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映画が教える「見たくないこと」から震災対策を考える

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

見猿、聞か猿、言わ猿

 私たちは、日光東照宮の「三猿(見猿、聞か猿、言わ猿)」のように、見たくないことに目を瞑り、聞きたくないことに耳を塞ぎ、余分なことを言わずに日常生活を送っています。ですが、災害は、見たり聞きたくない社会の弱点を狙いすましたように突いてきます。災害後に「思ってもいなかった」という言葉を良く聞きますが、見たくないことを見ていないことが、想定外の事態を生み出すのだと言えます。

見たくないことは見えなない

 「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の委員長を務めた畑村洋太郎東大名誉教授は、最終報告書に委員長所感として、「見たくないものは見えない。見たいものが見える。」と記しています。この一文は、古代ローマの政治家、ガイウス・ユリウス・カエサルが述べた「人間はものを見たり考えたりするとき、自分が好ましいと思うものや、自分がやろうと思う方向だけを見がちで、見たくないもの、都合の悪いことは見えないものである」(ガリア戦記)から引用したものでした。的を得た指摘だと思います。

 最近は、必要な情報をスマホで簡単に知ることができます。大学生たちに聞くと、新聞を読んだり、テレビニュースを見たりしている学生はほとんどいません。プッシュ型社会からプル型社会に変わって、見たいことだけを見、見たくないことを見ない社会ができつつあるようです。これは災害と付き合うには具合の悪いことです。

気象庁の友人が勧めてくれた「シン・ゴジラ」

 昨年のお盆休み、霞が関での防災関係の会議のあと、気象庁の友人から「「シン・ゴジラ」見た?」と聞かれました。ふだん映画を殆ど見ない私は、映画のタイトルはうる覚えでも知らず「何、それ?」と思わず聞き返しました。すると、「国の防災関係の会議によく出ているんだから、国の実態を知るために「シン・ゴジラ」を見ないとダメ」と窘められました。翌朝、久しぶりに映画館に出かけ「シン・ゴジラ」を見ました。官房副長官・矢口蘭堂のリーダーシップで、官僚の総力を結集し、スリル満点のゴジラ対応が行われる痛快な映画でした。ですが、最初の20分間に描かれた官邸の様子はショックでした。3.11のときを彷彿とさせます。

シン・ゴジラでのやりとり

 ゴジラの上陸後、官邸では緊急災害対策本部が設置されますが、設置まで下記のようなやり取りがありました。

郡山内閣危機管理監「総理。これは緊急災害対策本部を設置する案件と考えます」

大河内総理「分かった」

東官房長官「……設置に関する閣僚会議を終了します。では皆さん、これで」

澁沢首相秘書官「形式的な会議は極力排除したいが、会議を開かないと動けない事が多すぎる」

尾高首相秘書官「効率が悪いが、それが文書主義だ。民主主義の根幹だよ」

弓成内閣広報官「しかし、手続きを経ないと会見も開けないとは」

一方で、東京都庁では、

都庁職員「官邸より当庁に対する、シャドウ・エバキュエーションを考えた避難処置の指示を受理しました」

小塚都知事「何故、すぐに避難指示が出せないんだ!」

田原副知事「何せ、想定外の事態で、該当する初動マニュアルが見当たりません」

小塚都知事「災害マニュアルは、いつも役に立たないじゃないか!すぐに避難計画を考ろ!」

田原副知事「しかし、このような事態の防災訓練も行っておりませんし、パニックの回避を考えるならば、避難区域の広域な指定も困難です」

川又副知事「ここは住民の自主避難に任せるしかありません」

恩地警視総監「現場には、交通統制によるコントロールを徹底させます」

 そして、ゴジラがまちを破壊する中、官邸では、自衛隊の武力行使や国民の避難等について議論が交わされ、総理が災害緊急事態の布告の宣言をすることになります。いずれも災害対策基本法に則った対応です。官邸の意思決定の遅滞、都庁のマニュアル依存の様子が描かれていますが、その後、都民の避難、ゴジラを一時凍結させる「ヤシオリ作戦」へと続きます。

福島原発さながらのシーン

 映画では数百万人の避難者が発生しますが、大量の人を避難させるのは大変です。例えば、東海道新幹線は1編成で定員1323人、ぎゅうずめで2000人が乗ったとして、1時間に10本、20時間運転すると、40万人が移動できます。ということは、東京都民1350万人をすべて西に避難させるには1か月かかることになります。

