【伊藤涼太郎インタビュー】シント=トロイデンで攻撃の中核を担うファンタジスタ 日本代表入りへ虎視眈々
サッカー日本代表はカタールW杯出場国であるカナダ、チュニジアと対戦した10月シリーズを2連勝で終え、6月から続く連勝を6へ伸ばした。カタールW杯を経験した日本代表選手たちのレベルはさらに上がっており、5大リーグのレギュラーでさえポジションは確約されていない。
しかし、森保ジャパンはこれで完成しているわけではない。未踏であるW杯ベスト8に到達するには、まだまだ新しい力による押し上げが必要だ。
ハイレベルな争いに割って入ろうという野心を胸に抱く選手のひとりが、今夏にベルギーリーグのシント=トロイデンに移籍したMF伊藤涼太郎だ。
■守備時はボランチ 攻撃時はトップ下
10月上旬に行われるインタビューを前に、まずは10月1日にあったアウェーでのクラブ・ブルージュ戦で伊藤のプレーをチェックした。後半立ち上がりの47分に先制されたものの66分に追いつき、強豪相手に1―1で貴重な勝ち点1を手にした試合。この時、同点ゴールの起点となったのが伊藤だった。
伊藤は守備時には3-4-2-1のボランチの一角としてプレー。攻撃時にはトップ下に位置し、攻撃を組み立てる役割をシント=トロイデンで担っている。
試合を見ていると、味方の選手がボールを持った時に最初の預けどころとして伊藤を探す場面が多かった。完全に信頼されている様子だ。
7月31日の開幕戦から約3カ月。伊藤自身はいつごろから手応えを感じるようになったのだろうか。
「最初の方は、そこまで信頼されているという感じはなかったのですが、最近は信頼して預けてくれるシーンが増えています。練習や練習試合、公式戦を重ねて、自分のパフォーマンスを徐々に上げていったところから信頼されるようになったと思います」
もちろん、これぐらいで伊藤が満足している訳ではない。しかし、「チームメートに“こいつにボール預けても大丈夫だろう”と思われているのはすごく嬉しいし、もっともっと信頼されていく選手になりたいですね」と語るように、手応えは感じている。
■相手サポーターをも沸かせる創造性
クラブ・ブルージュ戦では、伊藤らしい創造性あふれるパスを前線へ送った時に、相手サポーターが「ホォッ」と沸くシーンがあった。応援するチームがやられて嘆くトーンではなく、ハッとするプレーに対する純粋なざわめき。聞くと、アウェー戦で相手サポーターが沸いたことは他の試合でもあったという。
「日本人として誇らしかった」という感想を告げると、伊藤はクールな表情に少しだけ笑みを乗せてこう言った。
「今言ってもらったように、海外のサポーターはトリッキーなプレーや魅せるプレーをする時に特に沸く感じです。もちろん、日本でもそうなのですが、沸き方が違う。勝敗を見に来ているというのもありますが、選手がどういうプレーをしているのか、どう魅せるようなプレーをしているのかを見に来ているというのは、海外サポーター特有の、本当に想像していた通りの感じでした。自分はそこを長所にしているし、沸かせるプレーが好き。だからすごく嬉しいです」
■「人生のターニングポイントは新潟」
MF三笘薫(ブライトン)や旗手怜央(セルティックス)と同学年の伊藤は、岡山・作陽高校から2016年に浦和レッズへ加入。2017年J2水戸ホーリーホック、2019年大分トリニータ(当時J1)への期限付き移籍を経て2020年に浦和に復帰したものの、出場機会がほとんどなく、2021年夏に水戸へ再びレンタル移籍した。
転機が訪れたのはこの頃だ。2022年の契約についての話し合いが行われた際、伊藤にはアルビレックス新潟(当時J2)への期限付き移籍または新潟への完全移籍という2つの選択肢があった。伊藤には当初、期限付きでの移籍という考えもあったというが、熟考の末、完全移籍を決断した。
