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メイ英首相、EU首脳から離脱協議“前進”の言質取るも依然前途は多難

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

英国のテリーザ・メイ首相は9下旬のイタリア・フィレンツェでの演説で2019年3月のEU離脱後に2年間の移行期間を設けることや200億ユーロ(約2兆7000億円)の手切れ金支払いなどを柱とした英政府の離脱方針を示したが、これまで6回の離脱協議でも手切れ金の金額をめぐって進展が見られず、メイ政権は短命に終わる恐れが出てきた。ただ、英紙デイリー・テレグラフが11月29日、英国は手切れ金を増額することでEUと合意したと報じた。英国が当初提案した金額の2倍以上の450億-550億ユーロというが、数字に大きな幅があり、12月4日のメイ首相とジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長(ルクセンブルク元首相)の会談まで水面下の協議が続き確かなことはまだ分からない。

英国のテリーザ・メイ首相
英国のテリーザ・メイ首相

EU離脱強硬派のUKIP(英国独立党)のナイジェル・ファラージ元党首は、英紙デイリー・テレグラフへの10月10日付寄稿文で、メイ首相がフィレンツェで「2019年3月のEU離脱後、2年間の移行期間中、英国はこれまで通り、EU予算への支出や人の移動の自由、欧州司法裁判所(ECJ)の管轄に入るなどすべてのEUルールを受け入れる」などと演説したことについて、「メイ首相はEUのどんな気まぐれな思いつきにも卑屈に従順となるステップフォード・ワイフ(言いなり妻)“となった」と罵倒した。これより先にも、同氏は9月22日の同紙への寄稿文でも「天真爛漫なメイ首相は英国民をEU当局に売った」と痛烈に批判。さらに、「メイ首相は2019年にEU条約から離脱すると言っている一方で、離脱後もなお少なくとも2年間(移行期間)は非民主主義のEUというクラブのメンバーになり続けると言っている。これは国民投票から5年間もEUから離れられず、EUとの将来の関係も解決されないことを意味する」と批判している。

メイ首相は国内では、移行期間中にEUと新しい貿易協定を結び、移行期間終了の2021年以降はEUに手切れ金を支払わないという立場をとっているEU離脱強硬派のボリス・ジョンソン外相との休戦状態が崩れ、与党・保守党内のEU強硬離脱を主張する造反議員からメイ首相がもしノーディールなら首相は退陣すべき、と突き上げられ始めた。英国のメディアもこのままEU離脱協議で自由貿易協定の締結について何も合意が得られない、“ノーディール”に終わる確率が100%近くに達した、と伝え始めている。予想通り、離脱協議がノーディールに終わった場合、メイ首相は議会や国民の信頼を失い政権を維持することができなくなるのは必至だ。

英BBC放送は10月5日、「保守党の重鎮、グラント・シャップス元党議長がメイ首相の交代を求め、党首選を組織する通称1922年委員会の開催を要求した。党首辞任を支持する議員は30人集まったとも指摘した」と伝えた。同委員会の開催には最低48人の支持が必要となっている。今後の保守党の次期総裁、そして次期首相の座をめぐってし烈な戦いが繰り広げられることを意味する。

メイ政権の短命暗示する2つの象徴的な出来事

10月に入り、メイ政権が短命に終わるのを暗示する2つの象徴的な出来事が起きた。一つは10月4日に英国北西部の大都市マンチェスターで開かれた与党・保守党の党大会に社会風刺の過激なパフォーマンスで知られるコメディアン、サイモン・ブロードキン氏が乱入し、演説中のメイ首相に「P45」という税務署提出用の従業員解雇通知書を模した1枚の文書を手渡したという珍事件だ。書式上の雇用者欄にはジョンソン外相の名前が書かれており、ジョンソン氏がメイ氏を解雇するという痛烈な風刺だった。テレグラフ紙のスティーブン・スウィンフォード政治部次長らはこの茶番劇について、「メイ首相の党大会での演説が(P45事件と風邪による激しい咳込みで中断され)すっかり台無しとなったことで、メイ首相は(短命に終わるかどうか)分かれ道に立った」と述べ、メイ政権の長期存続に疑問を投げかけた。

