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コロナ禍で唾をかけられて反撃したら正当防衛?中国の“飛沫”をめぐるトラブルとは

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国ではマスクをつけない人の姿も(2021年2月13日北京 筆者撮影)

 60代の高齢男性が路上で吐いた唾が、19歳の学生にかかった。学生は謝罪を求めたが、60代男性は拒否。殴り合いとなり学生は男性に怪我を負わせたため、傷害の罪で起訴された。中国の裁判所はこの学生をいかに裁いたか?

自転車に乗っていたらおじさんの唾が…

 広東省広州市にある荔湾区の人民法院(地方裁判所に相当)が23日に明かした裁判の内容によれば、事の経緯は以下の通りである。

 2019年12月、19歳の学生が自転車で走っていると、同じ方向に走っていた自転車に乗った男性が体をよじって唾を吐き、その唾が体にかかった。唾をはいたのは60代の男性。学生は、男性の自転車の行く手を遮り、謝罪を要求。だが、男性は謝罪を拒んだ。

唾のかけ合いから殴り合いに

 腹を立てた学生が、手についた唾を男性の服に擦りつけると2人の争いは激化し、唾のかけ合いとなった。

 激昂した男性が学生の顔を殴った。すると学生の怒りもエスカレート。学生が、自転車に乗ったままだった男性を引き倒す。男性は、自転車に足を挟まれてしまったものの学生の手に噛みつき応戦。学生も男性の顔を殴り返すというなかなかの大乱闘になったようだ。

 この乱闘で2人とも顔に怪我をした上、男性は左脚を骨折し、学生は噛まれた手に軽い傷を負った。

広州市荔湾区の裁判所のHPより。「唾が引き起こした殴り合いは正当防衛か傷害か?」と事件が紹介されている。
広州市荔湾区の裁判所のHPより。「唾が引き起こした殴り合いは正当防衛か傷害か?」と事件が紹介されている。

正当防衛か否かが裁判の焦点に

 2020年8月、検察は学生を傷害の罪で起訴したが、裁判所は審理の結果、学生の行為を正当防衛と判断し、過剰防衛にも当たらないとした。検察は起訴を取り下げ、裁判所は、正当防衛は民事責任を負わないとして、60代男性を原告とする民事裁判の請求も棄却した。

 裁判官は、男性が手を先に出した経緯などの状況を判断し、学生の正当防衛を認めた。同時に落ち度は、完全に男性側にあったという立場でもあった。

「男性は年長者として、身をもって手本を示すべきなのに、逆に悪い例を示した。その上、少しも悔いの念を抱かず、謝罪を拒んだ」

 裁判官は、このように断じた。

コロナ禍の非文明的行為は危険?

 判官贔屓の様な感じがしないでもないこの判断だが、中国メディアも好意的に報じた。それは、裁判官が、判断の理由を次の様に説明したからであろう。

「まずこの問題は、60代男性の犯した誤りから始まった。吐いた唾を不注意で学生にかけてしまったが謝らなかったために、諍いに発展した。場所を考えず何処にでも勝手に唾を吐くのは非文明的だし不衛生でもある。特に、コロナ禍の期間においては、公共衛生の安全に対し重大な危害を与える」

 何処にでも痰を吐く。マスクをせずに大声で話す。咳やくしゃみをする時にわざわざマスクをずらす。このようなあまり行儀の良くない行為は今でも良く目にするが、中国人の中でも眉をひそめる人は多い。今回の例を以て教育的効果を期待しているようでもある。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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