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グラミー賞がわりとジャズっていた件を考えてみた【第63回グラミー賞のジャズ的解説】

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
第63回グラミー賞授賞式、ホストのトレヴァー・ノアとプレゼンターのリンゴ・スター(写真:REX/アフロ)

2021年3月14日(現地時間)に第63回グラミー賞授賞式が開催され、受賞アーティストと作品リストが発表されました。

“ジャズ聴き”にとってはそれほど関心が高いと言えないイヴェントだったのですが、このところの受賞傾向を斜めから見ていたら、わりとジャズ寄りの評価というものが反映されているんじゃないかと気付いて、今年の受賞についてちょっとばかり口を挟んでみようと思った次第です。

グラミー賞とは

年間の音楽業界での功績を称えることを目的として設置された表彰イヴェントです。

主催団体はザ・レコーディング・アカデミー。世界で最も権威のある音楽賞のひとつとされています。

第63回グラミー賞について

第63回グラミー賞の受賞対象は、2019年9月1日から2020年8月31日までに発表された作品で、ノミネートの発表は2020年11月24日に行なわれました。

授賞式は、当初の予定では1月31日だったものが、新型コロナ感染症の感染拡大によって延期され、3月14日に開催されました。

【第63回グラミー賞】全受賞アーティスト&作品リスト | Daily News

2020 GRAMMY WINNERS &NOMINEES

今回のグラミー賞のどこがジャズなのか?

今回のグラミー賞についてボクが興味をもつきっかけとなったのは、3月15日の午後(日本時間)に“ながら観”していたTV(地上波)の情報番組で頻繁に「長崎県出身の小川慶太さんがグラミー賞を受賞」という速報を流していたから。

夕方からのニュース番組でもヘッドラインで取り上げられていたので、地上波を愛好している年齢層にもインパクトがあったことは想像に難くなかったりします。

が、しかし──。

ボクが観た範囲で、“長崎県出身の小川慶太さん”が、どんな内容で受賞したのかは報道されず、詳細(スナーキー・パピーのアルバム『ライヴ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』が最優秀コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム賞を受賞し、そのメンバーが小川慶太だったという報道を最初に目にしたのは、その晩のAbemaTVだったと記憶しています)が曖昧のままの日本人も多かったのではないかと思ったのです。

小川慶太のグラミー賞受賞について

“小川慶太のグラミー賞受賞”は、実は今回が初めてではありません。

従って、音楽ファンのなかには「長崎県出身の小川慶太さんがグラミー賞を受賞」という報道を目にして、「あれ? 小川慶太がなにかユニットを組んで、それがグラミー賞受賞になったのかな?」と思う人がいたり(ボクもそのひとり)、「彼が参加しているスナーキー・パピーでの2度目(2017年以来)の受賞かな?」と思う人がいたりしたんじゃないか、と。

つまり、それはそれで、あの中途半端な報道が別の混乱を招いていたということになるわけですね。

では、改めて「長崎県出身の小川慶太さんがグラミー賞を受賞」を説明しましょう。

小川慶太(1982年〜)

長崎県佐世保市出身、ニューヨークで活動するパーカッション&ドラムス奏者。

2005年に渡米し、バークリー音楽大学入学。2007年にはブラジル・リオデジャネイロに3ヵ月滞在して、多くのレジェンドに師事。

以降はボーダレスにトップ・アーティストと共演を重ねるなか、2017年にスナーキー・パピーのメンバーとしてグラミー賞を受賞。

ちなみに、2020年にもBokante(ボカンテ、スナーキー・パピーのスピンアウト的なワールドミュージックのユニット)とサラ・ガザレク(米シアトル生まれの女性ジャズ・シンガー)の参加作品でグラミー賞にノミネートされている。

参考:小川慶太公式サイト Keita Ogawa – World Percussionist/ Drummer

すでに触れていますが、小川慶太さんの今回のグラミー賞受賞は、彼が参加しているスナーキー・パピーのアルバム『ライヴ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』が対象になったもので、彼の受賞はいずれもスナーキー・パピーで2度目となります。

スナーキー・パピーとは?

