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朴槿恵前大統領の罷免から1年…韓国社会に止まない「積弊清算」の声

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
3月9日、ソウル市内で記者会見を行う「ろうそくデモ」主催者団体。筆者撮影。

3月10日は朴槿恵前大統領の罷免からちょうど1年を迎える。韓国社会の現住所を「ろうそくデモ」を支えた市民団体の声から探る。

「朴槿恵大統領を罷免する」

朴槿恵大統領(当時)の退陣を求める「ろうそくデモ」は、2016年10月29日に始まった。その数日前に、韓国のケーブルテレビ局「JTBC」が、朴大統領の親友・崔順実(チェ・スンシル)氏が使用していたタブレットから、崔氏が国政に深く関わっていた証拠を暴露したことがきっかけだった。

毎週土曜日に行われた「ろうそくデモ」はその後、崔氏の疑惑が次々と明らかになるにつれ規模が拡大。11月12日には全国で100万人以上の市民が参加(主催者発表)、12月3日には同232万人を集め、「朴槿恵退陣」の声は大きなうねりとなる。

ソウル都心部の12車線道路を埋め尽くす市民たち。2016年11月19日、筆者撮影。
ソウル都心部の12車線道路を埋め尽くす市民たち。2016年11月19日、筆者撮影。

この勢いが政治家を叱咤し、分裂する野党をまとめ、与党の一部を朴大統領から離反させるなど、弾劾可決へと政局を引っ張っていった記憶は生々しい。今や大統領の文在寅(ムン・ジェイン)氏も重い腰を上げた一人だ。12月9日に国会で行われた弾劾決議案は賛成234(定数299)の圧倒的多数で可決され朴大統領は職務停止となった。

その後も「ろうそくデモ」の勢いはやまず、朴大統領罷免の世論を発信し続けた。そして17年3月10日、憲法裁判所は裁判官8人全員が「弾劾認容」の決定を下し、朴大統領は罷免されたのだった。朴大統領は同月31日に身柄を拘束され、裁判を経た後、今年2月27日に検察により懲役30年を求刑された(1審判決は4月7日)。

「ろうそくデモ」主催団体の記者会見

話は戻るが、約半年間、零下10度を下回る真冬の寒さの中でもろうそくを掲げ続けた市民は、朴大統領の退陣だけを求めたのではなかった。政経癒着の打破、司法改革、労働者の権利保障、セウォル号沈没事件の真相解明、格差拡大の是正、南北緊張緩和など、韓国社会に積み重なってきた問題の解決を掲げたのだった。これが、「積弊清算」だ。

「ろうそくデモ」を支えた市民団体は、韓国最大の労組連合である(民主労総)や、最も高い評価を受ける政策提案・政府監視型NGO「参与連帯」、全国組織の「環境運動連合」をはじめ全国で2000以上にのぼった。

憲法裁判者が朴槿恵大統領の罷免を決定した直後、喜ぶ市民の様子。決定を不服とした弾劾に反対する市民の一部は、警察官やメディアに暴力を振るい、その過程で死者も出た。17年3月10日、筆者撮影。
憲法裁判者が朴槿恵大統領の罷免を決定した直後、喜ぶ市民の様子。決定を不服とした弾劾に反対する市民の一部は、警察官やメディアに暴力を振るい、その過程で死者も出た。17年3月10日、筆者撮影。

市民団体は連合体を結成し、デモを全国規模で組織。市民が手ぶらでデモに参加できるインフラを整えた。その上で、それぞれの「現場」で直面してきた問題意識を表面化させることで、「ろうそくデモ」は単純な大統領退陣運動ではなく、社会改革運動としての側面を維持したのだった。

3月9日、朴前大統領の罷免1年を迎え、ろうそくデモの中心地であったソウル都心の光化門広場前で、中心的役割を果たした市民団体代表で構成される「朴槿恵政権退陣 非常国民行動(通称:退陣行動)記録記念委員会」の約20人が集まり、記者会見を開いた。

「民主主義は止まらない」

この日、司会を務めたパク・ジン氏は冒頭のあいさつで、「弾劾から1年になった。16年10月から『ろうそくデモ』を行うあいだ、『これがどこに向かうのか、弾劾できるのか』と、誰一人予想ができない中で、絶え間ない民主主義の前進を成し遂げてきた」と振り返った。

さらに「今日この日、私たちは嬉しい知らせ(5月の米朝首脳会談)を聞いた。戦争が今後、現実的になるのではないかと恐れる中、平和のきっかけとして、韓国社会に希望を与えている。こうした事は全て、ろうそく一つを持って、素手で広場に立ち、不義の権力に立ち向かった名も無き人々の民主主義の行列によるものだ」と語った。

9日の記者会見の様子。「弾劾は始まりに過ぎない、民主主義の行進は続く」と書いてある。筆者撮影。
9日の記者会見の様子。「弾劾は始まりに過ぎない、民主主義の行進は続く」と書いてある。筆者撮影。

だが、「それにも関わらずわれわれには未だに多くの積弊清算の課題がある。そして依然としてろうそくを馬鹿にし、民主主義を求める市民の挑戦に暴力で対抗する人がいる。ろうそく以降、『私も話せる(metoo)』と絶え間なく発信し続ける女性たちの声は、広場に集まった多くの人の声でもある」とし、各分野の市民団体代表にマイクを渡した。要旨は以下の通り。

