女優がワニの絵を描き続ける理由。「怖いのか楽しいのかわからないドキドキ」から心を映して個展を開催中
ドラマ『教場』や『相棒』、AEON PayのCMなどに出演している女優、松宮なつ。ETE PIN(エテピン=フランス語で“夏”と“松”)の名義で画家としても活動している。ポップでカラフルな作風でワニをモチーフにした絵が多く、画商筋での評価が高まって、展示会などに精力的に出品してきた。現在、東急プラザ渋谷で二度目の個展「なつの涼風展」を開催中。絵を描くようになった経緯から想いまで聞いた。
根っこは陰キャで地味でした(笑)
――中学・高校が東京女学館、大学が学習院ということで、お嬢様育ちなんですか?
松宮 いえいえ、たまたま受験して受かったのが、そういう学校だっただけです。両親は教師です。
――華々しい学生時代は過ごしていたのでは?
松宮 読者モデルが流行っていたので、私もやっていましたけど、私生活は地味でした(笑)。大学ではジャズダンスのサークルに入っていました。
――ダンスが好きだったんですか?
松宮 小学生の頃から10年くらい、クラシックバレエをやっていたんです。姉が習っていたので、自分もやるものなんだな……という感じでした。
――大学ではミス学習院に選ばれたくらいだから、男子にモテモテでしたよね?
松宮 そんなことはなかったです。根っこがいわゆる陰キャなので(笑)。
油絵は独学で自分のイメージを好きに描いていて
――絵に関しては、もともと漫画家志望だったとか。
松宮 そうです。小さい頃から中1くらいまでは、漫画ばかり描いていました。好きだったのは安野モヨコさん、岡崎京子さん、浅野いにおさん。文学的で深い作品でしたけど、自分で描いていたのは、THE少女漫画みたいなラブコメやギャグ漫画です(笑)。コピー用紙を100枚買ってきて、それに漫画を描いてホチキスで留めて、友だちに読んでもらったりしていました。
――油絵はいつ頃から描き始めたんですか?
松宮 20代半ばだから、6~7年前ですね。
――そんなに昔からではなかったんですね。
松宮 それまでは色鉛筆やボールペンで簡単に描いていたんです。高校の美術で油絵をやったときは楽しくて、ずっと本格的に絵の具で描きたいと思いながら、実行してなくて。けど、周りに音楽をやっている友だちが多くて、影響されました。ゼロからものを作るのはいいなと。私もとりあえず油絵セットを買って、始めることにしました。
――誰かに習ったりしたんですか?
松宮 習ってないです。独学ですね。風景や物でなく、自分の中のイメージを好きに描いていました。
悩んでいた頃は絵も暗くなっていました
――最初からワニの絵を描いていたんですか?
松宮 ワニも描いてましたけど、最初の頃は暗い絵が多かったです。女の子が薄暗い道に立って背中を向けていて、向こうの街には明かりがなくて。右側には花、左側には真っ黒い川。その川の中からたくさんの目がこっちを見ている……みたいな絵を描いていました(笑)。
――ちょっと怖そうですね(笑)。当時の松宮さんの何かを反映していたとか?
松宮 たぶんそうだと思います。病んでいたというか(笑)、当時は芸能の仕事がなくなって、いろいろ悩んでいました。
――影響を受けた画家はいませんか?
松宮 描き始めた頃はいなかったと思います。自分で描くようになってから、「私はこの人の絵が好き」とわかってきました。ゴッホやモネ、あと、デイヴィッド・ホックニーさんという画家が一番好きです。
――東京都現代美術館で個展を開催中の現代アートの画家ですね。
松宮 自分の個展が終わったら、すぐ行こうと思います。すごくカラフルで、色使いが独特なんです。自分の部屋やベランダが描かれていて、この人の頭の中の絵だなって感じがします。
画廊でアルバイトしていたら夢のような出来事が
――松宮さんの絵が注目されたきっかけは2018年。ブルゾンちえみさんの「35億」で使われた「ダーティ・ワーク」で知られるオースティン・マホーンさんの来日公演のアフターライブで、メインビジュアルに起用されたんですよね。どういう経緯だったんですか?
松宮 私が当時、画廊でアルバイトをしていたんです。絵の道を広げたいと思っていたんですけど、画家さんがどう活動しているのか、何も知らなかったので、働きながら勉強しようと。その画廊に私が描いた絵を預けていたら、オースティン・マホーンさんのライブを担当している方と接点があるスタッフがいて、私の絵を見て使ってもらうことになったそうです。もうビックリしました。
――どんな絵だったんですか?
