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Netflixがテレビ局と揉めながら始めた広告つきプランは成功するのか

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像はNetflix新規登録ページの一部をキャプチャー

今週になって浮上したNetflixの強引さ

11月からNetflixが月790円の廉価な広告付きプランをスタートさせるのは前からアナウンスされていた。その場合は当然、既存プランよりコンテンツ数は減るのだろうと予想していた。価格が安いからというだけでなく、広告付きで出せるものと出せないものがあるはずだからだ。特にテレビ局が権利を持つ番組の場合、広告プランは自分たちのビジネスモデルと競合関係になってしまい、出すのは絶対嫌がる。だから、日本のテレビドラマの多くは広告付きプランでは視聴できないのだろうと捉えていた。日本の多くのテレビ局も、Netflixが競合事業に乗り出すのだから当然自分たちの番組はそこに出してこないつもりでいたようだ。

ところが今週前半になって、テレビ局周辺から驚くべき情報が伝わってきた。Netflixは広告付きプランでも、現状の配信コンテンツをほとんど見せるつもりであり、日本のテレビ番組も例外ではない、というのだ。広告付きで配信する前提で進めており、しかも事前の説明は一切なく、問い合わせても何の返答もないらしい。

テレビ局をはじめ日本のコンテンツ提供者は騒然となった。戸惑いつつも、あまり揉めずにうまく調整して欲しいと様子見の局もいる一方で、イキリたって今後の契約の打ち切りを社内で議論しはじめた局もあったようだ。

外野の私から見てもNetflixの進め方は強引すぎると思えた。私は彼らの日本ローンチ時に上層部に取材し、現地の商慣習や国民性を理解しようとする人々だと感じた。当然起こる軋轢を無視するような今回の進め方は、Netflixらしくない。コンテンツを大事にするのが信条だったのに、広告つきプランを始めると決めたらそれを忘れてしまったのか?

一つの記事が衝突を回避させるのか?

そんな中で、この状況を全て晒した記事が出た。山本一郎氏がプレジデント・オンラインに書いたものだ。

ネトフリがNHKと民放をぶっ壊す…突然導入される「広告つき割引プラン」の深刻すぎる代償

情報収集の早さに舌を巻きつつ、的確な把握とそれに対する山本氏の主張には納得できた。「ぶっ壊す」と見出しは不穏当だが、最後は俯瞰的なビジョンが必要だと現状の業界議論の進め方を憂えた、重みある内容だった。

そしてどうやら、この記事が事態を一歩進めたようだ。噂レベルだが、この記事は英訳されアメリカのNetflix本社でも共有されたと聞こえて来た。すると本社の人々が動いたらしいのだ。抗議を無視していたNetflixが一部のテレビ局に、番組には広告をつけないと連絡して来たという。「騒動」は静まっていくように思えた。

状況を知った本国が調整に動いたと断言はできないが、おそらくそうなのだと思う。というのは、ローンチ時の日本法人のトップ、グレッグ・ピーターズ氏が今本国で出世してかなり上の立場にいるからだ。

ピーターズ氏は日本文化を愛しており、だからこそ東洋の島国の独特の業界文化への配慮を怠らなかった。彼がこの件を知って、きちんと説明せよと命じたのなら、Netflixの突然の変化も納得がいく。2015年のローンチ直前にフジテレビの番組で私がインタビューした際、日本でのサービス価格が決まったら必ず最初に連絡すると約束し、本当に一介のライターでしかない私に直接電話をくれた。その律儀さは忘れられない。

ピーターズ氏が動いたのなら日本のテレビ番組にCMを強引につけて配信するような無理矢理なことはしないはずだ。そう信じて私は広告プランのスタートを待った。

曖昧だった広告つきプランのスタート時間

さて実際に広告付きプランはどうなったのか。そのスタートは11月4日と聞いていたが、11月3日開始と書いたメディアもあった。Netflixのサイトの中で開始を2022年11月3日(太平洋標準時間)とした中に日本も入っていたのだ。

ただ実際には太平洋標準時間の11月3日0:00(日本時間で3日16時もしくは17時)ではなかったようで、その時間を過ぎても「広告つきプラン790円」は表示されなかった。

どうやら太平洋標準時の3日9:00がスタート時間で、日本では日付を超えて深夜のスタートだったらしい。2:00ごろ新規登録を試みたところ、広告つきプランで契約できた。

Netflixサイト内のプラン選択画面(11/4 2:20)
Netflixサイト内のプラン選択画面(11/4 2:20)

結果的に日本では11月4日スタートとのアナウンス通りだったが、具体的な時間はオフィシャルに告知されておらず、今回のドタバタぶりを象徴していると感じた。登録サイトに冒頭画像のような文言が加わっているが、小さな表示でまるで広告プランの心もとなさを表しているかのようだ↓。

Netflixの新規登録サイト790円からのプランも加わった文言が入った(赤線は筆者)
Netflixの新規登録サイト790円からのプランも加わった文言が入った(赤線は筆者)

日本のテレビ番組には広告が・・・ついていた!

