文大統領が“最高”と評した米韓首脳会談、真の評価は『板門店宣言』の韓国国会批准で決まる
21日(現地時間)、米国ワシントンで行われた1年11か月ぶりの米韓首脳会談。その詳細な内容については既に多くの論評が出ているが、筆者は今後の南北関係における韓国政府の動きに焦点を当てて考えてみたい。
●韓国では高い評価
文在寅大統領は23日晩、首脳会談を含む3泊5日の訪米日程を終え韓国に帰国した。韓国では米韓首脳会談は南北首脳会談に並ぶビックイベントであり、さらにバイデン政権発足後初の会談ということもあることから、関連報道が溢れている。
メディアを見ると、全体の評価は好意的だ。何よりそれを象徴するのが、24日付け(韓国では日曜日が休刊日)の『朝鮮日報』の一面だ。
一貫した‘反文在寅’と’親米‘で知られる同紙が「韓美、同盟を復元する(韓国では米国ではなく美国と表現)」という見出しを付けたことは、今回の訪米が韓国内でどう受け止められているかの判断基準となる。後述するがこれはつまり、文大統領は保守的な米韓関係を選択したということだ。
一方、文大統領は米韓首脳会談直後にコメントを出し、「最高の巡訪であり、最高の会談だった」、「本当に歓待されていると感じた」、「会談の結果は期待以上だった。米国は私たちの立場を理解し、また反映させようと神経を多く遣ってくれた」と振り返った。
なお、米韓首脳会談の共同声明はこちらから日本語全訳が読める。
[全訳] 米韓首脳共同声明(2021年5月21日)(ニュースタンス)
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=3078
●具体的な評価(1)新型コロナ対策
何をもってこのような評価となっているのか。文大統領は前出のコメントで「ワクチン・パートナーシップ」と「対北朝鮮政策」を挙げた。
前者の正式名称は『包括的な韓米グローバルワクチンパートナーシップ』となる。
会談後の21日(現地時間)に発表された『米韓首脳共同声明(前リンク)』にではこれを「科学・技術協力、生産および関連材料のグローバル拡大など、重点部門を含む国際ワクチン協力を通じ、伝染病に共同対応する力量を強化するため」のものとしている。
さらに「韓国と米国は安全で効果的な新型コロナワクチンの需要増加を適時に満たすためのパートナーになる」と明かしている。
具体的な動きとしては、「在韓米軍と接触する韓国の軍人55万人への新型コロナワクチン提供」と「モデルナ社による新型コロナワクチン生産作業の韓国企業への委託」が含まれる。
特に委託事業に関して、韓国のサムスン・バイオロジックス社が米モデルナ社の事業パートナーに選ばれたことが韓国内で大きく報じられている。
これに関し、モデルナ社のステファン・バンセルCEOは23日、韓国『SBS』とのインタビューで「ワクチンを瓶に入れる」とその役割を話しつつも、将来的に「モデルナはサムスンに技術を移転する」ことを明かした。また、生産工場を韓国に建設する案もあるとした。
現状ではあくまで‘生産’ではなく‘加工’に近く、韓国で完成品となったワクチンが優先的に韓国に供給され見通しも不明だ。だが、韓国内では今後、様々な新型ウイルスの登場が予想されるなか、将来的な可能性を見込んだ第一歩として評価されている。
このように、国際的な感染病に対する国家リスクを軽減する成果を得たといえる。
●具体的な評価(2)対北朝鮮政策
次に本論となる北朝鮮政策についてだが、これは2018年の朝鮮半島情勢の一大成果である南北首脳による『板門店宣言』と、米朝首脳による『シンガポール合意』の継承という点が重要だ。
少し長いが前出の共同声明における該当部分を抜き出してみる。黒字は筆者。
文在寅大統領とバイデン大統領は、韓半島(朝鮮半島)の完全な非核化に対する共同の約束と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の核・弾道ミサイルプログラムを扱っていこうとする、双方の意志を強調した。
私たちは北朝鮮を含む国際社会が国連安保理関連決議を完全に履行することを促した。文在寅大統領は韓国と米国の安保を向上させる実質的な進展に向けて、北朝鮮との外交が開かれていて、これを模索するという、精巧で実用的なアプローチを取る米国の対北朝鮮政策検討が完了したことを歓迎した。
私たちはまた、2018年の板門店宣言とシンガポール共同声明など既存の南北間、米朝間の約束に基づいた外交と対話が、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和定着を成し遂げることに欠かせないという共同の信頼を再確認した。バイデン大統領はまた、南北対話と関与、協力に対する支持を表明した。
