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世界で相次ぐ新型コロナの論文撤回 私たちは何を信じればよいのか?

倉原優呼吸器内科医
(写真:IngramPublishing/イメージマート)

多くの医学論文が生み出されたコロナ禍

新型コロナの予防や治療法について、国内外からたくさんの論文が発表されています。今ある新型コロナワクチンも抗ウイルス薬も、多くの研究者たちが論文を発表してきたからこそ存在すると言えます。

新型コロナの正式名称である「COVID-19」がタイトルに冠された論文を検索すると、2020年に約6.4万、2021年8月時点で約5.8万の論文が世界で発表されていることが分かります(1)。ちなみに私も現在、新型コロナの論文を投稿しています。

患者数が多い「糖尿病」や「高血圧」でさえも年間の論文数はそれぞれ1~2万、4000~6000なので、いかに新型コロナが注目されているかが分かります(図1)。

図1. 年間の論文数(2021年8月までのデータ)(筆者作成)
図1. 年間の論文数(2021年8月までのデータ)(筆者作成)

コロナ禍では、「南米では〇〇という薬に劇的な効果があるらしい」「政府はなぜ早く〇〇を承認しないのか」「インドで〇〇という薬が有効だったので国民にくばるべき」などの意見を耳にすることがあります。これらは決してデマではありませんが、しばしば不適切に理解されています。

「医学論文=正確」とは限らない

医学論文を発表するのは、科学者が名声を得るためではなく、病気で苦しんでいる人が少しでも良くなれば、という崇高な理念によるものです。しかし、論文を書くことで評価を得られるという側面があるのも事実。書いた論文の数によって業績が評価されることもあります。

データの解析手法が多少甘くても、エイヤっと投稿してみたら医学雑誌に論文が掲載されることがあります。まともな査読(論文の内容を吟味すること)なしに掲載する医学雑誌さえあるのです。

世界的に有名なトップジャーナルの論文は信頼性が高いとされている(筆者撮影)
世界的に有名なトップジャーナルの論文は信頼性が高いとされている(筆者撮影)

「医学論文として発表されている」という事実は、科学的な正しさを担保してくれるものではありません。信頼に足る論文だったり、評価に値するほどではない粗悪な論文だったり、玉石混交であるため、読む人の理解すなわち「論文リテラシー」が問われます。

新型コロナの論文の撤回

学術雑誌に掲載された論文の撤回を報告・分析するブログ「Retraction Watch」(図2)によると、2021年8月時点で新型コロナに関する151の論文が撤回されています(2)。この中には、「なぜ日本政府は承認しないのだ」と議論の俎上に載っている薬の論文も含まれています。

図2. Retraction Watchのウェブサイトには撤回論文がすべて掲載(Ivan Oransky医師より許可を得て掲載)
図2. Retraction Watchのウェブサイトには撤回論文がすべて掲載(Ivan Oransky医師より許可を得て掲載)

撤回の原因はさまざまですが、最も悪質なものは「捏造」です。ありもしないデータを作り上げ、あたかもその薬に効果があるように偽装することは、許されるものではありません。

「メタ解析」といって、複数の論文データをまとめて1つの大きなデータを作ることがあります。各国で実施された臨床試験を集めて解析するわけですが、有事のコロナ禍ということもあって、質の良くない研究も含めて解析してしまった報告が散見されます。もし土台となる論文が捏造だと、このメタ解析もすべてパーになってしまいます(図3)。

図3. 捏造論文が1つでもあるとメタ解析の信頼性がなくなる(筆者作成)
図3. 捏造論文が1つでもあるとメタ解析の信頼性がなくなる(筆者作成)

何を信じればよいのか

少なくとも、公的機関においてガイドラインや指針を作成する中枢の科学者のほとんどは、論文を適切に吟味・検討しています。科学的に誤ったガイドラインなど書けませんので、その仕事に心血を注いでいます。

そういう専門家集団は、どのようにして論文を読むかという「論文リテラシー」が身についています。ゆえに私たちは、ガイドラインや指針に携わる専門家や、そういった公的指針に基づいて発言している人をまず信じるべきです。

逆に、それに真っ向から対立しているデマゴーグの見解は、多くが論文の曲解や思い込みによるものであり、残念ながら信頼できるとは言えません。

また、国際的に推奨されていない薬剤を自験例に基づいて周囲に強く推奨したり、医師会のような団体が独自に推奨する行為も、望ましくありません。

新型コロナの治療について希望的観測を持つことは間違いではありませんし、私も色々な薬に期待しています。しかし、その希望を実地臨床に還元するのが、早すぎたり遅すぎたりしてはいけないと考えます。

少なくとも現場で診療する医師は、数多くある未承認薬について「効果があるかないかまだ分からないが、希望を持って〇〇を使おう」というスタンスではなく、医学的根拠をちゃんと吟味して、診療にあたるべきだと思います。

(参考)

(1) PubMed(URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/)で検索

(2) Retraction Watch (URL:https://retractionwatch.com/retracted-coronavirus-covid-19-papers/)(Ivan Oransky医師より掲載許可)

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医・代議員、日本感染症学会感染症専門医・指導医・評議員、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医・代議員、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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