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【落合博満の視点vol.35】勝てる戦術の極意その2――同点は負けと考えるな

横尾弘一野球ジャーナリスト
落合博満が率いる中日は、「同点は負けではない」と考えて僅差の勝負を制した。(写真:ロイター/アフロ)

 落合博満は中日で監督を務めていた時、長いペナントレースを制するためのプランをこう表現した。

「140試合あれば、ひとつくらい相手が勝手に転んだり、若手に経験を積ませようと勝ちにこだわらないゲームをしてくるだろう。その試合を必死に勝ち、あとは徹底して負けない試合運びを意識する。1勝139引き分けの勝率10割で優勝するのが究極の理想だ」

 2011年のシーズンは首位の東京ヤクルトに10ゲーム差をつけられた時点で「もう勝ちにはいかない。負けないように戦いながら、絶対に優勝する。まぁ、見ていろよ」と力強く語り、それを現実にしてみせた。そんな落合が、GM時代に社会人野球を視察した際、最も多く指摘していたのが「1点を惜しんだために負けてしまう戦い方」だ。

 実例を挙げる。後攻のチームが1点リードして迎えた7回表、二死二塁になると、その走者を生還させないように外野手が守備位置を前進させた。打者は左中間へ大きなフライを打ち上げ、センターとレフトが必死に背走するも、打球はフェンスの手前で大きく弾む。通常の守備位置なら捕球できたかもしれない当たりで同点にされた上に、打者走者も三塁に達し、逆転されるピンチである。

「この場面で、一番に避けなければならないのは逆転2ランを打たれること。バッテリーも、それを強く意識した配球をするはず。一方、ヒットで二塁走者に同点のホームを踏まれても、なお二死一塁ならば同点で終われる確率は高いでしょう。ならば、外野手は頭上だけは越されない守備位置にしなければいけないんじゃないか。1点を守り切りたい気持ちもわからなくはないけど、まだ自分たちの攻撃も3回残っている。野球は攻撃も守備も、7回以降が特に難しいのだから、焦る必要はないと思う」

 逆転されるリスクを負ってまで1点を守ろうとする場面ではないと指摘する落合は、こう続ける。

「プロのように引き分けがある場合、その引き分けが持つ意味はケースバイケース。だから、どうしても勝ちにいくという戦い方をすることもある。ただ、社会人は大半がトーナメントゆえ、どちらかが1点を多く取らない限り勝負はつかない。同点で敗退することはないのだから、もうひと勝負できると考えたほうが試合運びは安定するはずだ」

1点リードの9回裏二死満塁でイチローなら敬遠する

 また、あるプロの監督経験者が、「1点リードの9回裏、二死満塁で全盛期のイチローを打席に迎えたらどうしますか?」という質問に、「もう神頼みしかない」と答えたのを聞いた落合は、苦笑しながらこう語った。

「私が監督なら、イチローを敬遠させて、次の打者で勝負する。それで次の打者に打たれて負けたのなら仕方がない。あくまで結果論だ。けれど、同点で延長に入れる可能性があるのに、イチローと勝負するなんて無謀だろう。決して最善を尽くした戦い方ではないと思う」

 そして、このような1点を争う緊迫した展開で重視すべきなのは、投手のコントロールだと言う。

「最近では、ストッパーの条件に球速をはじめストレートの力を挙げる指導者がプロでも多い。長打を食らう確率が低いと考えるからだろう。確かに、ストレートに力があるに越したことはないが、コントロールに不安があるなら意味はない。力のあるストレートも高目に入れば長打になるし、四死球で押し出してしまうリスクも高い。それこそ、神頼みになってしまうだろう。打者の立場になって考えればわかるが、1点を争う終盤に必要なのは、ストレートの力よりも高さを間違えない制球力だ」

 1点リードの9回裏二死満塁、カウント3ボール2ストライクの場面。押し出しだけは避けたいと、150キロ超のストレートをど真ん中に投げ込む投手と、押し出しでも同点だと割り切り、相手打者の外角低目を狙って投げ込む投手。落合の野球は、後者のタイプが支えていた。そして、「同点は負けではない」という考え方が、1点差を逃げ切る勝負強さにつながっていたのだ。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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