【狂犬病予防法】ウクライナ避難者の「愛犬を助けて」検疫期間の約54万円から、「特別ルール」とは?
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、深い絶望を感じながら、ニュースを見ています。キーウからポーランドなどを経て日本に避難してきた犬のポメラニアンの雄、3歳のレイくんが殺処分になる可能性がある、と問題になっていました。
レイくんの飼い主のカリナ・ターニャさん(50)は、娘(15)とレイくんとで今月9日に来日しました。テレビ朝日ニュースによりますと カリナさんは「彼(レイ)は私たちと離れていては生き残れません。こんなことだったら母国で彼(レイ)と一緒に死ぬべきでした」と伝えています。なぜ、このようなことが起こっているのかを見ていきましょう。
レイくんの殺処分の危機とは?
レイくんは、ウクライナから避難してきた犬のポメラニアンです。犬が日本に入国するためには、避難民の犬でも例外なく動物検疫を受けることが法律で決まっています。日本は、狂犬病予防法に基づき、犬の輸入条件を満たしていない場合は、動物検疫所の係留施設で最長180日間の係留検査を受けることになっています。
この係留費用が、“1泊3000円×181日分+交通費3000円=54万6000円”です。これを払わないとレイちゃんの世話ができません、というメールがカリナさんに届いたということです。
もちろん、カリアさんは、国によって犬の受け入れが違うことは知っていたのですが、日本がこのように長い間、動物検疫所の係留施設で係留されるとは知らなかったようです。
カリアさん家族は、避難してきた人たちで、そんな大金を払うことができず、レイちゃんが、殺処分されるのでは、と心配になり、ニュースになりました。このことについて、抗議が殺到し世論が大きく動いたことから、レイくんは、農林水産省は災害救助犬などに適用している「特別ルール」にすることにしました。
ウクライナ避難民ためのペット「特別ルール」とは?
一般的には、動物検疫の書類がそろわないと、最大180日の係留が適用されます。
しかし、災害救助犬などが海外から支援にきたときには、「特例ルール」を適用しています。
今回の例では、狂犬病ワクチン2回接種歴と血液検査で基準値以上の抗体価があれば、飼い主の滞在先に同行できます。もし、待機期間に抗体価が低い場合は、1日2回の健康観察や動物検査所への週1回の報告などへの同意を求めるというものです。
ウクライナ避難民は、異国での不安などがありますが、愛犬と一緒にいることで、ずいぶん安らぐことでしょう。今回は、農林水産省は迅速に動物検疫の係留守期間を緩和しました。
重要な点は、狂犬病は人も犬も発症すれば、致死率100%です。そのため、世論に後押しされただけではなく、慎重に特別ルールを取ったのだと願っています。
EU加盟国内で犬の移動は?
犬の動物検疫は、各国によって違います。たとえば、ウクライナの隣の国のポーランドはEU加盟国なので、動物には「ペットパスポート」というものがあり、それを持っているとEU加盟国内へ犬を連れて移動する際は、日本のような動物検疫を受けることがなく、EU加盟国内を旅行できるのです(ペットパスポートがいるのは、犬、猫、フェレット)。
それでは、海外から日本に犬を入国させるには、どのような手続きが必要なのかを詳しく見ていきましょう。
海外から日本に犬を連れてくるには?
全ての犬に、この180日間という係留期間がいるわけではありません。犬を入国させるときには、ある一定の入国の条件を満たした書類があれば、数時間で入国できます。
狂犬病の清浄国・地域かそうではないかで、書類は違っています。農林水産大臣が指定している狂犬病の清浄国・地域は、2013年7月現在、以下の6地域です。
・アイスランド
・オーストラリア
・ニュージーランド
・フィジー諸島
・ハワイ
・グアム
ウクライナは狂犬病が発生している国なので、指定地域以外の国の必要書類について説明します(もちろん、狂犬病の清浄国・地域も必要書類は必要)。
上の図説のように、日本に犬を入国させるためには手続きが必要です。飛行機や船でやってきて、飼い主と一緒にすんなり入国させるためには、必要な書類があるのです。それを見ていきましょう。
□手順1
マイクロチップを埋め込む。
マイクロチップは、国際標準規格(ISO)11784及び11785に適合したもの。
□手順2
マイクロチップの埋め込み後、狂犬病予防注射を2回以上接種。
・1回目の狂犬病予防注射
生後91日齢以降(生まれた日を0日目とする)。
・2回目の狂犬病予防注射
1回目の狂犬病予防注射から30日以上(接種日を0日目とする)の間隔をあける。
1回目の狂犬病予防注射の有効免疫期間内。
狂犬病のワクチンは、不活化ワクチン(inactivated / killed virus vaccine) または組換え型ワクチン(recombinant / modified vaccine)です。生ワクチン(live vaccine)は認められません。
□手順3
