子供の農業用水溺水事故は、2歳児・3歳児が多数という現実
富山県高岡市の2歳児が自宅付近で行方不明となり、その後富山湾で遺体となって発見されてから1か月以上が経ちました。目撃者の具体的な証言がない中、自宅近くの農業用水に流されたのではないかという見方が主です。実は、子供の農業用水溺水事故は全国的に2歳から3歳の幼児が多数を占めます(注)。
農業用水に流されたか
いなくなったAちゃんの捜索の間、「用水路に流されたのではないか」という声がメディアから聞こえてきました。ここで言葉の定義について少し触れたいと思います。
農業用水を運ぶ開水路は、用水路と排水路に大きく分かれます。田んぼや畑に水を供給する用水路と、大雨の際などそれらから河川等に水を迅速に通水する排水路とがあります。
富山県内の農業用水を歩いて観察してみると、用水路と排水路が明確に分かれているのがわかります。例えば、排水路の上を用水路が横断していたりします。これらが合流して混じりあうことはそうそうありません。
用水路には流路途上のあちこちにゲートやフェンスが設置してあります。流れるものにとって、これらは障害物になります。富山県の地元の消防に話を聞くと「人が行方不明になるとそのような所から捜索を開始する」とのこと。要するに、人がひっかかりやすい箇所が至る所にあるのです。
一方、排水路は川(海)にできるだけ早く水を流さないとならないので、流路途上に障害物がほぼありません。人がひっかかる所が少ないのです。大雨で増水すれば、流れるものはいっきに流れていきます。
一般論として、用水路には転落防止などの安全対策に費用をかける傾向があります。ところが排水路にはあまり目が向けられていないように筆者は感じます。Aちゃんの自宅から80メートルほど離れた農業用水では、幹線用水路と排水路とが並行して設けられています。民家側を流れる排水路を注意して見ると、排水路と民家の庭との間には安全柵が見当たりません。庭が緩い傾斜を経て排水路の側に直接落ち込んでいます。
この10年間の中学生以下の農業用水事故
だいたいの傾向として「用水路事故で溺れるのは未就学児、ため池事故で溺れるのは小学生以上」と、農業用水安全研修会で筆者がよくお話しします。
表1をご覧ください。筆者が独自に新聞等の記事横断検索を行った結果です。「水路+流され+死亡」に小学、中学、男児、女児をそれぞれ組み合わせて得られた一覧です。2012年1月1日から2022年10月12日までの全国紙や地方紙に掲載された記事を対象にしました。あくまでも報道のあった事故に限っています。
表1 この10年間の中学生以下の農業用水事故(筆者作成)
幅、深はそれぞれ水路の幅と深さ、水深は当時の水深を示す
まず、まっさきに驚くのが犠牲となった子供のうち2歳児が5人、3歳児が6人で、記事に掲載となった中学生以下の子供の数17人の半数以上を占めていることでしょうか。子供の水難事故の報道は、発生したほぼ全てを網羅しているので、実際に2歳児、3歳児の事故の割合は高いと判断できます。
つまり高岡市で発生した2歳児の事案については、事故だとすれば、実は事故をたいへん起こしやすい年齢だったということになります。
子供の農業用水事故に、特に気をつけなければいけない都道府県も見えてきます。大人の事故と合わせて数の多い富山県、ため池でも子供の死亡事故が続いている宮城県、排水路の総延長がとても長い新潟県など、農村部を流れる農業用水にそれぞれの特徴がある県の事故はどうしても目立ちます。
現場は、カバー写真に示したようなコンクリート製の開水路が大多数を占めます。これまで子供の事故のあった水路の幅は50 cmから300 cmの範囲内で、おおよそ100 cm前後と言えます。大人でもまたげない幅の水路がほとんどです。壁面は垂直にそそり立っています。記事でわかっている水路の深さは45 cmから150 cm。ほとんどの水路で幼児が落ちたら自力で這い上がれない深さとなります。事故当時の水深は浅い水路から深い水路まで様々です。背丈ほどの水深ではすぐに溺れるのはわかりますが、水深が30 cmくらいでも流れが速ければ立つことができずに流されて溺れてしまいます。