「個人的にはそこが一番僕の人生のターニングポイントでした。6年間、浦和に在籍しながら水戸や大分に行って、新潟も最初はレンタルでというのは自分でも考えたところだったのですが、一度、変化のきっかけを作らないといけないと考えたのです。レンタルを続けるのではなく、サッカー選手として最後のチャンスだと思って新潟に行きました。その時の大きな覚悟は、僕にとってはすごく大事なものでした」
考えを巡らせているときに浮かんだのは三笘や旗手の存在だった。
「三笘選手や旗手選手は大学を経験してプロになり、海外へ行って代表になっている。遠回りかもしれないけど、自分も何かきっかけをつくらないといけない」
こうして向かった新潟で、伊藤は決意していた通りに自己変革を行った。その中でトライした最大の変革は「得点」への意識だ。
2022年はJ2の42試合で9得点をマークし、6年ぶりのJ1復帰の立役者になると、2023年はJ1リーグの前半戦17試合で7得点と傑出した活躍を見せた。厳しいコースを狙い澄まして打つシュートは、つねに相手の脅威となっていた。
■「シュートの上手い選手の方が評価される」
ベルギー移籍後はまだ1得点だが、9月17日のメヘレン戦で、視察に訪れていた日本代表・森保一監督の目の前で決めたゴールは、伊藤の変化や進化、成長が詰まっているものだった。
味方が中盤でボールを奪うと見るや、素早い切り替えで前線へ駆け上がり、ゴール左でパスを受けて右足を一閃(せん)。ファーへ巻く軌道ではなく、ニアのわずかなコースを狙い打って決めた見事なゴールだった。
インタビューでシュートの狙いを聞くと、伊藤は「あれは自分の得意な形。新潟に行った時、J1で活躍するにはシュートをもっとうまくならないといけないと思い、練習したコースです」と言い、さらにこう続けた。
「あそこからファーを狙う選手は多いんですけど、ニアを狙うとキーパーとしては逆を突かれます。新潟ではキーパーの選手とも話をしながら、どこに蹴られるのが嫌なのかも聞きました。大事なのはニアもファーも蹴れることで、あそこでニアに蹴れる選手がキーパーと駆け引きできると思います」
浦和時代と比べて変わったという印象があるもう一つの要素は、膝下の振りの速さだ。伊藤はこの質問への答えでも新潟での自己変革に触れた。
「以前の自分は、ドリブルやスルーパス、ラストパスにフォーカスしながらプレーしていたのですが、新潟に行った頃あたりから、『サッカーはゴールを決めるスポーツ。シュートが上手い人の方が評価される』と思うようになったんです。だから、シュートを磨きました。シュートが上手くなるというのは簡単ではなく難しい話です。全体練習後の自主練習ではシュート練習しかしていないくらい、ずっとやりました」
新潟時代にゴールのパターンを増やしていたことがベルギーでの初得点に活かされたのだ。
「新潟に行ってからシュートが上手くなったという実感がありますし、その駆け引きのところはベルギーでも通用していると思います」と語る。
■必要と感じているのは「ボール奪取」
今季のシント=トロイデンは、フィジカル重視の守備的なチームだった昨季と路線を変え、今季から指揮を執っているトルステン・フィンク監督が後ろからつないでビルドアップしていくスタイルを推し進めている。そして、それは伊藤の志向や特長ともマッチしている。
フィンク監督の構想に応じて今季のチーム陣容はテクニックに優れた選手が多くなっているが、守備の寄せに関しては伊藤が想像していた通りだという。
「プレッシャーは日本より全然速いです。サイズの大きさと身体能力の高さみたいなのもありますけど、こっちの中盤の選手は特にボール奪取のところが長けているなと思う。ベルギーでは攻撃的な印象の選手もボール奪取が上手い」
ベルギーに来て感じているのは、自分の持ち味が攻撃面であるとしても、ボール奪取の能力を向上させる必要性があるということ。そのために伊藤が伸ばそうと取り組んでいるのは予測の部分だ。
「今、僕がやっているポジションは、寄せるスピードもそうですけど、予測のところがすごく大事。自分たちがディフェンスをしている時に、いかに相手が嫌なところに立てているか。相手目線を普段から意識することに今、取り組んでいます」
