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秋も深まりますがどんなジャズを聴けばいいですかと聞かれたので選んだのがこの3枚

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

コミュニティFMへ出演する機会があった。ジャズがらみではあるけれど、ボクの話が中心なわけではないという、ビミョーな立ち位置での出演(笑)。

とはいえ、公式アナウンスのような話題ばかりではつまらないと相手も思ったのだろう、タイトルに挙げたような質問に答えてほしいという局側からのリクエストがあったので、3枚ほど選んでおいた。

ラジオでタイトルとミュージシャン名をまくし立てただけでは心許なかったので、原稿にしてみることにした。お付き合いいただきたい。

市原ひかり『シングス・アンド・プレイズ』

市原ひかり『シングス・アンド・プレイズ』ジャケット写真(筆者キャプチャリング)
市原ひかり『シングス・アンド・プレイズ』ジャケット写真(筆者キャプチャリング)

最初に挙げたのは、「フリューゲルホーンのプレイにますます磨きがかかってきた」という前置きをしてからの、市原ひかりの新作『シングス・アンド・プレイズ』。

わざわざ前置きをしたのは、このアルバムが彼女のヴォーカリスト・デビュー作としてだけでなくシーンにも強烈なインパクトを与えるエポックメイキングな作品であることを強調したかったから。

アルバム1曲目から「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」とくれば、チェット・ベイカーを想起させたい“大人の思惑”を感じて当然なのだろうけれど、そんなプレッシャーをものともせずに“マイ・ヴォイス”でこの曲の新しいサウンドをつくろうとする彼女の“意志”を感じてほしい。

もともとオリジナル志向の強いミュージシャンであると、取材をとおしても感じてはいたけれど、それが自分のホーン・サウンドとかみ合うまでには至っていなかったというのがボクの印象だった。

だからといってジャズ・スタンダードのカヴァーを選べばジャズのフィールドで生き残っていけるのかといえば、もちろんそれも難しい。

しかし市原ひかりは、ある意味で最も演奏するのが難しい“声”という楽器で勝負をしようという決断をしたわけだ。

おそらくその“声”は、彼女のホーン・プレイにもかなり変化を与えることになったはずで、それがまた相乗効果を生むことになっているようだ。

与えられた“二物”、これからどう活かしてくれるのかを楽しみにしたいと思わせる“決意表明”になっている。

Shiho『ア・ヴォーカリスト』

Shiho『ア・ヴォーカリスト』ジャケット写真(筆者キャプチャリング)
Shiho『ア・ヴォーカリスト』ジャケット写真(筆者キャプチャリング)

2枚目は、元フライド・プライドのShihoのソロ・デビュー作となった『ア・ヴォーカリスト』。

8月に行なわれた渋谷でのお披露目ライヴも取材させてもらったのだけれど、フライド・プライドのときに感じていた“上手すぎる自分をどのようにコントロールしていいのか”という躊躇が消えて、“なんでもできるんです!”という開放感に満ちたステージングが印象的だった。

それはつまり、ジャズを誰よりもジャズらしく“完璧に”歌うという、息苦しさを伴うような足かせを外したことを意味するのではないかと思っている。

「ジャズらしく“完璧に”」というイメージは、「ジャズなのに?」と考える以前に滑稽であるように見えるかもしれないが、いざジャズとしての立ち位置を意識するようになればのしかかってくる使命であることが、ボクが取材してきた“当事者”たちの言葉の端々からも感じることだった。

だからこそ、開放感を発してくれるミュージシャン(ヴォーカリストを含む)のプレイが、心に響くことになるのだろう。

市原ひかりに「おかえりなさい!」と言うべきなのだとしたら、Shihoには「いってらっしゃい!」と言うべきなのだろう。

ジャズメイア・ホーン『ラヴ・アンド・リベレイション』

ジャズメイア・ホーン『ラヴ・アンド・リベレイション』ジャケット写真(筆者キャプチャリング)
ジャズメイア・ホーン『ラヴ・アンド・リベレイション』ジャケット写真(筆者キャプチャリング)

ジャズメイア・ホーンの日本デビュー作となる『ラヴ・アンド・リベレイション』がシメの1枚。

1991年生まれの28歳。2015年にセロニアス・モンク・コンペティションで優勝という受賞歴を見ても最近ではあまり期待を高めることができなくなっていたりしていたのだけれど、やっぱりジャズは聴いてみなけりゃわからない(当たり前だ)。

誤解を恐れずに、彼女を女性ジャズ・ヴォーカルのランキングで評価してみたい。

ボクが先輩から教わった女性ジャズ・ヴォーカルの指標とすべきランキングでは、エラ、サラ、カーメンがトップに君臨していた。

エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエの3歌姫だ。

ちなみに、ジャズメイア・ホーンは2013年の時点で、サラ・ヴォーン・ジャズ・コンペティションで優勝している。

この時点ですでにアメリカのシーンでは女性(アフリカ系)ジャズ・ヴォーカルのトップを継ぐべき者とみなされていたとも言える。

でも、ボクの印象は違う。

ボクがジャズについてリアルタイムで勉強をし始め、仕事として関わるようになった1980年代、ランキングの頂点に君臨していたのは、ダイアン・シューア、ダイアン・リーヴス、カサンドラ・ウィルソンだった。

ジャズメイア・ホーンの歌声を耳にしたとき、ボクにはダイアン・リーヴスを体験したときのザワッとした感情が沸き起こった。

ランキングという言葉を用いたのは、ジャズのジャンルのなかでも個人的な嗜好性が出現しやすいヴォーカルにあって、ある程度の“絶対化”が許されるであろうことを伝えるための手段だと理解していただきたい。

ノラ・ジョーンズがどんどんカントリーなほうへと“戻って”しまっている現状で、ジャズメイア・ホーンの登場は、ボクのなかのランキング順位を変えさせるほどのインパクトがあった、ということ。

ラジオではこのセレクションに対して、「秋の夜長に女性ジャズ・ヴォーカルはまさにピッタリですネ〜!」というお褒めの言葉をいただいた。

ただ、秋の夜長に3枚だけとは、ちょっと少なすぎたかな。ではまた。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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