元AKB48・北原里英が中国語で日中合作映画に出演。結婚して30歳の目標を生んだ夫のひと言
AKB48グループを卒業して間もなく4年の北原里英が、日中合作映画『安魂』に唯一の日本人キャストとして出演した。台詞はすべて中国語で、1ヵ月ほど猛勉強して流暢に話している。もともと現場での好感度が抜群のうえで、昨年は30歳になり結婚もして、女優としての心構えに変化もあったという。
近所の中国語教室に通いまくりました
――『安魂』の日本人留学生・星崎沙紀役は、どういう経緯で北原さんに決まったんですか?
北原 本当に急に決まったお話でした。全編中国語の台詞でしたけど、準備期間が1ヵ月くらいしかなくて。
――もともと中国に馴染みがあったわけでもなくて?
北原 ないですね。AKB48で何度かライブをやったくらいでした。個人的に中国のドラマを観ていたわけでもなくて、中国語も数えるほどしか知らなくて。だから、今回「えっ、私が?」と驚きました。でも、こんなにやり甲斐のある仕事が飛び込んでくることはないので、チャレンジしようと臨みました。
――やり甲斐はあったと思いますが、1ヵ月で中国語の台詞を話せるようになるのは、大変だったのでは?
北原 すごく大変で、中国語教室に通いまくりました。自宅の最寄りの駅と中国語教室で検索したら、近所にあったんです。マンツーマンのコースで日常会話から今回の台詞の練習まで、やってもらいました。
――週何日くらい通ったんですか?
北原 2日に1回とか。たぶん、その教室の先生全員と会っています。同時に他の映画も1本撮っていたので、間に合うか怖かったし、キツかったです。
――家でも練習したんですよね?
北原 そうですね。台詞の量が思ったより多くて、ビックリするほど喋る役だったので(笑)。1ヵ月でできることは全部やりました。
発音によって意味が違うから難しくて
――中国でのクランクインまでには、台詞はマスターできたんですね。
北原 何とか間に合わせましたけど、現地に行ってからも大変でした。中国語って“声調”が難しいんです。同じ“マー”でも四つ発音があって。「マー」「マア」「マーア」「マァ」で意味が全然違うんです。文も声調が合ってないと通じないので、めちゃめちゃ苦労しました。
――撮影でも発音でNGが出たり?
北原 いっぱい注意されました。でも、ほとんどの台詞がアフレコだったんです。その日のうちに、帰ってからホテルの一室で、映像を観ながら台詞を録りました。それが私は本当に苦手で。お芝居して動きながらだと言えた台詞も、止まって読むと緊張するのか、変な発音になっちゃうことが多くて。しかも、当たり前ですけど、感情も乗せないといけない。アフレコの時間は本当にキツかったです。今思い返すと、中国での撮影はいい経験で、楽しかったと言えますけど、撮っているときは辛いこともたくさんありました。
――でも、それを乗り越えたわけですよね?
北原 沙紀と友だちになった張爽(ルアン・レイイン)がだいたい同じシーンで、アフレコのときも隣りにいてくれて、細かいことを教えてくれたおかげです。すごく助けられました。
――他のキャストと中国語でコミュニケーションは取れたんですか?
北原 台詞を覚えるのが精いっぱいで、日常会話までは正直いけなかったです。撮り終わったあとも中国語教室にしばらく通ったんですけど、中国で耳が慣れて、わかってきたから悔しかったですね。この状態だったら、もっとコミュニケーションが取れていたのに。でも、英語や身振りで会話はしていました。
料理が出るたびに「これは何ですか?」と(笑)
――『安魂』は日中合作映画で監督は日本人、キャストはほぼ中国人、撮影は中国という中で、アフレコ以外にも日本での映画撮影と違うことはありましたか?
北原 監督の他に、撮影部とか照明部とか各部署のチーフ6人が日本人のスタッフさんだったんです。だから、おおむね日本寄りの撮り方でしたけど、細かいところが全然違っていて。たとえば、撮影スケジュールがユルかったり(笑)。
――香盤表はあるんですよね?
