最近、京都の良さが失われているとお嘆きの方へ ~ 祇園をどりに行ってみた
・今年の紅葉の見ごろは月末から12月初頭
今年の京都の紅葉は、長雨が続き、見ごろは11月末から12月になると言われている。
京都市内の紅葉の名所はすでにライトアップも始まり、一部ではそろそろ色づいてはいるものの、市内中心部ではまだまだだ。
そんな京都市だが、気候も良く散策するにはぴったりということで、数多くの観光客が訪れている。バスも地下鉄も満員。名所はどこも人がいっぱいだ。「どこへ行っても人がいっぱい、京都の良さが無くなった」と嘆く声も多いが、意外なところに京都らしさを満喫できるところがある。
・祇園をどり
人通りの多い八坂神社前に堂々たる建物がある。「祇園会館」。かつては映画館として、現在は吉本新喜劇に使われている建物だが、実はこの建物の重要な役割がある。それが「祇園をどり」の会場としての使われる10日間である。
京都の花街である祇園東の舞踊講演「祇園をどり」は、毎年11月1日から10日間の日程で行われる。
・京の花街は5つある
京都には祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の5つの花街がある。これを五花街(ごかがい)と呼ぶ。かつては、嶋原を入れて六花街と呼んだ時代もあったが、嶋原は衰退し、現在は五つの花街が京都花街組合連合会に加盟している。
それぞれの花街が、公演を行う。祇園甲部は、春に「都をどり」、秋には「温習会」。宮川町は、春に「京おどり」、秋に「みずゑ会」。先斗町は、春に「鴨川をどり」、秋に「水明会」。上七軒は、春に「北野をどり」、秋に「寿会」。そして祇園東が、秋に「祇園をどり」。
それぞれの花街の芸舞妓が、日頃の踊りの技を披露する華やかな催しであり、京都の春、秋の風物詩である。
・11月に開催される秋の風物詩
ちょうど今、開催されているのが祇園東の公演「祇園をどり」である。この1日から10日までのわずか10日間だけの公演である。秋の観光シーズンの開催であり、さぞかし満席でかなり前からの予約が必要かと思いきや、「当日でもお席はあります」という。京都の知人曰く、「観光客の多くは、紅葉を見ようと、観光名所に行くからね。屋内の公演などにはあまり興味がないのかも知れない」。
・予約なくとも当日に入れる
さて、当日の昼前に京都市東山区の祇園会館に出向く。長い列があり、「当日券売り切れ」という表示でも出ているのではないかと、心配して行ったのだが、受け付けにはアルバイトらしき若い男性が二人して、鉛筆を持ち、なにやら印を付けながら、来場客の応対をしている。公演日と講演時間が掛かれた劇場の座席図に印をつけながら、券を販売しているのだ。なんとも古風な受付である。
どうりでネットの予約は旅行代理店経由で、10日前に締め切りだったわけだ。欧米から来た外国人観光客が、手にしたチケットを見せて「これを見に来たのが、本当にここか?」と尋ねてきた。確かに少し不安になるような受付だ。しかし、こうしたのんびりした雰囲気も味わいの内だとだんだん思えてくるから不思議だ。
・500円をけちらない方が良い
入場券は、少しお高くて4000円。お茶席が付いていると4500円。今回は、なにも判らず、そうそう来られるものではないからとお茶席のついている券にした。お茶席は、開演前だけで、公演後にはないという説明を見て、早めに会場に入る。入り口では、花街の関係者が並んで挨拶をしてくれる。贔屓筋や招待客用の用意もされているが、一見でも丁寧なあいさつをされて恐縮してしまう。
場内は、撮影禁止なので文字だけだが、様子をお伝えしてみようと思う。
案の定、お茶席にはあっという間に長い列ができる。公演開始までに、これだけの人数が掃けるのかと思うが、多くの椅子席でお抹茶とお菓子をいただくスタイルだ。前に舞妓が二人いて、お茶を点てている。この二人も椅子席だ。立礼式で行われる方法で、椅子点と呼ばれるそうだ。元々は、明治の頃に外国人客をもてなす方法として始まった方法だそうだ。