松宮 暗めの不思議な絵でした。テーブルの上にリンゴや本が乗っていて、背景が真っ暗な夜景。それを起用してくださって、すごく大きなパネルにプリントされて、ライブ会場内に飾っていただきました。自分の作品がちゃんと人前に出たのは初めてで、その絵の前でオースティン・マホーンさんと写真を撮らせていただいたり。夢のような出来事でした。
小さい頃にワニに追い掛けられる夢を見ました
――ワニは小さい頃によく夢で見ていたとか。
松宮 幼稚園の頃です。私が今描いてるようなかわいい小さなワニに、追い掛けられる夢を見ました。不気味ですごく怖くて、次の日から起きるたびに「またあのワニの夢を見たかな」と考えるようになって。夢の記憶はおぼろ気だから、見たような気も見てないような気もしましたけど、自分で意識しすぎたのか、頭の中にワニが住み着いている感じになりました。
――かわいいワニでも怖かったんですね。
松宮 追い掛けてきましたから。10歳になったくらいから、実物のワニでもグッズとかのワニでも、見るとドキドキしていました。楽しいドキドキなのか、怖いドキドキなのかわからなかったのが、だんだん好きになってきて。グッズを集めたり、動物園のワニを見に行ったりするようになりました。それで絵を始めてから、何を描こうかとなったとき、ワニでいろいろ表現したら面白いなと思ったんです。
風船で飛んでいるワニの絵が10万円で売れて
――最初から今のようなタッチのワニだったんですか?
松宮 そうですね。初めて自分で応募した展覧会が、「100人10」という新人画家の公募展だったんですね。新人100人の絵を審査して選出して、一律10万円で買い手を募るんです。ずっと勇気がなくて応募してなくて、コロナ禍の2020年に一念発起して出したのが、ワニが風船にぶら下がって飛んでいる絵でした。30号の大きなキャンバスで、ワニ自体は小さいんですけど。それが審査を通って、展覧会の初日に売れたんです。
――10万円で買いたいという人がいたと。
松宮 名前はETE PINで出していたので、松宮なつを知っている人でなく、シンプルに絵を良いと思って、買ってくれた方がいたことがすごく嬉しくて。これが私にとっての幸せだと思って、もっと頑張ろうと、その後ずっと展示を続けています。
――ワニと風船というモチーフは、ひらめきから生まれたんですか?
松宮 最初はそうですね。その絵のタイトルが『meditation』で、瞑想をしているときにパッと映像が浮かんだんです。なぜ浮かんだのか、いろいろ考えたら答えが出て、思い切ってこの絵を描こうとなりました。
――その「答え」というのは……。
松宮 ワニは本来、水の中や陸で生きているけど、風船で自分が思ってもみなかった世界に飛んでいく。高く飛べば飛ぶほど落ちるのが怖くなるし、風船がいつ割れるかもわからない。ワニにとって初めて見たその世界は、楽しくてワクワクもすれば、不安もちょっとある。そんな絵なんだろうなと。
――ただのファンタジーではなくて。
松宮 そう考えたとき、この絵ならエネルギーを注いで描けると思いました。
早朝から10時間以上描き続けています
――絵は家で描いているんですか?
松宮 アトリエ用のスペースも借りてますけど、今はほとんど家で描いてます。
――ものによると思いますが、1枚描くのに時間はどれくらい掛かるものですか?
松宮 2ヵ月は掛けたいです。今回の個展前は新作のために、1日10時間以上、描いてましたけど、普段は5~6時間です。
――それを2ヵ月ですか。
松宮 私、細かいところが気になってしまうんです。小さい部分を1日じゅう描いたりもするので、どうしても2ヵ月あったらいいなと。
――描いていて、気づいたら朝になっていたり?
松宮 前は朝までとか徹夜で描いていましたけど、最近は朝描くほうが調子が良くて。早朝の4時とか5時に起きて、鳥がチュンチュン鳴いているうちに描き始めるようにしています。それで夜の6時や7時くらいまで作業していたり。
――絵画って、どの時点をもって終わりにするかは、悩むものですか?
松宮 難しいです。でも、ずーっと描き込んでいると、「あっ、終わった」となる瞬間があるんです。後ろに下がって見たら「完成している」と思えるときが絶対来るので、そこに辿り着くまで描き続けます。
誰も来ないかもと思った個展で17点が完売
――去年の初めての個展は、自分で企画書を書いて、実現させたんですよね。
松宮 はい。事務所が入っているビルの1階が、本屋さんが店をたたんで広場になって、使えるんじゃないかと思って。マネージャーさんに協力してもらって、「こういう絵をこういう方に見てもらいたい」という企画書を書いて、許可をいただきました。拙い企画書でしたけど、熱意で押した感じですね(笑)。本当に手作りの個展で、すごく良い経験になりました。
――展示した17点が3日ですべて売れたとか。
松宮 予想以上でした。最初はとにかく個展ができればいいと思って、誰も来ないかもしれないし、「こんなものか」と言われることも覚悟していたんです。それが何百人もの方が見てくださって、たまたま通り掛かった方が購入してくれたりもしました。
――今回の個展は引き合いがあったんですか?
