー教育、オンライン授業の本格化が望まれる。
「不登校」「引きこもり」「いじめ」といった言葉が死語になるまで、教育の多様化を進める必要がある。
同時に、ITスキルやITリテラシーを高める職業訓練や社会教育を充実させることも必要だ。
社会に出てから、特に失業してから、この教育を受けるには、経済的に安定した生活が保障されていなければならない。したがって、基本的な生活費を保障する「ベーシックインカム」の導入を検討すべきだ。
ベーシックインカムは、全国民に対して最低限の現金を老若男女などの区別なく均一給付するので、年金や生活保護の審査と管理のコストをなくせる。
カナダのドーフィンで行われたベーシックインカムの社会実験(1974年~1977年)を分析したウェスタン・オンタリオ大学のデビット・カルニツキーとペンシルベニア大学のピラル・ゴナロンポンスは、「実験的な所得保障が犯罪と暴力に与える影響」(2020年発表)という論文で、ベーシックインカムの導入後、財産犯罪だけでなく、暴力犯罪の発生率も低下したと結論づけている(下図参照)。
ベーシックインカムが「人間に対する投資」と呼ばれるゆえんである。