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新型コロナにイベルメクチンは効果があるのか? 感情論や対立の構図を排した議論を

倉原優呼吸器内科医
(写真:アフロ)

イベルメクチンは疥癬などに用いられる抗寄生虫薬です。コロナ禍に入って2年以上が経過しましたが、実はいまだに「新型コロナにおけるイベルメクチン論争」が続いています。新型コロナに効くという人と、効かないという人の対立の構図があるのです。決して感情的にならず、適切な手順を踏んだ臨床試験を適切に吟味するのが正しいスタンスだと思います。

消えた新型コロナ治療薬は数知れず

新型コロナが国内に広まり始めた2020年、研究室の試験管レベルのデータに基づき「この薬が効く・この薬が効かない」という話が色々と出ました。

エボラ出血熱の治療薬であるレムデシビル(商品名ベクルリー)は新型コロナにも有効性が確認され、現在も使用されています。反面、新型インフルエンザ治療薬として備蓄されていたファビピラビル(商品名アビガン)は、臨床的な有効性が示されませんでした。

その他、ロピナビル/リトナビル(商品名カレトラ)ヒドロキシクロロキン(商品名プラケニル)イベルメクチン(商品名ストロメクトール)なども候補として挙げられていました。

現在国内外で使われている薬剤は、新型コロナの入院や死亡を減少させる効果が示されていますが、残念ながらイベルメクチンははっきりとした効果が示せていません。

消えていった薬はたくさんある中、イベルメクチンは個人輸入してまで入手しようとする人がいるほど、一部の人に人気がありました。

新型コロナの治療における「効果がある」とは

現在使用されている抗ウイルス薬、たとえばニルマトレルビル/リトナビル(商品名パキロビッドパック)という薬剤は、軽症例に用いることで入院や死亡を8割以上減らすことが示されています(表1)。

表1. 新型コロナに用いられる治療薬と有効性(筆者作成)
表1. 新型コロナに用いられる治療薬と有効性(筆者作成)

プラスチックの抗ウイルス仕様も「効果がある」とするなら、同じ「効果がある」でもアリとゾウほどの差があります。

新型コロナの診療において「効果がある」というのは、現場としては「入院や死亡を減らす」レベルの効果を期待します。症状改善やウイルス量減少などの効果は、現時点ではもはや重要視されません。たとえ症状が改善したりウイルス量が減少したりしても、入院や死亡を防ぐ効果が保証されるわけではないからです。

医学論文の検索サイトで、それぞれの治療群に無作為に割り付ける臨床試験(ランダム化比較試験)を検索すると、表2のようなイベルメクチンの臨床試験がヒットします(1-14)。

表2. 新型コロナ治療薬としてのイベルメクチンのランダム化比較試験(日本版の重症度へ一部変更:筆者作成)(参考資料1-14)
表2. 新型コロナ治療薬としてのイベルメクチンのランダム化比較試験(日本版の重症度へ一部変更:筆者作成)(参考資料1-14)

表2の一番下の研究は重症化リスクが高い発症7日内の新型コロナ患者さんに対するイベルメクチンの効果を検証した最新の論文で、JAMA Internal Medicineという世界6大医学雑誌の1つに掲載されたものです(14)。病状の悪化などには有意差が無かったことから実際の患者さんにイベルメクチンを適用する上で懸念があると報告されています(※)。

  • ※発症から投与までが遅いという指摘がありますが、発症5日以内と5日以降で分けると、5日以内の群のほうがイベルメクチン群の重症者が多くなっています。また、「イベルメクチン群であと何人か死者が減れば有意差がついた」という見解も見ましたが、臨床研究において適切でない考え方です。

医学雑誌の査読と論文の撤回

医学雑誌は、科学者たちが集まって運営されています。レベルが高い雑誌ほど世界中から多くの批判にさらされます。

反面、仲間内で集まっているような医学雑誌は、あまり注目されません。中には「ハゲタカジャーナル」といって、ほとんど審査されず、お金さえ払えば論文を掲載する医学雑誌もあります。

世界的に有名なトップジャーナルの論文は信頼性が高いとされている(筆者撮影)
世界的に有名なトップジャーナルの論文は信頼性が高いとされている(筆者撮影)

