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「日本沈没」は始まっている:(1) 中部地方が沈没して本州が2つの島に?

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

2つのプレートが海溝から沈み込み「世界一の変動帯」と言われる日本列島だが、地盤(地殻)は軽くて浮かんでいるために、日本沈没はありえない。しかしこれは日本列島全体を見た場合のことだ。実は、「沈没」が起きている場所もある。

中部(伊勢湾―琵琶湖―若狭湾)沈降帯

伊勢湾と若狭湾が内陸へ入り込み、さながら日本列島の「くびれ」のように見える。さらにこの地帯には、日本最大の湖である琵琶湖も位置する(図1)。この地形から、1960年代には「中部横断運河」の建設が検討されたこともあった。

図1 現在進行形で「沈没」が起きている中部沈降帯と活断層(赤線)。産業総合研究所地質図Naviをもとに著者作成。
図1 現在進行形で「沈没」が起きている中部沈降帯と活断層(赤線)。産業総合研究所地質図Naviをもとに著者作成。

このようなくびれが生じるのは、この地帯が沈降、すなわち周囲の地盤に対して沈んでいるからだ。

若狭湾には沈降海岸である「リアス海岸」が発達し、特にその東端では断層に沿って急激に落ち込んでいる。また琵琶湖は、低地(盆地)が南から移動して約100万年前にほぼ現在の位置までやってきた。濃尾平野が広がるのは、地盤が沈降してその凹地に土砂が厚く堆積したからだ。そして伊勢湾は西と東に走る断層によって大きく沈んでいる、南北に延びる知多半島は、この地殻変動に取り残された陸地なのだ。これが中部沈降帯(伊勢湾―琵琶湖―若狭湾沈降帯)である。

中部沈降帯はいつから沈み出したのか?

東海地方から琵琶湖周辺の地層から判断すると、この沈降帯は400~300万年前からでき始めたようだ。300万年前には、それ以前は北向きに沈み込んでいたフィリピン海プレートが、太平洋プレートに押し負けて「45度カックン」とその運動方向を変えてしまった。この大事件が中部沈降帯の形成を加速したと考えられる。

沈降のメカニズムと今後の予想

なぜこのような沈降帯ができたのだろうか?その謎を解く鍵は、沈み込むフィリピン海プレートの形状にある。図2に示すように、中部沈降帯の地下では周囲と比べてプレートの沈み込み角度が極端に小さくなっているのだ。残念なことにこの急変がなぜ起きているのかはまだよくわかっていない。

図2 中部沈降帯におけるプレート形状とその形成メカニズム。著者原図。
図2 中部沈降帯におけるプレート形状とその形成メカニズム。著者原図。

プレートの沈み込み角度と中部沈降帯の関係については、ドラマ「日本沈没」の科学監修を務めた山岡耕春さんたちが解き明かしている(図2)。プレートが沈み込むと、その運動でマントルの物質も引きずり込まれる。沈み込み角度が大きい場合には、引きずり込まれた物質を補うようにマントルの中に流れ「補償流」が作られる。

一方で沈み込み角度が小さい中部日本では、この補償流が、海溝に近く温度が低い領域まで届かない(図2)。そのために、中部地方の地下ではマントル物質がどんどんと引きずられて行ってしまうのだ。マントル物質が減ってしまった所では、その上の領域が沈んでしまうことになる。

こうして伊勢湾―琵琶湖―若狭湾のラインで沈降が起きている。そしてフィリピン海プレートの沈み込み角度が大きくならない限り、この沈降は続くと考えられる。つまり、やがてこの地帯は海面下に没して海峡となり、本州島は2つに分かれてしまう可能性が高い。

しかし安心して欲しい。このような「中部沈没」は、100万年以上の時間をかけてゆっくり進行するはずである。だから近い将来に沈没してしまうことはない。ただし、このような地殻変動はゆっくりではあるが現在進行形であり、その影響で将来、1891年に起きた日本史上最大級の直下型(内陸)地震である濃尾地震(M8.0)のような地震を引き起こす可能性は大いにある。

あらためて、私たちは世界一の変動帯、そして地震大国に暮らしていることをしっかりと心得ておく必要がある。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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