抹茶と茶菓子が運ばれてくる。茶菓子が載っている皿は、お土産として持って帰るようになっている。知らずに席に置いたままにして、給仕役の人から言われて、持って帰る人も多い。さらには、「祇園をどり」と書いてあり、良い土産になる。この習慣は、他の花街の公演のお茶席でもあるようだ。ちなみに開演までにお茶席に間に合わなかった場合は、帰りにお茶菓子と皿をお土産にもらえるそうだ。
・クラシックな劇場で
さて、お茶席も体験し、劇場に入る。1958年に開館したこの建物は、1986年に改装されているものの、クラシック雰囲気を保っている。それが京都の踊りを見るということにふさわしいように思える。開館から長きに渡って映画館として使用されてきた。ロビーには、当時の古い映写機が飾られている。
・ため息のもれる美しい踊り
今年は、「祇園をどり」の60回目の節目ということで、節目を祝う舞「三番叟(さんばそう)」から始まる。舞妓を卒業した芸妓「立ち方」が登場するが、ぐっと大人っぽい雰囲気だ。鼓と笛を演奏しながらの舞。上半身は黒、下半身は白の黒紋付きの着物が艶やかだ。
その後、全6景の演目「雪月花東山風情」が始まる。雪の景色を現わした幻想的な「白川の鷺(さぎ)」から始まり、五山の送り火を背景に芸妓と三人の舞妓が愛らしい踊りを見せる「夏の月」。凛々しい白龍と青竜の躍動感あふれる「双龍」。趣向を凝らした踊りが観客を魅了する。
そして、舞台いっぱいに京の桜の映像が美しく映し出され見とれていると、いつの間にか舞台には四人の「花見の娘」が現れる「八坂の桜」。舞台演出のすばらしさに観客からは拍手が起きる。
愛らしい舞妓が五人登場し、踊る「東山春秋」は、明るく楽し気な雰囲気にあふれている。
・舞台の上に現れる「理想の京都の秋」
いよいよ終景。舞台が暗転し、そして幕が上がると、観客からどよめきが起こった。芸舞妓18人の総踊り「祇園東小唄」だ。
舞台上には京の紅葉の絵。実に美しい。そして、その前にずらりと並んだ芸妓、舞妓の美しさ。現実では見ることのできない。まさに理想の京都の秋が舞台にある。踊りの途中、手ぬぐいが客席に投げられる。後方の席までは届かないので残念だ。
中休憩なく、約一時間、一気にここまでを見せる。伝統芸能の公演だと、しばしばそのゆっくりした時間の流れに眠気を誘われることもあるが、これはそうではない。踊りの美しさ、乱れのない群舞、そして、不思議なほど、みな同じように動く着物の裾、地方(じかた・演奏者)の凛とした姿勢。全てが一つになって、美しさを表現する。まさに、「華麗な様式美」だ。
途中、芸妓、舞妓がそろって一度だけ声を出す。その「おこしやす」の声が、思いがけないほどにかわいらしく、観客からは微笑む声が上がる。そうした演出や舞台装置の巧さは、伝統芸能の素晴らしさを、ある意味、現代的に受け入れられやすく昇華させている。
・日本の伝統文化を満喫する
観客は中高年が多い。着物姿の人も目立つ。外国人客も多いが、日本の伝統文化に関心の高い人たちが多いようだ。観客のマナーも良く、スマホで撮影しようとする人も見かけない。外国人観光客も多いが場違いな行動も見かけなかった。
これだけの公演が当日でも予約なく入ることができるというは、貴重なことだ。
「外国人だらけで、どこへ行っても人がいっぱい、京都の良さが無くなった」と嘆く声も多いが、まだまだどっぷりと日本の伝統文化に満喫する機会がこのようにある。帰り際、若いカップルの会話が聞こえてきた。「すごかったねえ、踊りがみんな揃っていて、アイドルタレントのダンスよりすごかった。」「ほんと、びっくりした。また、見に来たい。私も、和服で来てみたい。」
・「理想の京都の秋」を見に、思い切ってでかけてみては
60回目つまり60年続いているにも関わらず、パンフレットには「まだまだ歴史の浅い」と書かれている。これだけのレベルのものが当日券を購入して見ることができるという京都の奥深さ。考えてみれば、わずか数年程度で「京都の良さ」が簡単に失われるはずもない。そんな京都の雰囲気を手軽に味わえるのだと考えれば、そう高くもないのではないか。
今年の公演は、10日(金)までである。あと数日。「理想の京都の秋」を見に、思い切ってでかけてみてはどうだろう。