定年引き上げは自衛官不足の打開策となるのか
自衛官定年年齢の引き上げ
8月28日付の読売新聞が防衛省が自衛官の定年を延長する方針を固めたと報じました。記事によれば、自衛隊の人員不足を解消するためで、2020年度以降、階級に応じて定年年齢を1〜5歳引き上げることを検討しているとのことです。
自衛官の定年については、自衛隊法45条2項が根拠となっており、さらに自衛隊法施行令第60条と別表9が各階級に応じた具体的な定年を定めています。今回の方針が決まれば、この政令を改正することとなります。
自衛隊法第45条(自衛官の定年及び定年による退職の特例)
1 自衛官(陸士長等、海士長等及び空士長等を除く。以下この条及び次条において同じ。)は、定年に達したときは、定年に達した日の翌日に退職する。
2 前項の定年は、勤務の性質に応じ、階級ごとに政令で定める。
自衛隊法施行令第60条
法第45条第2項に規定する自衛官の定年は、別表第9のとおりとする。
自衛官は過酷な任務を伴う特別職国家公務員であるということから、60歳定年の一般の公務員とは別体系の制度の「若年定年制」を採用しています。現在も将と将補は60歳定年制ですが、今回定年年齢を引き上げれば、これ以外にも一般の公務員と同じ体系になる階級も生まれるでしょう。
圧倒的に足りない現場の隊員
今回、定年年齢を引き上げる決定にいたった背景には、自衛隊員の定員割れという大きな問題があります。
2018年3月末時点の陸海空をすべて合計した自衛官の定員は、24万7,154人なのに対して現員は22万6,789人ですので、全体としては91.8%充足しているという状況です。
この数字だけ見ると、「90%を超えているのであれば、そこまで深刻な状況と言えないのでは?」と思ってしまうかもしれません。しかし、問題なのは、その内訳です。
上記の図のように、自衛隊は組織として全部で16階級に分かれていますが、一番下から2士、1士、士長となっておりここまでを「士」と呼称しています。指示を受けて最前線で働くいわば「兵卒」といった階級ですが、平成30年版の防衛白書をみると、この「士」クラスに限って言うと定員が5万6,921人に対して現員4万1,927人しかおらず、充足率が73.7%と極めて低くなってしまうのです。これでもまだ2018年は回復したほうで、2017年3月末では、充足率69.5%と、ついに70%を割りこんでしまっています。
なお、今回の定年引き上げの対象となっているのは、尉官から将までの「幹部」、「准尉」、「曹」です。つまり充足率の高いクラスの定年を引き上げ、充足率の低い「士」クラスはそのままということになります。
翻って冷戦末期の30年前(1988年)を見ると、自衛隊の定員は約27万人、そして「士」は定員約10万人(現員約7万6,000人)と、30年でおよそ半分近くに減ってしまっていることがわかります。当時も充足率はおよそ7−8割と現在と比べても決して高くはありませんが、こうしてみると絶対数が圧倒的に減少しているわけです。
「契約社員」の自衛官?
さらにこの問題が複雑なのは、「士」クラスの自衛官に二種類違う雇用形態のものが存在することにあります。
自衛官になるためのルートには様々ありますが、その中には「自衛官候補生」と「一般曹候補生」というルートがあります。このうち、「自衛官候補生」は任期制です。陸上自衛隊であれば2年、海上・航空自衛隊であれば3年の任期があります(教育期間を含む)。任期終了時に、自衛官としての勤務を継続するかどうか選択することができます。退職金や年金も発生しないため、一般の企業であれば契約社員に相当します。
これに対し、一般曹候補生は終身雇用が原則です。部隊勤務や訓練などを経て、将来「曹」に昇格し、自衛隊の中核を担う人材となることが期待されている採用枠です。
二等陸・海・空士として採用される任期制隊員の扱いは契約社員と同じで、普通の公務員のように定年まで身分が約束されている曹へ必ず昇任できると保証されているわけではありません。各部隊で実施される各種昇任試験に合格できなかったり、永続勤務の意思がなかったりすると、任期の継続を認められずに除隊となってしまうのです。
陸上自衛隊は任期制自衛官である陸士の任用期間が海自や空自と比べてそもそも1年短い上に、特に普通科・特科・施設科では任期満了による除隊勧奨時期が早い傾向にあるといわれており、任期制自衛官から曹の昇任は部隊の状況にもよりますが、概ね10人に1人なれれば良い方という熾烈な状況だそうです。
リストラの結果生まれたいびつな構造
冷戦が集結し、軍縮の流れの中で、自衛隊の定員は全体的に削減され続けてきました。