・ヤン・ドンギュ「全国民主労働組合総連盟(民主労総)」副委員長

「ろうそくの要求は、2000万の労働者の生活の変化を望んだ叫び声だったが、残念なことに生活の実質的な変化を感じることができない。この点がもどかしく、怒りに変わっていると言わざるを得ない。文在寅政権以降、朴槿恵政権が定めた一方的な成果制度が廃止されたが、これは改悪を原点に戻したに過ぎない。私たちは労働者の権利が抑圧された1987年以降の古い体制の改革が必要だ。文在寅政権に言いたい。タイミングを逃さずに早く、ろうそくの願いに応えてほしい。そして、ろうそくの行進はまだまだ必要だ」

・チョン・ガンジャ「参与連帯」代表

「ろうそくを掲げた市民が、民主主義を回復させた。これ以上、市民は不義の前に沈黙しない。自由、平等、平和、安全、相互尊重を作る社会に続く道を市民が作ったが、その道は果てしない。だからこそ、ろうそくの灯を掲げ続けなければならない。疎通、連帯、行動が今日を作った。女性たちは『性の平等』を掲げ強く声を挙げている。性の平等こそが民主主義の完成であり、権力の頂点にいる加害者による最も弱い者への暴力が白日の下にさらされている。Metooは『私も告発する』というものだ。社会の構造に潜む性暴力を無くす運動を共にしてほしい」

・クォン・テソン「環境運動連合」共同代表

「朝鮮半島では、平和に続く門が開こうとしている。こうした動きはろうそくの市民の声が届いた結果だと見る。この貴重な機会を逃さず、朝鮮半島の平和の時代を開く契機としなければならない。ろうそく市民はもちろん、すべての当事者が、政派や自身の利益にとらわれてはいけない。朝鮮半島に二度と来ない機会かもしれない。われわれも共に行動する」

発言するパク・レグン「4.16連帯」共同代表。著名な人権運動家だ。筆者撮影。
発言するパク・レグン「4.16連帯」共同代表。著名な人権運動家だ。筆者撮影。

・パク・レグン「4.16連帯」共同代表

「退陣行動では100大改革課題を掲げた。その内の多くが、実現していない。その理由は立法をすべき国会がこれを防いでいるからだ。国会をどう、社会改革に参加させるのかは今後の課題だ。また、司法部も積弊清算の対象だ。イ・ジョヨン釈放のように、サムスンによって左右される司法部やメディアの姿を私たちは見てきた。このように、ろうそくデモは今後も続けていくべきだと思う。政府はもちろん、国会、司法部は大々的な改革をしなければならない。社会の大改革に向かっていくべき」

「100大改革課題のうち、実現したのは9つ」

引用してきたように、ろうそくデモを組織してきた市民団体の連合体「退陣行動」では未だ、社会の改革は進んでいないと見ているようだ。同連合体はろうそくデモが行われていた2016年末に、市民の声を集め「6大緊急懸案」を発表している。文在寅政権なりどうなったか、この日発表された資料を元にその現住所を見ていく。

(1) セウォル号真相究明:セウォル号特別法が再制定

(2) 2015年のデモで死亡した白南基(ペク・ナムギ)氏事件の真相究明:ソウル警察庁長の逮捕、大統領の謝罪でひとまずは解決

(3) 国定教科書の廃止:廃止

(4) 成果の上がらない労働者を解雇できる「成果退出制」:中断(廃止)

(5) 言論掌握禁止報制定:法は成立しなかったが、KBS,MBCが正常化。YTNはスト中。

(6) THAAD(高高度防衛ミサイル)配置中断:追加配置(文大統領公約違反)

さらに、社会の様々な分野にまたがる改革課題への評価も続いた。内容が膨大なので全体は省くが、この中で「9つ」のみが解決したと、市民団体側では見ている。「法人税の引き上げ」、「財閥を母企業とするフライチャイズチェーンでの代理店への横暴」などがこれに含まれる。

米国大使館の建物に「NO THAAD」を照らした行動は、話題を呼んだ。主催者団体側は「別の団体の行動」と一線を引いた。2017年1月14日、筆者撮影。
米国大使館の建物に「NO THAAD」を照らした行動は、話題を呼んだ。主催者団体側は「別の団体の行動」と一線を引いた。2017年1月14日、筆者撮影。

一方、「改革が進んでいるが及ばない」、「改革が具体化されていない」項目は52に及んだ。さらに、「まったく改革が進んでいない課題」は39に及ぶとした。ここには「公共病院の拡充ならびに非営利民間病院の公共性強化」、「医療民営化中断」などが含まれる。

このような改革課題の現状を報告したパク・ソグン「韓国進歩連帯」代表は、「改革課題のうち、国会の立法によるものが69に及ぶ。このうち、解決したのは3つのみだ。国会が依然として、改革の足を引っ張っていると評価できる。このままでは国会こそが積弊だと言われても仕方ない」と強く語った。

今後は日本の市民社会からも参加する国際会議も

この日の記者会見では、ろうそくデモを主催した「退陣行動」の今後の予定についても発表された。5月24日には、スペインやアイスランド、米国やチュニジア、日本の「SEALs」などの市民運動を行った活動家を集めた大規模な国際会議をソウルで開催する。

記者会見の参加者たち。「積弊清算、社会大改革」「反戦平和」などを掲げた。筆者撮影。
記者会見の参加者たち。「積弊清算、社会大改革」「反戦平和」などを掲げた。筆者撮影。

また、「ろうそくデモ」の全てをまとめた白書も5月に発刊し、それに合わせ光化門広場に記念の造形物を設置すると同時に、ドキュメンタリーも公開するとした。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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