マイケル・リーグ(ベーシスト/ギタリスト/コンポーザー/アレンジャー)が2004年に米テキサスで結成したユニット。

メンバーを固定化せず、そのときのプロダクションに対して流動的な30名程度が参加するというスタイルを続けています。

『ライヴ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』について

受賞対象の『ライヴ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』は、2019年11月14日に英ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行なわれたライヴを収めたもので、CDなら2枚、LPは3枚、それに配信、という3種類でリリースされました。

ロイヤル・アルバート・ホールのオープンは1871年、ヴィクトリア女王が夫であるアルバート公に捧げるかたちで作られたもの。イヴェント・プログラムは多種多様で、音楽に限ってもザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズといったビッグネームの伝説のステージが実施されたことで知られています。

余談ですが、このホールもまた、コロナ禍で経営が危機的状況にあるというニュースが届いていて、心配です。

閑話休題。このスナーキー・パピーのステージは、彼らが3年ぶりにリリースした『イミグランス』(2019年)の曲を中心に構成され、浮遊感のある幻想的なサウンドと、時空をバラバラと分解していくようなエッジの立ったリズムが融合した、“スナーキー・パピーらしさ”にあふれたアプローチの楽曲が披露され、歓声に後押しされて熱を帯びていくようすまでもが記録されています。

この公演では、ライヴ中にレコーディングとミックスをリアルタイムで処理して、終演後に無料のMP3音源を配布したそうですが、それをまたパッケージとしてリリースしたところにも、彼らの演奏に対する自信と、ファンに満足してもらえる内容であることの確信に満ちたものだったことが伝わるのではないでしょうか。

第63回グラミー賞のジャズ的な総括

今回のグラミー賞で興味をもったのは、スナーキー・パピーだけではありません。

ざっと受賞作とノミネートの一覧を見渡して、気になったところを拾ってみます。

アルバム賞(ノミネート)/ジェイコブ・コリアー『ジェシー Vol.3』

1994年生まれ、英ロンドンを拠点に活動するシンガーにしてマルチプレイヤーで、2016年にアルバム・デビュー。2019年の第62回グラミー賞で最優秀編曲(インストゥルメンタルもしくはアカペラ)と最優秀編曲(インストゥルメンタルおよびヴォーカル)も受賞している。

最優秀トラディショナル・ポップ・ヴォーカル・アルバム/ジェームス・テイラー『アメリカン・スタンダード』

1960年代末からヒットを連発したアメリカのシンガーソングライターで、2000年には“ロックの殿堂”入りも果たしている。彼の5年ぶりのリリースとなった『アメリカン・スタンダード』は、キャリア50年、72歳にして初のアメリカン・スタンダードをカヴァーした内容となった。

アメリカン・スタンダードは厳密に定義付けされているわけではないけれど、20世紀前半の米ニューヨーク・ブロードウェイで上演されたレヴューやミュージカル、米ロサンゼルスのハリウッドで制作された映画の音楽などをジャズ・スタンダードと呼ぶのに対して、20世紀半ば以降のアメリカのヒットチャートを席巻したポピュラー・ソングを指していることが多い。

『アメリカン・スタンダード』は、共同プロデューサーにジャズ・ギタリストのジョン・ピザレリ、参加ミュージシャンにスティーヴ・ガッド(ドラムス)、ラリー・ゴールディングス(キーボード)の名前があるなど、ジェームス・テイラーのジャズに対する“本気度”が感じられる布陣だが、聴いてみれば“ジェームス・テイラーの歌”以外のなにものでもなく、その独自性の強さこそが“ジャズである”ということが、彼のキャリアを毀損せずにそのチャレンジを評価する起点となるだろう。

トラディショナル・ポップ・ヴォーカル・アルバム(ノミネート)/ハリー・コニック・ジュニア『トゥルー・ラヴ:ア・セレブレーション・オブ・コール・ポーター』

1967年生まれ、米ニューオーリンズ出身のシンガー/ピアニスト/俳優。

“ジャズ・スタンダード”を代表する作曲・作詞家であるコール・ポーターの作品を取り上げて、その歿後55年を飾ったアルバム。

耳なじみの曲を新たなアレンジで、ハリー・コニック・ジュニアの指揮によるオーケストラ演奏をバックに歌い上げるという意欲作。

コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム(ノミネート)/グレゴア・マレ、ロメイン・コリン、ビル・フリゼール『Americana』

グレゴア・マレ(ハーモニカ)はスイス、ロメイン・コリン(ピアノ)はフランスという出自をもつ2人が、米ボルチモアで生まれデンバーで育ったビル・フリゼール(ギター)を加えて、アメリカのルーツ音楽(ブルース、カントリー、ブルーグラス、ゴスペルなど)を題材にセッションをした内容。