松宮 声を掛けていただきました。渋谷のアクセスが良い場所なので、多くの人に見にきていただきたいです。今回は26点。うち、新作が7点になります。
旅のお守りにてんとう虫を入れて
――今回のメインビジュアルの『Fly higher!』でも、ワニが風船にぶら下がって飛んでいます。
松宮 あれも新作で、30号に描きました。ワニは最初「富士山を超えるくらいまで飛べたらいいな」と思っていたんですけど、フワフワ飛んでいるうちにいろいろな世界と出会って、いつの間にか富士山を超えようとしていて。でも、もう富士山には興味がなくなって、その上にあるひまわりが気になっているんです。
――目線がそっちに行っていますね。
松宮 あと、ワニが仲間を見つけていく感じにしたくて、てんとう虫も風船で飛んでいます。てんとう虫って農業で畑に放すと、油虫とか害虫を食べてくれるそうなんですね。太陽やひまわりと相性も良いし、ワニの旅のお守りになる存在として、絵に入れました。てんとう虫も自力では飛んで行けない場所まで、風船で旅しているのも描きたくて。
――今回は風船が入った絵も多いようで。
松宮 ほとんど入っていると思います。風船はワニや登場人物を飛ばしてくれる、謎だけど夢のあるものというイメージです。
今までと違うエネルギーで元気で力強く
――今回展示する絵で、特に思い入れが強いものというと?
松宮 やっぱり『Fly higher!』ですね。自分の中で新しいかなと。今までの私の絵は柔らかいホッコリした感じでしたけど、この絵は元気で力強くて。エネルギーを違う形で注げました。
――スラスラ描けたんですか?
松宮 結構悩みました。キャンバスのサイズが大きかったので、構図的にこっちを描き込むと、あっちが足りなくなるとか。色はブルーを基調にしてますけど、今まではパステルっぽい色がカラフルに入る感じだったので、バランスがわからなくなったりもしました。私らしさがちゃんと出せているのか、途中で不安になって。でも、そういうときはだいたい、気分転換するとパッと答えが見えます。「これで大丈夫だ」と。気分転換しないと色がくすんできて、絵が暗くなっていくんです(笑)。自分の機嫌を取って描いたほうがいいと、最近気づきました。
――気分転換に何をするんですか?
松宮 時間があれば、大好きなサウナに行きます(笑)。あとは散歩したり、公園で自然の中を何も考えずに歩いたりします。
コロナ禍にナマケモノの絵が生まれました
――ナマケモノの絵もありますね。
松宮 今年も何点か描きました。ナマケモノはコロナ禍をきっかけに生まれたキャラクターなんです。ステイホームになって、家から出られなかったとき、私は意外と苦でなくて。頑張って外に出なくていいという、安心感がありました。それまでは休日でも、何かインプットしなきゃと思っていたんです。どこかに出掛けたり、人と会ったり、1人でも映画を観たりしなければと。その考え方が変わったのを、絵で表せたらと思いました。
――それでナマケモノを?
松宮 たまたまいろいろな動物の生態を調べていたら、ナマケモノが出てきました。ずっと木の上で生活していて、排せつのためにしか地上に降りない。あと、蛾と共生していて、蛾が運んできた栄養分でナマケモノの毛にコケが生えて、それを食べていると。その共生関係がすごく面白くて、作品のテーマにしました。自分に必要な存在や好きな人たちとだけで生活してもいい。コロナ禍で多くの人が感じたことですよね。
――確かに。
松宮 一昨年、渋谷で展示した『You can STAYHOME』というタイトルの絵は、ナマケモノが自分の家を好きなように飾ってゴロゴロしていて、蛾がこっそり腕に付いていて。窓の外にいるライオンはエサを探していて、昔の自分を表しました。それが最初に描いたナマケモノの絵で、今はワニに次いで時々出てきます。
暑い日の中でホッとできる展示にしようと
――今回の「なつの涼風展」で、特に目指したことはありますか?
松宮 大きなサイズの新作をメインビジュアル含めて2点描いていて、どちらも涼しさを感じる絵にしたかったんです。
――最初に「涼風展」というコンセプトがあったわけですね。
松宮 そうです。涼風は夏の季語で、暑い日に頬に涼しさを感じるような風という意味なんですね。普段せわしない生活をしている皆さんに寄ってもらって、ホッとして涼めるような展示にしようと、タイトルから決めました。今までと少し違う、懐かしさを感じるイメージの絵を描いています。
――猛暑の中で良い息抜きができそうですね。
松宮 そう思います。今までの作品も展示しているので、いろいろ見て楽しんでいただければ。
世の中に貢献できる画家になれたら
――今後の画家としての展望もありますか?