北原 開始時間とかはそこそこ決まっているんです。でも、昼休みに入って、ごはんを食べたあとの再開時間は出ません。日本だと「40分後に再開」みたいになるところが、1時間くらい経って食べ終わった頃にゾロゾロ集まってくる(笑)。そういうユルさは面白かったです。若い現地スタッフさんが多くて、合間にずっとスマホで『鬼滅の刃』とか観てました。
――雰囲気は和やかだったんですか?
北原 そうですね。カメラマンさんが日本のベテランの方で、ついているスタッフは若手の男性たちで、みんな「爹(ディエ)」と(年長者への敬称で)呼んで慕っていました。一度、その撮影部の方たちと私と通訳さんとで中華料理を食べに行ったときが、一番楽しかったです。異文化交流のようで、そこで初めて「何歳? 同じだ」みたいに話せて。ディエがポケトークでいちいち訳すのが向こうの若者に大ウケで、ほっこりしましたね。
――本場の中華料理は日本人の舌に合わない、とも聞きますが。
北原 私は何でもおいしく食べられるタイプなので大丈夫でしたけど、見たことのない料理が多くて。最初は怖くて、出てくるたびに「これは何ですか?」と確認してました(笑)。
よくわからないまま現場にいるのが役と重なって
『火垂るの墓』の日向寺太郎監督が、中国の作家・周大新の実体験を元にした小説を映画化した『安魂』。作家の唐大道(ウェイ・ツー)は自ら選んだ道こそ正しいと疑わず、息子の英健(チアン・ユー)の恋人の張爽(ルアン・レイイン)が農村出身という理由だけで別れさせた。しかし、英健が29歳でこの世を去ると、信念が崩れる。英健と瓜二つの劉力宏(チアン・ユー=二役)と出会い、息子の姿を重ねて、たびたび訪ねるようになって……。
――北原さんが演じた沙紀は、言葉は別としてキャラクー的には入りやすい役でした?
北原 沙紀はもともと主人公の一家と全然関係のない人だったんですよね。バスターミナルで倒れた英健に連れ添ってから、よくわからないけど、そこにいる。私も中国の現場でよくわからないままやらないといけないところがたくさんあったから、うまくリンクしていたらいいなと思ってました。
――思いやりがあるというか、アネゴ肌なんですかね?
北原 張爽が英健とのことで悩んでいるのを助けてあげたり、めちゃくちゃお節介なんですよね(笑)。それでいて、裏設定としては力宏に惹かれていて、かき乱している感じです(笑)。
――力宏とは屋台街で「金持ちを騙すのも生活の知恵?」とか、やり合うシーンがありました。
北原 あそこは実際の夜市で撮って、とても印象に残ってます。何もなかった広場に、夕方になると「どこから来た?」というくらいのすごい数の人たちが屋台を引いて集まってきて、あっという間に夜市になったんです。圧巻でした。撮影が終わってから回ると「この食べ物はどこの何?」みたいなものがいっぱい並んでいたのが面白くて、すごく中国っぽさを感じました。
一番苦手だった台詞が一番得意になりました
――力宏との掛け合いはスムーズにいったんですか?
北原 撮影はあっという間に終わりました。一番感情を出すシーンで楽しかったんですけど、全編通して一番苦手な台詞がありました。何回言ってもダメで。
――発音的に?
北原 発音もだし、「この言葉のあとにこれがくる」という流れが日本語になくて。「そのために忍び込んで情報を集めていたんでしょう?」みたいな意味なんですけど、とにかく苦手で、めちゃくちゃ練習してたら、一番得意な台詞になりました(笑)。そこだけは今でも覚えています。
――沙紀は英健の父親に反対されて結婚を諦めた張爽に「昔の日本人みたい」と言ってました。北原さんもそう思いました?
北原 確かに張爽はすごく引っ込み思案だなと感じましたけど、その台詞は「留学生がそんなことまで言うか?」と思って(笑)、難しかったです。
――作品自体には、どんなことを感じました?
北原 自分が出ていることは置いておいても、すごく好きなストーリーで引き込まれます。中国の文化も多々出てきて、魂の話とかは日本人には馴染みがないところですけど、根本には親子愛、特に父と息子の関係があって、スッと入ってきました。そんな作品に参加できて嬉しいです。
お芝居は言葉の壁を越えると感動しました
――改めて、唯一の日本人キャストとして『安魂』に出演して、収穫は多かったですか?
