特別展『ネコ』に寄せて:獣医師が教える猫の心に寄り添う暮らし
現在、大阪市立自然史博物館では「特別展『ネコ』~にゃんと!クールなハンターたち~」が開催されています。この特別展に合わせ、8月11日には獣医行動診療科認定医の中野あや先生による講演が行われました。
読売新聞大阪本社が運営する『わいず倶楽部』の会員限定で開かれたこの講演には、多くの猫好き会員が集まりました。「もっと知りたい愛猫の心―ネコと人が穏やかに長く暮らすために―」と題された講演では、行動診療の観点から猫の体と心への理解を深め、飼い主が最後まで後悔なく猫と過ごすためのヒントが数多く紹介されました。
この記事では、そんな充実した講演の内容を一部ご紹介いたします。
トイレの失敗が続いたときはまずトイレ掃除を
今回講演を聞きに集まった方々に事前アンケートを取ったところ、飼い猫の排泄の問題行動に悩んでいる人が多くいたそうです。実際、猫が2匹いる筆者の家庭でも、トイレの失敗は定期的に起こります。排泄時の問題行動の原因はさまざまで、排泄の姿勢やどのような場所に排泄するかによっても対処は異なるそうですが、まずはトイレを掃除してみるといいと中野先生は話します。
猫の中にはトイレのニオイなど清潔感にこだわるものも多く、掃除してあっても染みついたニオイでトイレを使いたくないという気持ちから他の場所に排泄するケースもあるそうです。まずは猫がトイレに不満を抱いていないか、見極める必要があるといいます。
「私たち人間が汚い公衆トイレに入ったとき、長くは滞在せずパッとでてきますよね。同じように猫がトイレに入ってすぐ出てくるのは不満のサインかもしれません。」
猫は基本的に、排泄前に砂を堀り、排泄後に砂をかけて埋めます。掘ったり埋めたりせず、すぐに出てきてしまう場合は長居を避けたいと感じている可能性があるのです。そんなときはまずトイレの砂をすべて交換したり、水洗いしたりしてみる、あるいは新品のトイレを追加してみることで、問題行動が解決することもあるそうです。
もちろん排泄時のトラブルの原因は「トイレ環境が不快」という以外にもたくさんあります。中には病気やストレスのサインということもありますので、トイレを掃除しても続く場合には獣医師に相談しましょう。
猫の鳴き声は飼い主に対する「意思表示」
続いて多かったのは猫の鳴き声に関するお悩みです。猫の鳴き声にはいろいろな種類がありますが「ニャオ」と鳴くのは人に対してのみ使うアピールの声なのだといいます。
「猫同士の場合、グルーミングなどさまざまなコミュニケーション方法があるので猫に対して『ニャオ』とは鳴かないんです。でも人間とボディランゲージでコミュニケーションをとろうとしても気づいてもらえないので、猫は人間に対して特にしっかり声を出して要求するんですね。」
猫が「ニャオ」と鳴くのは「ごはん」や「起きろ」、「トイレをきれいにして!」といったように何らかの要求があることがほとんどです。このような鳴き声に対しては要求を満たすことが第一なので、猫が何を要求しているかを見極めることから始めましょう。
一方、猫が「マーオゥ」や「モァーン」といった鳴き声を出すのは不安を感じていることが多いと言います。猫は聴覚が非常に良いので、人間には聞こえていなくても周囲の住宅の生活音や野良猫の声など猫には聞こえる気になる音があるのかもしれません。
また、中高齢以上の場合だと、甲状腺機能の異常や高血圧など病気が原因ということもあるそうです。猫が鳴き続ける原因に心当たりがない場合には、一度検査をしておくと良いかもしれませんね。
猫にとっての「ぴんぴんころり」とは?