私たちは北朝鮮の人権状況を改善するために協力することに同意し、最も支援を必要とする北朝鮮住民に対する人道的支援の提供を引き続き促進することを約束した。 私たちはまた、南北離散家族再会の促進を支援するという双方の意志を共有した。
私たちはまた、私たちの対北朝鮮アプローチが完全に一致するよう調整していくことに合意した。私たちは北朝鮮問題を扱い、私たちの共同安保と繁栄を守護し、共同の価値を支持し、規範に基づいた秩序を強化するため、韓米日3国協力の根本的な重要性を強調した。
いわゆる「全部乗せ」の文章だが一つ一つ見ていきたい。
18年4月27日、11年ぶりに開かれた南北首脳会談の結果物である『板門店宣言』は、南北首脳間の文書ではじめて“完全な非核化”、“核のない朝鮮半島の実現”、“朝鮮半島の非核化”を明記し、さらに9年間の保守政権下で断絶していた南北関係を復元する役割を果たした。
一方、同年6月12日に行われた史上初の米朝首脳会談で発表された米朝『シンガポール合意』は“米国と朝鮮民主主義人民共和国の新たな関係の樹立”、“朝鮮半島の持続的で強力な平和体制構築”を明記したものだ。
具体的には、「朝鮮半島の非核化−米朝国交正常化−朝鮮戦争の停戦協定から平和協定への転換−対北朝鮮制裁全解除」の同時ゴールが提示されたものと受け取られている。懸案を全て解決する複雑だが最終的なアプローチだ。
このような言及は、先日発表されたバイデン政権の北朝鮮政策が、「オバマでもトランプでもない」、つまり「放置でもトップダウンでもない」という具体性と積極性を欠くものであった懸念をある程度払拭したものと評価できる。
気になる二つのキーワードも入った。まず「朝鮮半島の非核化」だが、これは現在進行形で韓国内の専門家の間でも議論になっている点だ。
「北朝鮮の非核化」や「CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)」といった北朝鮮のみの行動を印象付けるような言葉を避け、米韓も同時に動く「朝鮮半島の非核化」という言葉を使ったことを評価する向きが強い。
だが、現実的に米国は世界中どの位置からでも北朝鮮に向け核兵器を発射できることから、「北朝鮮の歓心を買おうとする意味のないレトリック」と否定的に見る専門家も多い。
この議論は「最終ゴール」を決める重要なポイントとなるため、曖昧にはできない。今後、激論が予想される部分だ。
その点で「平和協定」という言葉が入ったことは評価できる。二つ目のキーワードだ。
これは米朝関係が単純な「非核化」の話ではなく、70年に及ぶ敵対関係を終わらせる点が核心であることを示している。これはつまるところ、朝鮮半島が米ソ冷戦、そして米中新冷戦の最前線であることから‘解放’されるという未来図を目指すことに直結する概念となる。
現実性はともかく、少なくともそこに至らなければ朝鮮半島問題の解決はないという米国側の「理解」の一端がうかがえる。
韓国としてはまた、「南北対話と関与、協力に対する支持」を取り付けたことが大きい。
これは関与(engagement)を通じた北朝鮮の改革開放への誘導という、韓国の過去20年の北朝鮮政策である『太陽政策』への支持であり、実現に向けた韓国政府の行動を支持すると解釈’したい’部分でもある。
だがこれをもってフリーハンドが与えられたと考えるのは早計だ。
声明では「私たち(米韓)の対北朝鮮アプローチが完全に一致するよう調整していくことに合意した」とあるからだ。2018年11月に韓国の自由な対北朝鮮政策を抑制するための手綱として導入された「米韓ワーキンググループ」は未だ健在だ。
最後に人権問題だが、文在寅大統領は冒頭の引用したコメントの中で以下のように言及している。
ソン・キム対北朝鮮特別代表の任命発表も記者会見直前に知らされたサプライズでした。その間、人権代表を先に任命するだろうという観測が多かったが、対北非核化交渉をより優先するという姿を見せてくれました。
これは人権弁護士出身かつ、北朝鮮住民の生活にも責任を負う韓国大統領のコメントとしては信じられないものだが、人権外交を掲げるバイデン政権と、文政権の認識の差が露骨に出ているものだ。人権問題の優先順位も今後の争点となるだろう。
このように、今回の米韓共同声明における対北朝鮮政策には「優先順位」が徹底して欠けている。複雑な方程式を複雑なまま、綺麗に並べ直しただけとも受け止められる。日米韓のパートナーシップを含め、米韓双方に都合の良い解釈ができる玉虫色の文書ともいえるだろう
●「対中」という評価軸
実は冒頭で引用した『朝鮮日報』の好意的な論調は、前述したワクチンや対北朝鮮政策に基づくものではない。
記事では、「中国の急所である‘台湾’問題がはじめて明示された」、「クアッドのような安全保障協力体に公式に参加しないが、韓国が米国の対中牽制戦略に低い水準で第一歩を踏み出した」という点を好意的に評価している。また、5Gや6Gといった新技術での協力を明記した部分もこれに当たる。
