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【体操】乗り越える恐怖心の先。安里圭亮が見つめる世界最高難度の新技「屈身リ・セグァン」

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
19年6月の全日本種目別選手権で跳馬の超大技「屈身リ・セグァン」を跳ぶ安里圭亮(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 体操競技の男子跳馬でまだ名前のついていない世界最高難度の新技に挑んでいる選手がいる。社会人4年目、26歳の安里圭亮(あさと・けいすけ)(相好体操クラブ)だ。

 Dスコア6・0の「リ・セグァン(ツカハラとび後方抱え込み宙返り1回ひねり)」をひっさげて出場した17年世界選手権では、種目別跳馬の決勝に進出して6位入賞を果たした。

 それから2年。安里が今年から試合で使っているのが、世界選手権出場時よりも難度の高い新技の「屈身リ・セグァン」。技の難度を示すDスコア6・4は男子の世界最高グレードである。

■全日本団体選手権で通算4度目の挑戦

 11月10日に行われた全日本団体選手権。相好体操クラブの一員として出場した安里は、跳馬で通算4度目となる「屈身リ・セグァン」を跳んだ。

「今回は4度目にもなるので、感覚的にはかなりつかめていました。過去3回の跳躍では、回転をつけるために膝が曲がってしまいがちだったので、今回はもっときっちりした屈身にしたいと思っていましたが、きょうの感じだとだいぶん良くなっていると感じました」

 着地を取るまではいかなかったため点数は伸びなかったが、空中姿勢に関しては成長の手応えがあったようだ。

「屈身リ・セグァン」の完成度が上がってきたと手応えを感じている安里圭亮(撮影:矢内由美子)
「屈身リ・セグァン」の完成度が上がってきたと手応えを感じている安里圭亮(撮影:矢内由美子)

■初挑戦は今年5月

 安里が初めてこの技を披露した試合は、今年5月のNHK杯時に行われた種目別跳馬だった。

 通常のスタート位置より4m前の19m地点から助走を始めると、一気にトップスピードに乗って両足で力強く踏み切り、背中とひざを伸ばしたまま腰を「く」の字に曲げる屈身姿勢を瞬時につくった。そして、回転とひねりを同時進行していった。

 そのときの得点は14・166。着地点が左にずれてしまい、ライン減点0・3となったが、Dスコア審判の判定はしっかりと「6・4」がついた。

「今回は挑戦するのがテーマでした。6・4という価値点を審判がちゃんと出してくれたので、最初のハードルをクリアできたと思います」

 安里はホッとした表情でそう語った。

 ただ、「屈身リ・セグァン」のすぐ後に跳んだDスコア5・6の「ヨー2(前転とび前方伸身宙返り2回半ひねり)」では、勢い余って失敗した。

 6・4と比べて価値点が0・8低い技がうまくいかなかった背景には、独特の理由があった。

「1本目の跳躍時の緊張感や恐怖感がすごく強かった」というのが原因だったのだ。

「屈身リ・セグァンを成功させた後の解放感で気持ちよく跳んだのもあって、勢いがつきすぎました」

 体操とは技術とパワーとメンタルのすべてをコントロールする必要のある競技。技の難度が高くなればなるほど、フルパワーを発揮しながら体の細部までを操るという極限の領域に足を踏み入れていくことになる。

17年には世界選手権に出場した(撮影:矢内由美子)
17年には世界選手権に出場した(撮影:矢内由美子)

■恐怖感との戦い

 安里は、5月の時点で「屈身リ・セグァン」についてこのように語っていた。

「ピット(着地点にスポンジを敷き詰めているもの)でやる練習ではある程度良い出来になっていましたが、通常のマットの上で跳んだのは今回でまだ2回目。だから恐怖感がけっこう強かったですね」

 口ぶりはさらっとしていたが、それにしても完璧にものにしている技にも影響が出るというのだから、相当な怖さであることが伝わってくる。

「元々、抱え込みのリ・セグァンを跳ぶ時もかなり恐怖感があります。気が緩むと大けがにつながる技。言ってしまえばちょっと大げさかもしれないですが、選手生命を絶たれるくらい危険な技なんです」

