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米国で選挙のある年の10月には何かが起こる

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(670)

神無月某日

 サウジアラビアなどOPEC(石油輸出国機構)にロシアなど主要産油国を加えたOPECプラスは10月5日、11月以降の原油生産量を1日当たり200万バレル減らすことを決定した。

 これは世界の原油需要の2%に当たる大規模な減産で、5日のニューヨーク市場の原油先物価格は上昇し、9月に1バレル80ドルを下回っていた原油価格が88ドルの高値を付けた。

 原油価格はロシアのウクライナ侵攻で今年3月には1バレル130ドルを超えて高騰し、インフレを加速させる要因となっていた。これに対しインフレを抑えるために米国をはじめとする欧米各国は利上げを行い、それによって景気が減速し需要が減るとの見通しから価格は下落に転じていた。

 それがまた逆転して高止まりするとの見方が出てきたのである。それは現在ウクライナ戦争で劣勢と伝えられるロシアを有利にし、インフレに苦しむ欧米には不利に働く。OPECプラスの発表会見では、決定の背後に政治的思惑があるのではと疑う質問が相次いだ。

 サウジアラビアのアブドラアジズ・エネルギー大臣は「どこかに証拠があるのか」と言下に否定したが、米国のサリバン大統領補佐官は「OPECプラスが近視眼的な決定をしたことに失望している。決定は低所得と中所得の国に深刻な影響を与える」と批判した。

 サリバンは「低所得と中所得の国に深刻な影響を与える」と言ったが、しかし最も深刻な影響を受けるのはあと1か月後に中間選挙を迎えるバイデン大統領である。選挙に向けて最大の課題であるインフレ抑制策が効かなくなる恐れがあるからだ。

 これを見てフーテンの脳裏には「オクトーバー・サプライズ」という言葉が浮かんだ。米国で大統領選挙が行われる年の10月に、選挙に重大な影響を及ぼす何かが起きるという意味だ。今年は大統領選挙の年ではないが、11月8日に中間選挙が行われる。その中間選挙で民主党が敗れればバイデン大統領は「死に体」となる。

 現在の米国議会は議席数が下院で民主党220対共和党211、上院で民主党50対共和党50でかろうじて「ねじれ」を免れている。しかし過去の例で現職大統領の与党が中間選挙で下院の議席数を増やすことは滅多にない。特に1期目の中間選挙では大敗することが多い。民主党のオバマ元大統領は63議席減、その前のクリントン元大統領も52議席減だった。

 バイデン大統領の支持率は昨年8月までは支持が不支持を上回っていた。しかしアフガニスタンから米軍を撤退させたのを契機に不支持が支持を上回り、一時は支持が40%を割り込んだ。

 バイデンがオバマやクリントンのように1期目の中間選挙で議席を減らし「ねじれ」が生まれれば、高齢であることから2期目の大統領選挙に出馬することは難しくなる。まさに大統領としては死んだも同然となり、民主党は次の大統領選挙に代わりの候補者を探さなければならなくなる。

 だからバイデンは中間選挙に必死だ。どんなことをやってでも中間選挙に勝たなければならない。そのためウクライナのゼレンスキー大統領にロシアのプーチン大統領を挑発させ、ウクライナ戦争を起こさせたのはバイデンだというのがフーテンの見方である。

 これはウクライナ対ロシアの戦争ではなく、バイデン対プーチンの戦争なのだ。だからゼレンスキーが中立化を受け入れて戦争を終わらせようとしたのをバイデンは許さなかった。前回のブログで書いたように、停戦協議を仲介したトルコのチャブシュオール外務大臣は日本記者クラブの会見でそれを示唆する発言を行った。

 バイデンはプーチンを「戦争犯罪人」と非難する世界的プロパガンダを展開し、これまでにない経済制裁でロシアを弱体化させ、プーチン追い落としを図った。一方でプーチンがその挑発に乗ったのは、この戦争を利用して米国の一極支配を終わらせ、多極構造の世界を創出しようと考えたからだ。

 そのためプーチンは中国の習近平国家主席の「ジュニア・パートナー(格下の同盟者)」となり、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の枠組みを強化し、上海協力機構という中露が主導する国家連合を利用して、中東諸国、アフリカ、アジアを巻き込み、日米欧のG7に対抗している。

 そしてそれがあるから欧米主導の経済制裁は思った効果が上げられない。それどころか経済制裁のおかげでエネルギー価格は高騰し、ロシアには恩恵が与えられたが、欧米諸国はインフレで自分の首を絞める結果になった。

 中間選挙に向けたバイデンの最重要課題はインフレ対策となり、バイデン政権はFRB(連邦準備制度)に利上げを促す。利上げは経済を減速させ不景気に向かわせるが、米国の相次ぐ利上げに日本以外の各国は追随せざるを得ず、欧米諸国は手を携えて不景気に向かって歩んでいる。

 それがプーチンの狙いだとフーテンは思う。そのためウクライナでの戦闘に時間をかける。だらだらと一進一退を繰り返して欧米社会の自滅を待つ。欧米はまだ結束を保っているが、この冬のエネルギー不足が深刻になれば、欧州の国民には不満が出てくる。先月イタリアでプーチンと近い極右政党が政権を獲得したが、そうした傾向が広まる可能性がある。

 OPECプラスの減産決定でサウジアラビアの立ち位置がはっきりした。世界最大の産油国はバイデンよりプーチンに近いことを明確にした。バイデンは人権重視の立場からサウジアラビアのムハンマド皇太子が関与したとされるカショギ氏暗殺を批判してきた。

 トランプ前大統領と良好だったサウジアラビアはバイデンとは距離を置いた。しかし中間選挙を重視するバイデンは7月にサウジアラビアを訪問し、これまで批判してきたムハンマド皇太子とグータッチをした。それは何よりも原油の増産を要請するためだったが、その結末が大規模減産である。要請は拒否された。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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