何よりも、「その間、文在寅政府が中国に傾く姿を見せ、揺れ動いた米韓同盟が本来の位置に落ち着くきっかけになるのか注目される」という一文が全てを表現している。
一方で、中国外務省は今日までの時点で米韓首脳会談に対する公式なコメントを発表していない。一部の中国紙では台湾問題への言及を「毒杯を仰ぐもの」と批判する論調もあった。
こんな懸念について米韓首脳会談直後、韓国の『JTBC』ニュースに出演した鄭義溶(チョン・ウィヨン)外交部長官は以下のように述べた。
台湾に関する表現はとても一般的な表現で、米国も韓国と中国との特別な関係について多く理解しているため、過去の日米首脳間の共同声明と米韓間での共同声明におけるインド太平洋分野での内容には相当な差がある。
また24日、崔鐘健(チェ・ジョンゴン)外交部第1次官は韓国のラジオに出演し、「両岸問題(台湾問題)が声明に入ったが、一般的な文章だ。日米首脳声明と異なり、中国を適示しなかった。これを比較すれば、中国の立場では高く評価するだろう」という趣旨の発言をした。
こうした外交部のトップとナンバー2の発言が単なる楽観主義なのか、事前の中国との共感によるものなのかは分からない。
ただ韓国は過去の2016年6月、当時の黄教安(ファン・ギョアン)総理が習近平主席に「配備することはない」と明言したにもかかわらず、同年11月に韓国内へのTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備を行い、中国から経済報復に遭った経験がある(今も続いている)。
今後、中国の具体的な行動が起きる場合、韓国メディアや世論がどのように変わるのかは要注目となる。『朝鮮日報』など保守紙の評価は手痛いものへと180度転換することになる可能性もある。
●韓国政府の「アクション」に注目
いずれにせよ、共同声明だけで全てを判断することはできない。重要なのは「その後」のアクションだ。
ワクチン委託生産については早ければ7月から始まるとされる一方、文在寅政権がもう一度、南北関係のアクセルを踏み込むのかに注目が集まるところだ。
折しも今日5月24日は、李明博(イ・ミョンバク)政権が11年3月の哨戒艦『天安』撃沈を理由に、北朝鮮との交流を大幅に制限することを発表した『5.24措置』から11年となる日だった。
南北関係を主管する韓国の統一部はこの日の会見で、「昨年の10周年を契機に『5.24措置』は事実上、実効性が喪失している」と明かしている。それと共に南北交流を支援するとも述べ、意志を示してはいる。
だが、何度も本欄を通じて書いてきたように、南北関係のカギを握るのはあくまでも北朝鮮だ。
一昨年2月にハノイで米朝会談が決裂して以降の北朝鮮による韓国への行動を見ても明らかだ。いくら韓国がラブコールを送っても、北朝鮮側が応えなければ意味がない。
韓国政府は今年4月の時点で、「バック・トゥ・寧辺」の姿勢を明らかにしている。つまり、18年9月に平壌で南北首脳が合意した「寧辺核施設の放棄と対北朝鮮経済制裁の一部解除」という部分から、米朝交渉を再開しようという見方だ。
今回の『板門店宣言』と『シンガポール合意』の踏襲は、その土台を確認したものと言える。
そこで韓国政府には、国会で『板門店宣言』を批准することが求められる。こうすることで南北関係改善、例えば鉄道連結に関する予算執行が可能となり、例え来年3月の大統領選で保守政権が誕生しても、南北関係が後戻りすることはなくなる。
実際に動きも垣間見える。24日、与党の宋永吉(ソン・ヨンギル)代表は、「板門店宣言に対する国会批准同意問題を政府と緊密に協議していく」と明かしている。今後、早い段階で批准が行われるようだと、勢いが付く。
とはいえ南北の立場が交わるのは至難の業だ。今回、1979年に結ばれて以降、段階的に解除されてきた「米韓ミサイルガイドライン」が完全に廃止となったことを例に挙げると分かりやすい。これは韓国にとって喜ばしいことである反面、北朝鮮にとっては韓国の新たな軍備増強でしかない。
文在寅政権はひとまず、残る任期で大きな変化を求めるよりも、南北関係の地盤を固める方向に力を傾けるべきだろう。
米国のトニー・ブリンケン国務長官は23日、米国メディアに対し「平壌が実際に対話を望んでいるかを見守っている」、「ボールは北朝鮮のコートの中にある」と述べた。だが、見てきたように朝鮮半島情勢では争点が出切っているため、事態が急速に動くということはないだろう。
それでも、そんな息苦しさに風穴を開けるのは韓国政府しかない。
今回の米韓首脳会談で、「米国寄り」を選択したことでアドバンテージを得て、朝鮮半島の平和転換・定着に向け歩みを進めるのか、それとも中国の反発を呼び身動きが取れなくなるのか。少なくとも喜ぶには早すぎることだけは間違いない。