エイリアン(異邦人)とネイティヴ(自国人)という異なる視点から“アメリカの郷愁”にアプローチした、グローバルな時代における“懐かしさの共有”という難しいテーマに挑戦しているが、聴き終わると同じような温かさに包まれている気がしてしまう、不思議なサウンドが収められている。

R&Bパフォーマンス(ノミネート)/ジェイコブ・コリアー フィーチャリング マヘリア&タイ・ダラー・サイン「オール・アイ・ニード」

前出『ジェシーVol.3』収録。

最優秀R&Bソング/ロバート・グラスパー フィーチャリング H.E.R. &ミシェル・ンデゲオチェロ「ベター・ザン・アイ・イマジン」

ジャズ・ピアニスト/音楽プロデューサーのロバート・グラスパーが、シンガーソングライターでR&BミュージシャンのH.E.R.とシンガーソングライター/ラッパー/ベーシスト/ヴォーカリストのミシェル・ンデゲオチェロを迎えて制作したシングル・リリース作品。

プログレッシブR&Bアルバム(ノミネート)/ロバート・グラスパー『ファック・ヨ・フィーリングス』

ロバート・グラスパーが、イエバ(シンガーソングライター/アレンジャー)、デンゼル・カリー(ラッパー/シンガーソングライター)、テラス・マーティン(シンガーソングライター/プロデューサー)、YBNコーデー(ラッパー/ソングライター)らとコラボレーションしたアルバム。

R&Bアルバム(ノミネート)/グレゴリー・ポーター『オール・ライズ』

2017年の第59回グラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞(『希望へのアレイ(テイク・ミー・トゥ・ザ・アレイ)』)も受賞しているシンガー/ソングライター/俳優のグレゴリー・ポーターによる、3年ぶりのリリースとなるアルバム。ロンドン交響楽団のストリングスをバックに、“ザ・リアル・ヴォイス”と賞賛される表現力豊かな声の魅力に新たな光を当てることになった意欲作。

ジャズ部門各賞

最優秀インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ/チック・コリア「オール・ブルース」、最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム/カート・エリング フィーチャリング ダニーロ・ペレス『シークレッツ・アー・ザ・ベスト・ストーリーズ』、最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム/チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド『トリロジー2』、最優秀ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム/マリア・シュナイダー・オーケストラ『データ・ローズ』、最優秀ラテン・ジャズ・アルバム/アルトゥーロ・オファリル&ザ・アフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラ『フォー・クエスチョンズ』の5項目については、改めてレヴューします。

まとめると…

このほかにも、アメリカン・ルーツ部門にジャズ・シンガー/ジャズ・ピアニスト/俳優のノラ・ジョーンズ、ビジュアルメディア向け部門に映画「ビカミング」の音楽を手がけたサックス奏者のカマシ・ワシントン、作曲/編曲部門の最優秀インストゥルメンタル作曲賞にマリア・シュナイダー作曲の「スプートニク」、最優秀編曲(インストゥルメンタル/アカペラ)にジョン・ビーズリー編曲の「ドナ・リー」、編曲(インストゥルメンタル/アカペラ)のノミネートにジェレミー・レヴィー編曲によるジェレミー・レヴィー・ジャズ・オーケストラの「ウラナス:ザ・マジシャン」、編曲(インストゥルメンタル/ヴォーカル)のノミネートでは、マリア・メンデスのアルバム編曲でジョン・ビーズリー、パット・メセニー『フロム・ディス・プレイス』の編曲でアラン・ブロードベントとパット・メセニー、といった名前や曲が目に止まりました。

グラミー賞の受賞作やノミネートのリストにちゃんと目を通してみると、その数の多さと網羅さに改めて驚かされた、というのが正直な感想。

それだけアメリカという国が、音楽を自国の文化として評価し、育てていこうという志があるということが伝わってきたのが、今回のリサーチの大きな収穫です。

そして、ジャズを重視し、その進化にもきちんと目を向けているということも──。

それに比べて……とぼやくのは野暮というもの。

そんなことより、国境を越えられないコロナ禍のなかでも、こうして届けられた音楽の情報をちゃんと広められるようにもっと頑張れよと、発破をかけられたような気になったニュースだったわけです。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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