また、映画の最後にゴジラを一時凍結させたのは矢口官房副長官が指示する「ヤシオリ作戦」でした。ゴジラは、核分裂反応でエネルギーを得ています。冷却システムの血液循環を止めるため血液凝固剤を生コン圧送車・キリンで注入しました。福島原発対応さながらのシーンでした。ちなみに、ヤシオリとは、ヤマタノオロチに飲ませたヤシオリの酒を意味します。なんと、日本神話にまで遡る映画でした。

「シン・ゴジラ」のメッセージ

 防災映画としての素晴らしさに感銘を受け、地元TV局の防災特番で取り上げてもらうことになり、東宝映画の方に映画作成の背景をお聞きする機会を得ました。答えは明快で、「12年ぶりの国民映画・ゴジラ。この間のもっとも大切なメッセージを伝えるのが使命。東日本大震災と今後の震災対策を念頭に置いた」。思わず、映画会社の気概に心を動かされました。その後、DVDを何度も見たり、購入した台本を何度も読み返しました。

「太陽の蓋」

 新聞社が「シン・ゴジラ」の防災的な意義を防災特集記事であげたとき、一緒に「太陽の蓋」も紹介していました。記事を書いた記者さんの勧めもあり、「太陽の蓋」を見ようと思って上映館を探したのですが、上映していたのは2館だけ。幸い、三重県の映画館があったので見に行きました。福島原発に関わるドキュメンタリー映画でした。当時の官房副長官・福山哲郎氏が著した「原発危機 官邸からの証言」を参考にした映画で、政治家は実名で登場しています。映画によると、官邸には原発の情報が正確に伝わっていなかったようです。原子力安全・保安院長や原子力安全委員長の対応の様子は、我が国の危機管理に不安を覚えます。最悪の事態を迎え切迫する状況の中、原発から本社経由で官邸に正確な情報を伝えることは困難だっただろうとは理解できますが、途中で重要な情報が途絶えていたとしたら国の危機管理としては大問題です。この映画で感じたのは、全てを完璧に対応するのは難しいと考え、不具合の発生も念頭に危機管理することだと思いました。私は、DVDを何度も見ることで、情景を頭の中に焼き付けておくことにしました。

「ハドソン川の奇跡」

 昨年は、地震保険が始まって50年を迎えた年でした。このため、地震保険の関係者に会うことが多く、その際に「シン・ゴジラ」と「太陽の蓋」のことを話したところ、「ハドソン川の奇跡」も見ると良いと勧められました。バードストライクによってエンジン停止した飛行機をハドソン川に緊急着陸させたパイロットの物語です。計算シミュレーションでは飛行場に無事着陸できたはずとの指摘に基づき、連邦政府がパイロットを告訴しました。最後は、パイロットが人間の存在を考慮することの必要性を指摘し、再シミュレーションしたことで、不時着の妥当性が証明され事なきを得ました。まさに、科学の限界を理解することの大切さを実感させる映画でした。科学には前提があり分かったことを説明するのは得意ですが、分かっていないことを語るのは苦手です。最近の地震予知に関わる議論を見ていても、科学と社会の付き合い方の難しさを感じます。

「海賊と呼ばれた男」

 年末に、「海賊と呼ばれた男」を見ました。大手石油会社の安全チェックをする機会があり、製油所の防災上の課題を指摘することになりました。報告会のとき、この映画を紹介されました。民族系石油会社の戦前・戦中・戦後の苦闘を描いた映画で、石油メジャーに支配される中で、石油企業を興す逞しさや、石油を絶たれ窮地に陥った日本を救う企業魂に魅せられました。翻って我が国の置かれた状況を考えると、日本を代表する製造業の危機的状況や、政府・行政の混迷ぶりに、将来への危惧を覚えます。「現在の危機を実感し、日本人としての気概を持って、災害軽減のため頑張れ」との厳しいメッセージを感じることになりました。

 私は、この20年ほど殆ど映画を見ませんでしたが、複数の方々の助言で、昨年後半に4本の映画を見る機会を得ました。映画を通して、ふだん見ることのない社会の実相に触れることができました。ぜひ、映画から得た教訓を今後の災害被害軽減に生かしたいと思っています。皆さんもこれらの映画を通して、見たくないことを見て、実践につなげてみてはどうでしょう?

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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