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「かわいそうな」ウクライナ人と「かわいそうでない」イエメン人

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 世界中の耳目がウクライナでの戦争とその被災者に向く中、ろくに顧みられることもないままイエメン支援会合がひっそり閉幕した。会合は、国連、スウェーデン、スイスが共催し、ただでさえアラブ最貧国の一つだった上、2011年以来の政治変動と国際紛争で「最大の人道危機」と呼ばれて久しいイエメン人民を支援するためのものだ。会合に際し、ユニセフとWFPは共同報告書を発表し、現時点で3万1000人が厳しい飢餓状態にあるところ、本年中にはこれが5倍の16万1000人に増加するだろうと予想した。同報告書は、現時点で1740万人が直ちに支援を必要とする状態だが、これも2022年6月までに1900万人に増加すると警告した。必要な支援を行うために国連が各国に要請した拠出額は約43億ドルだったが、支援会合を通じて拠出表明があったのは要請の3分の1にしかならない17億3000万ドルだった。国連のグリフィス事務次長(人道担当)は、ウクライナでの戦争に世界の関心が集まる中、イエメン紛争を忘れてはならない、今般の支援会合は国際社会がイエメンのことを見捨てていないことを示す機会だと訴えたが、現実の拠出表明、そして問題についての報道の量・質を見る限りこの呼びかけは無視されたといっていい。そもそも、2021年分についても国連の拠出要請38億5000万ドルに対し、17億ドルしか拠出表明がなかったことから、ウクライナでの戦争の有無や展開にかかわらず、すでに国際社会と称するものやそこで生きる良心と道徳心あふれる人々はイエメン人民がどんなに困窮しようが、飢えて死のうが大して関心がないということは否定しようがない。

 イエメン人民の窮状が全くと言っていいほど顧みられない、大体からして日本国内でこの問題を報じる報道機関、まともに論評する「専門家」、イエメン人民の窮状や紛争の実態に関する「現地の声」を伝えてくださる「報道人」がほぼ存在しないのは、今に始まったことではない。この問題は、イエメン紛争が本格化し支援が喫緊の課題となった2014年から2015年ごろは、イエメン人民の窮状はEU諸国に押し寄せた「大量の」シリア難民の問題やシリア紛争の惨状についての報道によって見事に吹っ飛んだ。なお、本邦政府はイエメン領内での活動がほぼ不可能な中、国連機関をはじめとする各種機関を通じて様々な支援事業に拠出・関与しており、国連からの度重なる要請が顧みられない中での貢献としてはマシな方に属する。ちなみに、アメリカ政府の発表によると同国はイエメンの人道支援のために過去7年間で45億ドルを拠出し、今後も5億8500万ドルを提供する予定とのことである。

 これまでも様々な機会で何故イエメンの窮状はまるで顧みられないのか、シリアやウクライナに平和や支援を求める声に比べればイエメンにそれを求める声はないも同然なのかについて考察してきた。主な原因としては、有力な支援国となるべきアラビア半島の産油国諸国がイエメン紛争の当事者と化しておりそこからの支援はイエメン全体に行き渡るものではないこと、そうした諸国をはじめとする外部の当事者が紛争やイエメン国内の政治的な権益配分についての不平を収束させる見通しも方法もないまま干渉を続けていること、そして何よりも、イエメンから紛争や窮状について発信する能力やそうした情報を拾い上げて国際的な関心を惹起する機能や努力が著しく欠けていることが挙げられる。報道機関、そして近年ではSNS上の有力な発信者には、単に記事や動画を配信するだけにとどまらない絶大な権力がある。それは、読者・視聴者に対し「どんな問題に関心を持つか」、「ある問題についてどのように解釈し、どのように振る舞うか」を方向付け、誘導するという恐るべきものである。この権力者たちのお気に召さない限り、どんなひどい目に合おうが一般の読者・視聴者の話題にもしてもらえないみじめな生き物へと貶められることになってしまう。従って、イエメン人民の窮状が全くと言っていいほど顧みられない理由は、彼らの生き物としての価値がシリアやウクライナの人民のそれと比べて劣るからではなく、一般の読者・視聴者に対し話題を提供し、反応を方向付ける権力を持つ者たちがイエメン人民についての「話題や考察・行動の機会を提供する」ことを怠り続けたからだといってもいい。つまり、イエメンについての情報がほぼ発信されない状況をここ1カ月ほどの推移に即して解釈するならば、世の中の情報発信・伝達に従事する人々の多くがウクライナ人民は支援すべきだがイエメン人民は飢え死にしても一向にかまわないと表明したに等しい。

 世の中の情報発信は、その担い手の政治・経済的状況や、紙幅や放送のために費やすことができる時間という技術的な制約の中でなされる高度な営みである。他のニュースと比べてイエメンの問題を「ボツ」にするという行為とその影響についてもそうした高度な営みの判断材料に入れてもいいのではないかとも思う。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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