2回目の狂犬病予防注射の後(同日可)に採血を行い、日本の農林水産大臣が指定する検査施設に血液(血清)を送り、狂犬病に対する抗体価を測定。
その抗体価が0.5IU/ml以上でなければなりません。
□手順4
狂犬病抗体検査の採血日を0日目として、日本到着まで180日間以上待機します。
「狂犬病予防注射の有効免疫期間」及び「狂犬病抗体検査の有効期間(採血日から2年間)」内に日本に到着する必要があります。
つまり狂犬病の抗体検査をして180日間以上の日数がいるのです。
日本に犬を連れて行こうと思ってもこの180日というのがある限り、半年以上前から準備をする必要があります。
□手順5
事前届出
日本に到着する日の40日前までに、到着予定の空海港を管轄する動物検疫所に事前に届出をします。
以下がその届出書です。
□手続き6
出国直前(出国前10日以内)に、民間獣医師又は輸出国政府機関の獣医官による輸出前検査(臨床検査)を受けます。
検査内容は、狂犬病及びレプトスピラ症にかかっていない又はかかっている疑いがないかです。
□手続き7
輸出国政府機関(日本の動物検疫所に相当する機関)が発行する証明書を取得します。
(証明書に記載が必要な事項)
(1)犬・猫の個体情報(生年月日または年齢を含む)
(2)マイクロチップの番号、埋め込み年月日
(3)狂犬病予防注射の接種年月日、有効免疫期間、 予防液の種類、製品名、製造会社名
(4)狂犬病抗体検査の採血年月日、抗体価、指定検査施設名
(5)輸出前検査(臨床検査)の結果、検査年月日
□手続き8
日本到着後、動物検疫所で輸入検査を受けます。
日本到着後、動物検疫所に輸入検査申請を行います。輸入検査で問題がない場合、輸入検疫証明書が交付され、輸入が認められます。
上記のような条件を満たした書類が持っていれば、係留期間が12時間以内の場合、到着時の混雑状況等にもよりますが、おおむね1時間程度で犬が入国できます。
レイくんは、結局どうなるの?
有事でウクライナから避難してくる人に、狂犬病ワクチンを打ち、180日もの前から採血して狂犬病の抗体のチェックをするのは無理な話です。書類が準備できるわけはありません。レイくんは、「特別ルール」が行われることになったので、すぐに飼い主のカリナさんのところに行けることになるのでしょう。もちろん問題になっていた約54万円は払わなくてよくなります。
スポニチの記事によりますと、日本維新の会の奥下剛光衆院議員が15日、衆院環境委員会で質問しました。
山口壮環境相は「農水省からは動物検疫所が飼育費用を請求している事実はなく、すぐに殺処分することはないと聞いています。環境省としても、避難民とともに連れて来られたペットが殺処分されることがないよう農水省と連携して取り組む」と語ったそうです。日本維新の会では遠藤敬国対委員長が政府に費用の免除ができるように求めているといいます。
このようなことから、ウクライナの避難民のペットが特別ルールになったのでしょう。
避難民が増えることで動物検疫の壁をどうすべきか?
日本は、世界の中で数少ない狂犬病の清浄国です。上述した6の国と地域と日本だけが、狂犬病が発生していないのです。島国なので、狂犬病の犬が入国しにくいこと、そして動物検疫が厳しいことなどでこの状態が守られています。
これから避難民が犬や猫を連れて来ることが増えると予想されます。国によっては、日本より犬や猫は家族の一員という思いがより強い人たちのなかには、180日間もの係留期間が耐え難いと考える人もいるでしょう。毎回、避難民のペットに「特別ルール」が出されるのでしょうか。今回は、世論が大きく動いたので、このような動物検疫の係留期間の短縮になったと推測されます。
日本が避難民を受け入れるときには、ペットの動物検疫について詳しく説明する必要が出てきます。避難民の場合は、入国に必要な書類をそろえることはほぼ無理です。
【犬の輸入検疫証明書】
筆者の動物病院には、帰国子女である犬や猫がなん匹かいます。先日、チェコに赴任し、そこで犬を飼って日本に連れて来た人が来院されました。そのご家族は、日本語も英語もチェコ語も話しますが、それでも日本へ犬を連れて帰るときの書類をそろえるのは、たいへんだったと話されていました。
狂犬病ワクチン接種後の狂犬病の抗体検査や出前検査は、どこの動物病院でもやっているわけではないからです。それに該当する動物病院に行く必要があります。チェコから帰国したご家族は、平時で海外での生活が慣れた人たちでしたが、それでも手続きが困難だったので、このように国が侵攻されるときは、命からがら避難するのですから、書類はそろえられないのです。
今回は、世論が動き動物検疫の係留期間が短縮されるようです。
しかし、忘れてはならないのは、狂犬病予防法が制定される1950年以前、日本国内では多くの犬が狂犬病と診断され、人も狂犬病に感染し死亡していました。このような状況のなか狂犬病予防法が施行され、犬の登録、予防注射、野犬等の抑留が徹底されるようになり、わずか7年という短期間のうちに狂犬病を撲滅して、世界では数少ない狂犬病の清浄国になっているのです。人道的立場から動物検疫の特別ルールを行っても、公衆衛生の向上と公共の福祉の増進が守ることは重要です。