北原 もちろんです。本当に良い経験をさせていただきました。この作品がなかったら、中国語を本格的に学ぼうとは思わなかったでしょうし、何より中国の役者さんのお芝居が素晴らしくて。最後のほうの家族が集合するシーンはすごくて、私は特にお母さま(チェン・ジン)の演技に心を打たれました。お芝居は言葉の壁を越えると本当に思って、すごく刺激を受けました。
――2週間の滞在で、撮影以外でも中国ならではの経験はできました?
北原 撮休の日がちょこちょこあって、ショーがたくさん観られるアミューズメントパークに行きました。地元の人でないと伝わりませんけど、愛知のリトルワールドに似ていて(笑)。そこで、もし私が『キングダム』を読んでいたら、もっとテンションが上がっていただろうなという、中国の歴史にまつわるショーをやっていたんです。
――『三国志』のような感じですか?
北原 たぶん『三国志』であろうストーリーが繰り広げられたり、宋とか隋とかいろいろな時代のショーがありました。本物の馬に乗って走らせながら立ったり、アクションや殺陣もすごくて。あと、撮影していた開封市が日本で言うと小京都みたいな感じで、お寺や古い建物がたくさんあったんですね。ロケのたびに近くのお寺に行ったり、満喫しました。
絶対味方になってくれる人がいるのは心強いです
――北原さんは張爽のように、結婚を誰かに反対されることはなかったんですね(笑)?
北原 されなかったです(笑)。
――『グータンヌーボ2』で同棲していたと話されてましたが、新婚気分はそんなにありませんか?
北原 だからこそ、あえて新婚感を出すようにしています。何かするわけでもないですけど、気分的に「新婚だもんね」みたいな感じで(笑)。
――いわゆる奥さんっぽいこともしているんですか?
北原 料理はもともと好きなので、毎日ではないですけど作ってます。
――結婚して良かったと思うこともありますよね?
北原 絶対に自分の味方になってくれる人がいるのは、心強いですね。今後仕事をしていくうえでも、すごく支えになると思います。
――去年は30歳も迎えて、節目の年になりました?
北原 あとで思い返したら、節目だったと思う1年になりそうです。今のところ、結婚も30歳も、あまり実感がないんですけど。
――仕事へのスタンスは変化なく?
北原 そうですね。でも、結婚したことによって、幅が広がったらいいなと思います。主婦目線の新しいジャンルのお仕事や、お母さん役も増えたらいいなと。
――主婦のドロドロしたドラマもやります(笑)?
北原 そういうのもいいですね。昔の昼ドラ的な。私はもともと『不信のとき』がすごく好きだったので、不倫をテーマにしたドラマはやりたいです(笑)。
岩井俊二監督が私を覚えてくれていて
――最近は自分でドラマや映画は観てますか?
北原 コロナ禍になる前によく行っていた舞台には、なかなか行けなくなりました。最近はNetflixを観ることが多いです。あと、岩井俊二監督の『スワロウテイル』が去年公開25周年で、(劇中バンドの)YEN TOWN BANDさんがライブをやったんですね。それをダンナさん(笠原秀幸)と観に行きました。
――いいですね。
北原 ダンナさんがもともと(プロデューサーの)小林武史さんと同じ事務所にいて仲が良くて、その縁で観させていただいたんですけど、とっても素敵でした。たった1本の映画が公開25周年でも色褪せず、あんな音楽が聴けることに感動しました。
――もともと『スワロウテイル』を観ていたんですか?
北原 ライブに行くことになって、初めて観ました。岩井監督はAKB48の『桜の栞』のMVを撮っていただいて以来で、すごく久しぶりにご挨拶しました。私のことは覚えてないと思ったら、すぐわかってくださいました。
――『桜の栞』の発売は12年前でした。
北原 あのMVで私、やたら映っていたんです。いつもは映らないのに(笑)。それで、ファンの方が勝手に「岩井俊二さんはきたりえ推し」と言っていたんですが(笑)、岩井監督もそれを知っていて、私を覚えていてくださったことが本当に嬉しくて。最近で心が一番動いた瞬間でした。
ゆったりした映画が好きになりました
――岩井監督が新作を手掛ける際は、出演したいところですね。
北原 その願望は強くあります。でも、まだ私の技量が足りていないと思うので、いつか出られるように頑張っていきます。
――今後、女優として磨きたいことはありますか?