松宮 絵本も描きたいなと思っています。今はワニの旅の1シーンを切り取って描いている感じですけど、それが流れでわかるような1冊にできたら、伝わりやすいかなと。あと、今は自分が展示するだけで精いっぱいですけど、もっと世の中に貢献できる画家になりたいです。
――どんな形の社会貢献を考えているんですか?
松宮 私が時々アシスタントをさせてもらっている長坂真護さんというアーティストさんは、廃棄物を使ってアートを作って、売れた分のほとんどをガーナのスラム街に寄付しているんです。その貢献の仕方を見ていると、作品が人のためになるのはすごくいいなと思って。自分が描きたい絵を描いて、好きと言ってくれた方に売って終わりだと、何か足りない気がするんです。もっと大きく広げたいと考えています。
女優とどちらもメインでやっていきたいです
――今は画家をメインにしているわけですか?
松宮 いえ、女優とどちらもメインのつもりです。個展前の1~2ヵ月は絵ばかり描いてましたけど、表現をすることが好きなので。絵を描いていても、お芝居に通じるものがあると感じますし、どっちもやっていきたいです。
――最近では『ノンレムの窓』に出演されていましたが、もっと大きな役もやりたいと。
松宮 そうですね。もっと感情表現をできるような役をいただけたらいいなと思っています。
――これまでの出演作で、自分にとって特に大きかったものというと?
松宮 初めてのお芝居が『東京サンダンス』という舞台で、ヒロインをやらせていただいたんですけど、演出の方がすごく厳しくて。今ならモラハラでNGなくらいのことを言われました。「お前は心が死んでるからヘタクソなんだよ」とか。でも、その指導があったからこそ、お芝居にあそこまで熱量を注げました。言葉自体はひどくても、前後で会話があって。私の感情が出にくいのをわかっていて、イヤなことをたくさん言ってボコボコにしながら、引き出そうとしてくれる感じでした。それが私にとって、すごく良かったと思っています。
描いたワニがいつも心に寄り添ってくれます
――松宮さんは他にも多趣味ですよね。カラーセラピスト、カレーマイスター、パンシェルジュの検定を持っていたり、サウナ、ゴルフ、鯛焼き屋巡りもしていたり。
松宮 好きなものはすごく多くて、一度ハマると没頭するかもしれません。カレーばかりを食べていた時期もありましたし、鯛焼きも大好きで、初めての場所に行くたびに検索しまくって、お店を全部回っていました(笑)。
――オススメの鯛焼き屋さんはありますか?
松宮 結局は御三家になってしまいますけど、四谷のわかばが私の中では完全にトップです。小さい頃から家族でよく行っていて、いろいろ食べ比べても、確実に一番。焼き方もあんこの塩加減も絶妙で、本当においしくてオススメです。あと、恵比寿のひいらぎも好きです。
――では、人生で成し遂げたいこともたくさんある感じですか?
松宮 すごく大きなことで言うと、ETE PINとして楽しい美術館を作りたいです。かしこまってなくて、チビッコも楽しいと思えるような。
――美術館というと、ちょっと敷居が高いイメージもありますからね。
松宮 そういう感じも好きですけど、静かにしてないといけない、解説をじーっと読んでないといけない空気は、なくてもいいかなと。私の絵がハッピーな感じなので、そういう空間をいつか作るのが夢です。
――ワニは描き続けるんですよね。
松宮 もちろんです。私の描くワニは、自分の心を映してくれるきれいな鏡のような存在。自分で描いたのに、そのときの気持ちによってワクワクしているようだったり、少し寂しそうに見えたりします。不思議だけど、いつも心に寄り添ってくれて。観ていただく人にも、そう感じていただけたらと思って描いています。好奇心を持って旅を続けているワニなので、これからもいろいろな表現ができるかなと。今はもっと有名なワニもいますけど(笑)、ワニと言えばETE PINとなれたらいいなと思っています。
Profile
松宮なつ(まつみや・なつ)
1991年4月8日生まれ、神奈川県出身。
「ミス学習院2012」でグランプリを受賞して、2013年に『シューイチ』でレポーターとしてデビュー。ドラマ『教場』、『3Bの恋人』、『相棒20』、映画『10年目の告白』などに出演。画家・ETE PINとして2022年に初の個展「なつの晴展」を開催。2023年6月よりハートリボン大使に就任。
「なつの涼風展」
東急プラザ渋谷3階 渋谷フクラス内「Amalgam Art Gallery」
7月31日まで開催中(11:00~20:00/最終日は17:00まで)
入場無料