例えば富山県にてよく見られる用水路では、幅が60 cmほど、深さも60 cmほど、そして水深は15 cmほどという数字を多く見ます。流速は所によって毎秒1 m近くにもなります。水深が浅くても流速が速く、転落すれば横たわった身体の上を水が覆うようにみるみる流れるようになります。なので水深が浅くても溺死します。
それぞれの事故の記事を読んでいくと、流された時の状況は大きく分けて二つ。一つは誰も目撃者がおらず、遺留品があった場所から農業用水に流されたと推測されている例。他方は子供同士で遊んでいて、水に転落し流されたのを一緒に遊んでいた子供が目撃した例。「2歳、3歳で単独行動すれば水辺にて落水するのは当たり前だ」という警戒心が欲しい所です。
痛ましい事故をどのように防ぐか
ため池転落事故でも同じことが言えるのですが、柵があっても子供はくぐって、あるいは乗り越えて水辺に近づいてしまいます。看板を理解するのは小学校低学年には少し難しいかもしれません。
カバー写真は、ある地方で3歳児が転落して流されて死亡した用水路の様子です。ご覧の通り水路の両脇には傾斜した法面(のりめん)が見えます。農村を流れる多くの水路の特徴として、この法面の存在が挙げられます。足元がおぼつかない子供が単独行動でこの法面に近づけば、転げ落ちるようにして水路にはまることが十分想像できると思います。
2歳から3歳くらいのお子さんに丸1日寄り添ってしっかりと監督できるのであればそれでよいのでしょうが、家事やらなんやらで忙しい両親にとって現実的にはかなり難しいことかと思います。
どうしたら痛ましい事故を防ぐことができるでしょうか。ポイントは二つあります。
一つは開口部にフタかネットをかける。自宅周辺の子供が歩いていける範囲内にある、柵が設置されていない水路や側溝に関しては、フタをするかネットをかけます。特に日頃水の流れていない側溝は大雨が降ると濁流となるので要注意です。実際にそういう側溝で子供が流された事故があります。ややこしいのは、住民が勝手にフタをできないこと。水路や道路には管理者がいますので、その管理者に設置を要望することになります。
他方は水路と道路あるいは庭の間に花壇などの緩衝帯を設置すること。背丈がある花などを上手に組み合わせて、花壇を踏んで向こうの水路に近づけないように工夫します。自分の庭であれば、コストをあまりかけずにすぐにでも実施できます。
水難学会では、図1や図2のような樹脂ネットを水路にかけて、その有効性や安全性を社会に発信しています。ネットには、上に人がのっても壊れない耐荷重と太陽の紫外線によって劣化しづらい耐環境性を持ち合わせた樹脂を使っています。ネットは金具で壁面に固定されていますが、取りはずしが容易にできます。この金具には長期間の風雨によって劣化しづらい表面コーティングを施してあります。このような比較的簡単な工夫で万が一の用水転落事故を長期間にわたり防ぐことができます。
さいごに
水難事故は「お風呂に始まってお風呂に終わる」と、筆者はよく話します。ゼロ歳児から4歳児くらいまでは浴槽溺水、2歳児くらいから5歳児くらいまでは自宅の池・側溝・水路、小学生から河川やプールでの溺水、高校生以上では海、50歳以上の大人になるとプールが再び加わり、65歳以上の高齢者では自宅の浴槽で再度溺れるようになります。
つまり、水難事故は人間の行動範囲内の水辺で発生するものなのです。昨日までは水路に向かわなかったお子さんも今日の行動はわかりません。昨日まで水が嫌いなお子さんも今日の好みはわかりません。子供の日々の成長の速さには驚くばかりです。
(注)あくまでも死亡事故の犠牲者。小学生くらいなら落ちても自力で這いあがれるため、事故として顕在化しない。