この間、海上自衛隊と航空自衛隊に関していうと、定員数はほとんど変わっていませんが、大きく定員が減らされているのが陸上自衛隊です。1978年には18万人の定員だったのが、3万人ほど減っています。冷戦集結により、ソ連が日本本土に侵攻してくる可能性が低下したことが大きな理由です。他方で、定員が増えているのが統合幕僚監部等で、40年前は100人未満の定員だったのが(当時は統合幕僚会議)、現在は約4,000名までに増員されています。
この点に関し、2010年版の防衛白書ではこのような説明がなされています。
防衛予算の約半分は人件費です。軍縮の流れの中で、防衛費削減の圧力を受けて、リストラを行ったわけですが、自衛隊は、契約として切りやすい任期制自衛官から削減していったわけです。いってみれば、正社員の雇用を守って、契約社員を減らしたかっこうです。
その削減状態は極端ともいっていいほどで、「士」クラスのなかでも非任期制自衛官はそこまで大きく減っていませんが、任期制自衛官については、最大時4万人近くいた2006年から、現在は約2.2万人にまで減っており、およそ半数近くが削減されています。「士」クラスをさらに細分化してみると、1士、2士で4割、士長まで入れてようやく7割に達するという状況で、現場で働く「兵隊」の頭数が極端に少ないいびつな軍隊になっています。
「契約社員自衛官」の数が大幅に削減されている間、正社員である、尉官以上の「幹部」、「准尉」、「曹」の人数は微増しており、結果的に頭でっかちの逆ピラミッド型組織ができあがってしまっているというわけです。
こうした「正社員自衛官」については、契約社員である任期制自衛官と異なり、退職金や年金も発生するため人件費が高くつきます。一人の将官の人件費で、数人分の「士」を採用できることを考えれば、費用面で効率的な組織構造とはいえません。
また、基本的にはどのような組織であっても、効率的に機能するためには、指示を与える側が指示を受ける側よりも頭数が少ないというピラミッド型である必要があります。指示する側の頭数が多くて実際にそれを受けて活動する側が少ないと、組織は効率的に機能しません。もちろん軍隊もその例外ではありません。
結果的に、機能面においても費用面においても、非合理的で歪な逆ピラミッド型の組織ができあがってしまっています。
これまでは過酷な任務を伴う特別職国家公務員自衛官ということで「若年定年制」を敷いてきましたが、平均寿命が伸びて60歳といってもまだまだ元気に働ける方が多くなっていることや、現在においては職種や果たせる役割も多種多様になってきているので、一般の公務員と同じ定年制にすることは問題ないと思われます。
もっとも、上記で説明したとおり、今回の正社員自衛官限定の定年引き上げは、改正前であれば除隊するはずの自衛官をさらに数年自衛隊に留めるわけですから、さらに高齢化を深化させてしまうおそれがあります。そもそも現在でも歪な逆ピラミッド構造が問題視されているわけですから、問題を解決するどころかさらに悪化させてしまい、将来に大きな禍根を残す可能性がないとはいえません。その意味で単に一部の階級の定年を引き上げるだけではなく、「士」クラスの人員確保の打開策も同時に講じ、問題の本質的な解決を図る必要があるといえます。
職業としての自衛官に魅力と誇りを
「充足率が低いのであれば定員を減らせばよい」と主張する人たちもいます。日本共産党などがその例ですが、それは大きな誤りであると考えます。昨年、日本中を震撼させた北朝鮮の核ミサイル問題はもちろん、中国やロシアとの国境問題、排他的経済水域ギリギリでの攻防は継続している問題です。実際に、警戒監視やスクランブルの実施状況は増えていることからも、決して日本をとりまく環境は枕を高くしていられるようなものではありません。今後も一定の定員を維持することは、日本の安全保障の観点から必須であるといえるでしょう。
現在は景気も回復傾向でどの業界でも人手不足に悩んでいますが、国防をおろそかにするわけにもいきませんし、こればかりは外国人労働者で対応するというわけにもいきません。
筆者が予備自衛官として教育訓練を受けている間、つかっている制服や帽子、靴や毛布などの備品がとても長い年月使われていることに大変驚きました。毛布やシーツなどは、30−40年間使われているものもあり、「自分と同い年だ」などといって驚愕したことを覚えています。また巷間知られている話ですが、予算がなくなるとトイレットペーパーすらなくなり、自前で購入して使うということもあるようです。実際に先日ある駐屯地のトイレにいったとき、トイレットペーパーが見つからずとても難儀しました。
給与面などの待遇ももちろんですが、こういった職場の環境を整えるなど、地道な活動が必要です。また、任期制自衛官の非任期制への移行の受け入れを増やすことや、除隊後の自衛官の転職先の確保なども重要であると考えます。こうした活動により、職業としての自衛官の魅力と誇りを増すことができなければ、今後ますます人員確保は厳しいものとなりそうです。