高い位置でボールを奪ってショートカウンターに持ち込む力は、現代サッカーで重要な要素である。伊藤は、「僕は海外のでかい選手のように、フィジカルではボールは取れない。だから、頭を使って取る能力をもっと伸ばさないといけないと思っています」と、自身の特長に応じたアジャスト方法を模索している。
■「一人で試合を動かす選手に」
伊藤が目指しているのは日本代表やビッグクラブでの活躍だ。そのためにはスペシャルな選手になる必要があるが、その道筋をどのように描いているのだろうか。
伊藤のイメージは、「一人で何とかしてくれる選手。一人で試合を動かすような選手になる」。それは、現在の森保ジャパンを見て感じていることでもある。
「今の日本代表は局面を一人で打開していく選手が多く選ばれている。サッカーでは組織的な力も大事ですけど、場面、場面を見れば、結局は個々。個の能力をもっともっと伸ばさないといけないというのはベルギーに来て、より感じたところです。自分のサッカーの基準を海外に持って行かないといけないと今、改めて感じています」
そのためには、ストロングな部分を他の誰にも負けないレベルに持っていくことが必要だ。現時点で日本代表のトップ下候補は久保や鎌田大地、堂安律、南野拓実ら、カタールW杯を経験した実力者がそろう。だが、絶対にそこへ入っていくんだという強い意志が伊藤にはある。
「僕と同じポジションで代表に入っている選手たちは5大リーグにいるし、そこで試合にも当たり前に出ているし、活躍もしている。僕もそういうところに行かないといけない。5大リーグへのステップアップというのは本当にマストだ、と思っています。今の日本代表選手たちよりも目に見える数字を残さないといけないし、見ている人たちがもっとワクワクするようなプレーをしないといけない。自分が上に行くには、もっともっと練習しないといけない」
■「足りないところを自分で見つける必要がある」
取材に訪れたのは10月シリーズの代表発表が行われた10月4日だった。シント=トロイデンからは2021年から在籍しているDF橋岡大樹と、8月に加わったGK鈴木彩艶が選出された。
昨季の新潟でMVP級の活躍を見せ、J1に復帰した今季は日本代表でプレーしている姿を見てみたいという声も上がったが、10月も呼ばれなかった。現在25歳。焦りはないのだろうか。
「ないといったら嘘になるし、早く選ばれるに越したことはない。ただ、自分はまだ日本代表の器じゃないという判断をされたということは、何かが足りないということ。足りないところを自分で見つける必要があるし、そこを自分で補う必要があります。今は日本代表に入るための準備期間だと思って、シント=トロイデンでやるべきことに全力で取り組んでいます」
25歳にして初の海外挑戦は「遠回りして海外に来ました」と伊藤自身が言う通り、決して早くはないが、今ではリバプールでプレーする日本代表キャプテン・遠藤航も、浦和から2018年夏にシント=トロイデンに移籍した当時は25歳。遠藤と伊藤は浦和に加入したのが同じ2016年という間柄でもある。
「もちろん、浦和で活躍して海外を目指したかったですが、そうはいかなかった。水戸や大分で活躍できない時はメンタル的にダメになりそうな時もありましたが、それでも自分を信じ続けてやってきたので、今の自分がいると思います。だからこれからも自分を信じ続けたい」
シント=トロイデンで野心を燃やす先に目標を叶える道がある。ファンタジスタの魅力をまといつつ、リアリストとしてのプレーを磨く伊藤のこれからを、さらに期待したい。
◆妻の手料理に舌鼓 休みにはゴルフも
○…シント=トロイデンでは新潟時代に結婚した妻が毎日、手料理をふるまってくれるといい、体調管理は万全。落ち着いた街並みの中での生活も気に入っている。
「先日、こっちで初めてゴルフに行って楽しかったですよ。サッカー以外のところで楽しみを作るのは大事なこと。海外に来てより充実した生活を送れているのかなと思います」と笑顔を見せていた。