北原 今までは若さもあって、園子温監督、白石和彌監督、小林勇貴監督のような激しい作品が好きだったんです。でも、最近は今泉力哉監督のようなゆったりした作品も好きになってきました。そういう映画に出られるような女優になりたい想いはあります。私は顔がうるさいほうだから(笑)、世界観と合ってないと今の時点では思っているので、もっとやさしい表情もできるようになれたら。
――年齢と共に、だいぶ趣向が変わったんですね。
北原 変わっていくものだなと、最近特に思います。そこは30歳になったことが大きいのかもしれません。
作品のためにも自分の意見は言おうと
――北原さんは業界内でもすごく好かれていて、「応援したくなる」という関係者が多いです。対人的なところで、日ごろ心掛けていることもあるんですか?
北原 一番気をつけているのは、周りの人にイヤな想いをさせないことです。だから、そう言っていただけるのは、すごく嬉しいです。
――腹が立っても抑えると。
北原 多少イヤなことがあっても抑えられるタイプですし、敏感でないのでイヤだと感じにくいところもあります(笑)。でも最近、「もうちょっと、わがままになってもいいんじゃない?」とダンナさんに言われました。
――自己主張もすべしと?
北原 自分の意見は言おうと。今のところ、外でそこまで出すことはありませんけど、前は身内の事務所の人にも遠慮していたのを、最近は「こういうお仕事をやりたいです」とか「こんなふうにしてほしいです」と言うようにしています。イヤな想いはさせない範囲で。
――根本的には奥ゆかしいんでしょうね。
北原 どうでしょう? 自分ではそう思ったことはないのですが、昔から何でもNOは言わないタイプではありました。全部に「ハイ」「ハイ」という。でも、「それは作品のためにならない」と言われて、確かにそうだなと。台本を読んで自分が思ったことを言って、違っていたら監督も「違う」と言ってくれるので。“ちゃんと言える人”になるのが30歳の目標です。
秋元才加ちゃんならどうするかと考えます
――現場での振る舞いについては、見習った人もいるんですか?
北原 現場では「秋元才加ちゃんだったら、どうするか?」と考えることが多いです。尊敬する先輩なので。たとえばコロナ禍以前に、地方での撮影で仲のいいスタッフさんたちに「一杯だけ飲もうよ」と誘われたとき、行くか行かないか迷って、「才加ちゃんなら行くかな?」と考えて決めたことがあります(笑)。
――秋元さんだと行動が体育会系なんですか?
北原 そうですし、才加ちゃんは作品に全力で取り組む方で。私はまだ全然追い付けていませんけど、あんなふうに真摯に仕事に向き合って、ひとつずつやっていく人になりたいと、すごく思っています。
――秋元さんはハリウッドデビューしましたが、北原さんも日中合作映画に出演して、世界も視野に入りました?
北原 そうですね。今までまったく世界に目を向けたことがなかったのが、『安魂』で中国に行かせてもらって、視野はすごく広がりました。中国語ももっと勉強したいです。私は英語の発音はヘタで、ハリウッドはたぶん無理なので(笑)。
――中国語のほうが難しくないですか?
北原 でも、中国語教室の先生に向いてると言われました。英語は小学校から習って英検準2級ですけど、めっちゃカタカナ英語で、たぶんうまくならない気がします。
――中国も市場は大きいですしね。
北原 そうですよね。中国語のマスターを今年の目標のひとつにします。
Profile
北原里英(きたはら・りえ)
1991年6月24日生まれ、愛知県出身。
AKB48のメンバーとして2008年にデビュー。2015年にNGT48に初代キャプテンとして移籍後、2018年に卒業。グループ在籍中から映画『ジョーカーゲーム』、『サニー/32』に主演など女優としても活動。主な出演作は映画『としまえん』、『爆裂魔神少女 バーストマシンガール』、ドラマ『フルーツ宅配便』、『女の戦争~バチェラー殺人事件~』、舞台『「新・幕末純情伝」FAKE NEWS』、『どろろ』など。1月15日公開の映画『安魂』に出演。
『安魂』
監督/日向寺太郎 原作/周大新 脚本/冨川元文
1月15日より岩波ホールほか全国順次ロードショー