 リオデジャネイロ五輪金メダリストである李世光(リ・セグァン)=北朝鮮=が最初に成功させたこの技は、Dスコア6・0という演技価値点が示す通り、非常に難度が高く、世界的にも試合で使っている選手は数えるほどしかいない。

 安里がそれ以上の難しさである屈身技に挑むのはなぜか。

「屈身リ・セグァンは恐怖と戦いながらの実施ですが、それでもこの技に取り組むのは、6・0の壁を越えたいという思いがあるからです」

ナショナル合宿で真剣な表情(撮影:矢内由美子)
ナショナル合宿で真剣な表情(撮影:矢内由美子)

■技に自分の名をつけたいという思い

 8月30日に福井市で行われた全日本シニア選手権でも、安里は新技に挑んだ。このときに出たのは団体戦。跳馬のみに出た種目別の試合とは違い、跳馬以外にゆかとつり輪にも出場している中での「屈身リ・セグァン」への挑戦に価値があった。

「他の種目も先に2つやり終えての跳馬だったので成果はあったと思う」と、確実にこの技を自分のものにしているという手応えを語った。

 徐々に完成度が高まっているとなれば、次のターゲットはやはり、新技に自分の名前をつけることだろう。

 日本の体操界は古くから革新的な技を発表する選手が多く、跳馬だけに限っても50年近く前に発表された「ツカハラ」「カサマツ」の名が今でも頻繁に聞かれる。近年ではひねりの革命児である白井健三の名がついた「シライ/キムヒフン」「シライ2」「シライ3」がある。

 さらに、今年2月の種目別W杯メルボルン大会では、安里にとって福岡大学の後輩である米倉英信が、「ロペス(伸身カサマツ2回ひねり)」に半分ひねりを加えた“ロペスハーフ”を国際公式戦で初めて決めて新技と認定され、技に「ヨネクラ」の名がついた。

 相好体操クラブにはゆかで「ゴシマ」の名がついたG難度の「前方伸身宙返り3回半ひねり」を持つ五島誉博もいる。また、同期の小倉佳祐は、米倉より先に国内でロペスハーフを成功させていた。安里にとって刺激材料は多い。

全日本団体選手権で跳馬の直前練習に入る安里(撮影:矢内由美子)
全日本団体選手権で跳馬の直前練習に入る安里(撮影:矢内由美子)

■座禅でメンタル強化にも挑戦

 新技に名がつくためには、国際体操連盟が認める国際大会で最初に成功させる必要がある。そのためには国内選考で国際大会への出場権を勝ち取る必要があるが、日本の場合はその国内選考のハードルが非常に高い。そもそもの関門である技の成功までたどりついている安里も、このハードルを超えることが必要だ。

 今年の選考では惜しくもワールドカップ出場に届かなかった安里だが、今は来年の再挑戦に意欲を燃やしているところだ。

「水鳥(男子強化)本部長にも『国際大会で(技に名前がつくことを)勝ち取る機会を、自分でつかんでください』と言われました。来年の春に予定されている種目別トライアル(選考会)に向けて取り組んでいきたいです」

 10月には座禅に挑戦してメンタル強化にも取り組んでおり、「精神的な部分では多少余裕も出てきていると思う」と笑みを浮かべる。

 全日本団体選手権で年内の試合を終え、オフの練習の方向性もほぼ固まった。昨年は屈身姿勢をつくりあげるための感覚練習で多くの技に取り組んだが、今年はすでに形が固まってきたため、次は演技の質を上げるための土台となる体の強化に移っていく。

「トレーニングをしてもうひとつ上(の高さ)の跳躍を跳べれるようになれば着地に余裕が出る。そういう練習をこつこつやっていきたいです」

 体操ニッポンには、夢に向かって努力を重ねる珠玉のジムナストたちがいる。それぞれが目指す地点の輝きは五輪の金メダルと同じである。

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サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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