もう一つはデービッド・デービスEU離脱担当相の辞任発言だ。英紙デイリー・メールは10月3日、「デービス氏は友人に2019年3月のEU離脱時に辞任し、その後の移行期間中のEUとの協議はジョンソン外相に任せる、と友人に打ち明けた」いうものだった。この2つの出来事を結びつけると、テレグラフ紙のコラムニスト、アラン・タイヤーズ氏は今後のメイ首相とジョンソン外相の関係性が見えてくるという。同氏は10月4日付紙面で、メイ首相がP45を受け取った時の光景を「第2次世界大戦勃発前、ドイツとの融和政策を選択したネビル・チェンバレン英首相が1938年9月にドイツ・ナチス政権のアドルフ・ヒトラー総統とのミュンヘン会談から帰国し、手にはドイツとの不戦合意を示す1通の文書を持ってヘストン空港に降り立ち演説したのと酷似している」と揶揄した。メイ首相がチェンバレンで、ジョンソン外相はチェンバレン首相を引き継ぎ、第2次世界大戦で英国を勝利に導いたウインストン・チャーチル首相という、英国ならではのブラックジョークだ。

メイ首相、EU本部を電撃訪問

メイ首相は10月16日、膠着しているEU離脱協議を前進させるため、ベルギー・ブリュッセルにあるEU本部を電撃訪問し、EUの行政執行機関であるEC(欧州委員会)のジャン・クロード・ユンケル委員長やドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領)、ブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏に直談判する一方で、エマニュエル・マルコン仏大統領とドイツのアンゲラ・メルケル首相らとも電話会談を行った。

電撃訪問の表向きの理由はユンケル委員長らEU執行部の説得だが、真の狙いはメルケル首相らユーロ圏盟主国のトップの政治決断を促し協議を前進させることだった。6月の英総選挙で保守党が単独過半数を失い深い負い目があるメイ首相にとって、このまま離脱協議で自由貿易協定の締結もできず何も合意が得られないという、“ノーディール”に終われば、英国内では与党・保守党内から厳しい批判を受けて2022年の次期総選挙を戦えることができない。EU電撃訪問はそうしたメイ首相の切羽詰まった政治状況を打破する意味も込められた行動だった。

結局、メイ首相のEU電撃訪問については、メルケル首相とトゥスク欧州理事会議長が10月19日のEU首脳会議後の会見で、「英国メディは離脱協議が暗礁に乗り上げている、と大げさに書き立てているだけだ。離脱協議は(十分ではないが)前進している」と強調し、メイ首相に花を持たせた。メイ首相に“貸し”を作った格好だ。

独メディア、「メイ首相、目には深い皺刻まれ憔悴」と暴露

しかし、その後、メイ首相の電撃訪問を台無しにする“事件”が起きた。10月16日のメイ首相とEU首脳との会談の模様について、ドイツの有力紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングが10月23日付で、「メイ首相は16日のユンケル委員長との会談でEU首脳に助けを請うてきた。メイ首相の目には深い皺が刻まれ憔悴しきった表情だった」と、非公開で行われた会談にもかかわらずユンケル委員長の側近の話としてメイ首相を辱めるような内容をリークしたのだ。

このリーク報道は、いかにメイ首相が離脱協議をめぐって政治的に追い込まれているかを如実に物語る。ユンケル委員長はこのリーク報道をすぐに否定したが、リークの張本人として名前が挙げられたユンケル委員長のドイツ出身の首席補佐官であるマーチン・セイマイヤー氏は、「離脱協議を妨害したい人物にはめられた」と反論したが、EU離脱協議をめぐって水面下では激しい政治の駆け引きが進んでいることも物語る。

根本的にEU首脳はノーディールを望んでいない。それよりもEUの団結を維持するため、英国にEU離脱を断念させて元の鞘に戻したいという狙いがある。ユンケル委員長は10月24日の欧州議会で、「EUにはノーディールを望んでいる人たちの友人はいない」と演説した。英国とはノーディールを望んでいないと断言したのだ。これに呼応して、トゥスク欧州理事会議長も議会で、「EU協議をグッドディールで終わらせるか、あるいはノーディールか、ノーブレグジットかは英国次第だ」と述べ、暗に英国が離脱を中止することが可能だと強調している。

10月19-20日の2日間にわたったEU首脳会議で、離脱協議の次の段階である貿易協議に進むべきかどうかの是非については、次回12月中旬の首脳会議まで結論を持ち越すことで決着した。メルケル首相らEU首脳が「離脱協議は前進している」と発言した背景には、メイ首相が手切れ金の金額について従来の200億ユーロの方針に対し柔軟な姿勢を示したことがある。英紙デイリー・メールは10月21日付で、EU幹部の話として、「英国が手切れ金を200億ユーロから約3倍の480億ポンド(540億ユーロ)まで引き上げれば貿易協議に進むことが可能だ」と伝えた。ノーディールを回避するには、今後、メイ首相がどこまで金額を引き上げられるかが焦点となっているが、手切れ金問題が解決しても次はより困難な北アイルランド国境問題が待ち構えメイ政権の試練は続く。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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