講演の最後には講演のサブタイトルにもある「猫と人が穏やかに長く暮らす」ための心構えが語られました。長年健康に生活した後、病気や寝たきりの期間を経ずに亡くなる理想的な終わりを「ぴんぴんころり」と言いますが、猫にとっての「ぴんぴんころり」とはどのようなものなのでしょうか。
「私たち飼い主は猫にいつまでも長生きしてほしいと思ってしまいますが、猫自身には長生きという概念がありません。必要な医療ケアを飼い主が行っていたとしても、猫からしたら『大好きな人がイヤなことをしてくる』という大きなストレスを感じる場合があります。猫の病気の治療が、飼い主のためなのか猫のためなのか、治療が猫の心にどのような影響を及ぼすのか、考えていく必要があります。」
もちろん、治療によって完治が望める病気ならば、多少のストレスがあっても治療を受けた方がいいでしょう。しかし、完治は望めず長く治療していくしかない高齢期の慢性疾患については、必ずしも早期発見早期治療だけが正解というわけではないのかもしれません。
病気の治療が猫にとってどれくらいのストレスになるかは、猫によって異なります。飼い主にすら触れられるのはイヤという猫もいれば、獣医師にも甘えるなど病院を全く嫌がらない猫もいるのです。
「猫は限界まで不調を隠す生き物なので飼い主が気づいたときにすでに末期の状態であったとしても、それが猫にとっての『ぴんぴんころり』かもしれません。だからこそ、その猫のことを一番近くで見ていてよく知っている飼い主がどのような治療を選ぶか考えてあげてほしいと思います。それは飼い主にしかできないことなんです。」
そんな中野先生の言葉に、2匹の猫の飼い主である筆者も背筋が伸びる思いでした。
長生きの秘訣は「ハンターの本能」?
講演後のおまけとして、中野先生は猫の長生きの秘訣についても教えてくれました。生粋のハンターでもある猫にとって、狩り的な行動をとらせることが豊かに生きる支えになるのだそうです。
「製氷皿にエサを小分けにして入れて手を使って食べさせたり、フード入りのおもちゃを使ったりするのがオススメです。猫とおもちゃで遊ぼうとして『見ているだけで全然手を出してこないんです』と悩む方も多いですが、動く物を見るだけでも刺激になるんですよ。」
同会場で開催中の「特別展『ネコ』~にゃんと!クールなハンターたち~」の展示からも、普段のんびりしている猫たちの「究極のハンター」としての一面を知ることができます。様々な猫の剥製や骨格標本などを通じて、猫に秘められた驚くべき能力を目の当たりにできるのです。
さらに、特別展の中ではツシマヤマネコやイリオモテヤマネコなど、日本に棲む野生の猫たちの狩りの実態も紹介されています。私たちが普段見ているイエネコの姿からは想像もつかない、野生のハンターとしての猫の姿を知る貴重な機会です。
特別展「ネコ」は2024年9月23日(月・振替休日)まで開催されています。ぜひ展示を通じて愛らしい姿の裏に隠された猫たちの驚異的な能力と、日本の野生猫たちの生態を感じてみてくださいね。
取材協力
わいず倶楽部
読売新聞大阪本社が運営する会員組織です。対象は「地域や社会にかかわり、人生を充実させたい。新しいことに挑戦したい」50歳以上の方々。「大人の部活動」として、スポーツ、文化、ボランティアなど様々なイベントを会員主体に企画・運営しているほか、会員向けの講演会や美術展の招待など様々なプログラムを提供しています。会員数は10万2000人、メルマガ会員は3万1000人(2024年8月1日現在)。
中野あや(獣医師)
動物行動クリニックなかの
獣医行動診療科認定医
行動診療科は、いわゆる「問題行動」の治療を専門とする診療科ですが、『問題』の原因が動物だけにあることは稀で、人間や環境にも問題があることがほとんどです。
行動トラブルには体の病気や不調も含めた様々な要因が関係しているため、『しつけ』で済ませるのではなく、原因を特定して向き合いながら、困っている動物とその家族が心穏やかに過ごせるようにしていきます。
また、あらかじめ「問題行動」にならないための知識を啓発することも私たちの仕事です。