では広告つきプランで視聴できるコンテンツは・・・想像したのと違い、見たところ通常のプランとほぼ変わらないラインナップだ。とりあえず見たオリジナルドラマ「ペーパーハウス」では番組の前にCMが1本流れた。途中で流れる「ミッドロール」形式のCM枠もあり、4本流れた。ティファニーやルイ・ヴィトンのようなグローバルなブランドのものもありつつ、イーデザイン損保、ボディメンテ、メルカリなど、日本のテレビでも流れる身近なCMもあった。

迫力があったのはPanasonicのVIERAのCMで、Netflixの作品映像をふんだんに使い、それを見るのにふさわしいテレビであることをアピールするものだった。私が見た限りオリジナルはこれだけで、他はテレビCMをそのまま流していた。

では日本のテレビ番組は果たしてCMなしで配信されたのか?残念ながら一部の局を除いて多くがCMつきで配信されていた。ピーターズ氏が動いて万事解決、というのは私の願望にすぎなかったようだ。Netflixから「CMをつけない」と連絡してきた局は間違いなくあり、その局の番組にはCMがついてないのだが、他の局には連絡が行かずCMつきで進んだのだろう。

もっともショックを受けたのは、NHK「半分、青い」にもCMがついていたことだ。公共放送としてCMなしで運営する局なのに、これは無神経すぎる。Netflixが勝手にCMをつけるのはあってはならないことではないだろうか。

数日間で事態は二転三転したように思えたが、それは限られたテレビ局の話であり、実際には当初のNetflixの目論見通り進んだ。強引にCMをつけた配信を着地させ、テレビ局として抗ういとまも与えなかった。これを受けてこれから各局が正面から抗議するのか、それともなし崩し的に受け入れていくのかは不明だ。

私はNetflixの広告プランはさほど伸びないと予測しているので、料金アップなどの好条件を呑ませて実利を取る手もあるとは思う。ただ、ビジネスパートナーとの関係を踏み躙ったとも言える今回の進め方に、まずは強い態度で抗議すべきではないだろうか。

Netflixの広告ビジネスへの不慣れが露呈

日本で軋轢を起こしかけたのは、この国の映像コンテンツをテレビ局が主に制作しているのが背景。テレビ局は広告ビジネスが本拠地なのだから、良好な関係を続けたいなら細心の注意を払うべきだった。

海外は制作スタジオ方式が主流で、テレビ局が権利を持つ例は少ない。ただそれはハリウッドの話で、他の国ではどうだろう。今回のような揉め方は日本だけではない気がする。

またテレビ局でなくても、CMがつかない前提でコンテンツ提供した制作者は自分の知らないうちに勝手にCMを映画やドラマに入れられるのは相当不快に感じると思う。日本同様に強行突破すると信頼関係は崩れるだろう。

Netflixの広告つきプランは、はっきり言って拙速だったのではないか。広告ビジネスにはBtoCのコンテンツビジネスとは違う要素が多く、ステークスホルダーも一気に増える。普通に考えれば1年や2年の準備が必要なところを、半年でスタートさせたのはまずかったと私は思う。

実際、海外のメディア動向を伝えるブログDONで、英国でのNetflix広告プランの不評を伝えている。

地上波関係者に朗報? ネットフリックスの広告付きプランですが、少なくとも英国では大手企業の食いつきは良くないんだそうですよ

2015年のローンチ時の取材で、彼らが広告ビジネスを忌み嫌っているのをはっきり感じた。「広告なんて!」と吐き捨てるように言っている幹部もいたほどだ。彼らが広告つきプランを立ち上げると聞いた時、あれだけ嫌悪していた領域に足を突っ込んで大丈夫かと心配した。DONの記事はその心配が当たっていることを示している。それほど嫌っている広告プランを、有料で立ち上げるのはムシが良すぎだ。790円はちっとも安くない。

だからと言って今さら後には引けないだろう。今後のNetflixにとってのガンのようなものにならないことを祈る。本来は広告に取り組む前にやるべきことはあると思うのだが。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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