そのため、「研究が論文になった」と言っても、医学雑誌のレベルにもアリとゾウほどの差があったりします。

医学論文の世界には「査読」というものがあります。これは、書いた論文が妥当なものであるか、複数の専門家が検証する行為です。世界トップレベルの医学雑誌は、査読が厳格です。

なぜかイベルメクチンなどの新型コロナに薬事承認されていない薬の論文は、データ不備や捏造などの温床となっており、これまでに複数の論文が撤回されています(15,16)。詳しくは書きませんが、撤回される論文に関わっている団体には、残念ながら一定の傾向があります。

イベルメクチンは、発症前の予防においても期待されている薬剤です。ブラジルで発症予防効果が示され話題となりましたが(17)、これもファクトチェックにおいて複数の疑義が指摘されています(18,19)。データセットにも不自然な点があるという指摘もあります。

まとめ

現時点で得られるエビデンスに基づくと、抗ウイルス薬よりもイベルメクチンを優先的にどんどん処方するというのは、臨床医としては決して適切とは言えないと思います。

表2に挙げたようなイベルメクチンの臨床試験をたくさん知っている医師であれば、当然その他の抗ウイルス薬についても詳しいはずです。曇りなき眼でエビデンスの重さを天秤にかければ、選択する薬はおのずと決まります。

世界の公的機関の推奨(表3)が変わるほど、イベルメクチンに入院や死亡を抑制する効果が示されれば、私も新型コロナ診療に迷わず取り入れます

表3. 公的機関と開発・販売元による新型コロナに対するイベルメクチンのコメント(筆者作成)
表3. 公的機関と開発・販売元による新型コロナに対するイベルメクチンのコメント(筆者作成)

新型コロナを診療する現場では、治療選択肢が多ければ多いほど助かります。だから、どんどん臨床試験をして、有効と分かれば世界6大医学雑誌などのジャーナルに是非とも投稿していただきたいと願っています。

感情論や団体の立場は研究結果に反映させるべきではありません。それぞれの立場に基づく偏った意見を排して、淡々と研究成果を発表し続けてほしいというのが私個人の願いです。

(参考)

(1) Ahmed S, et al. Int J Infect Dis. 2021 Feb;103:214-216.

(2) Babalola O, et al. QJM. 2022 Jan 5;114(11):780-788.

(3) López-Medina E, et al. JAMA. 2021 Apr 13;325(14):1426-1435.

(4) Galan L, et al. Pathog Glob Health. 2021 Jun;115(4):235-242.

(5) Okumuş N, et al. BMC Infect Dis. 2021 May 4;21(1):411.

(6) Mahmud R, et al. J Int Med Res. 2021 May;49(5):3000605211013550.

(7) Shahbaznejad L, et al. Clin Ther. 2021 Jun;43(6):1007-1019.

(8) Krolewiecki A, et al. EClinicalMedicine. 2021 Jun 18;37:100959.

(9) Abd-Elsalam S, et al. J Med Virol. 2021 Oct;93(10):5833-5838.

(10) Vallejos J, et al. BMC Infect Dis. 2021 Jul 2;21(1):635.

(11) Ravikirti, et al. J Pharm Pharm Sci. 2021;24:343-350.

(12) Mohan A, et al. J Infect Chemother. 2021 Dec;27(12):1743-1749.

(13) Buonfrate D, et al. Int J Antimicrob Agents . 2022 Feb;59(2):106516.

(14) Lim S, et al. JAMA Intern Med. doi:10.1001/jamainternmed.2022.0189

(15) Retraction Watch(URL:https://retractionwatch.com/retracted-coronavirus-covid-19-papers/

(16) 世界で相次ぐ新型コロナの論文撤回 私たちは何を信じればよいのか?(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20210826-00250048

(17) Kerr L, et al. Cureus. 2022 Jan 15;14(1):e21272.

(18) "Large, peer-reviewed research study proves ivermectin works” as a COVID-19 preventative.(URL:https://www.politifact.com/factchecks/2022/jan/28/facebook-posts/study-brazil-ivermectin-covid-19-prevention-flawed/

(19) Ivermectin study in the city of Itajaí contains several methodological weaknesses, resulting in questionable conclusions(URL:https://healthfeedback.org/claimreview/ivermectin-study-itajai-contains-methodological-weaknesses-questionable-conclusions/

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医・代議員、日本感染症学会感染症専門医・指導医・評議員、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医・代議員、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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