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宮崎市大淀川河口付近で6人乗りの船が転覆 この時、海に何が起こっていたのか?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
三角波(新潟市関屋分水路河口にて令和4年6月22日に筆者撮影)

 宮崎市大淀川河口付近で6人乗りの遊漁船が転覆し、乗っていた全員が海に投げ出されました。そのうち船長と乗客の2人が死亡。船が転覆した時、河口付近で何が起こったのでしょうか。

事故の概要

6日午後、宮崎市の大淀川の河口付近で6人乗りの船が転覆し、2人が死亡しました。6日午後3時5分ごろ、「大淀川河口で漁船が転覆するのを見た。人のように見えるものが2つ沖に流されている」と、通行人から宮崎海上保安部に通報がありました。宮崎海上保安部によりますと、転覆したのは、汽船五六丸(3.9トン)で、消防によりますと、当時、30代から60代までの男性6人が乗っていたということです。午後5時ごろまでに全員が救助されましたが、いずれも宮崎市に住む、船長(55歳)とAさん(64歳)が死亡しました。船に乗っていた6人は全員が救命胴衣を着用していたということです。 宮崎放送 12/6(水) 16:54配信 (筆者一部改変)

 まだ事故発生から24時間が経過していない時間軸で、事実がすべて明らかになってはいないと考えられます。しかしながら、大淀川河口では過去にも同様の事故が続いていること、天候の急変のある今の釣りだからこそ気を付けたいことがこの事故の教訓として見て取ることができます。

遊漁船の足跡

 事故を起こした遊漁船の公開されているスケジュールを同船のウエブサイトで確認すると次の通りです。

 出船; 6:30

 冲上;14:30

 帰港;15:30頃

 船は客を乗せた後、宮崎港を朝6時30分に出て、宮崎港付近などで釣りを楽しんだ後、14時30分に帰港に向けて航行を開始、15時30分頃に帰港するという予定のようです。当日の実際のスケジュールがこの通りだったかどうかはわかりませんが、事故の発生時刻が15時頃のようですので、釣りを楽しんだ後の帰港途中だったということで説明はつけられます。

気象・海象はどうだったか

◆気象

 当日の気象データとして、気象庁アメダスデータを使いました。時刻、風速、風向の順で次の通りです。 

宮崎(宮崎市)

 06:00 3.3 m/s 西北西

 12:00 1.5 m/s 西北西

 15:00 5.0 m/s 西南西

油津

 06:00 4.3 m/s 西

 12:00 1.1 m/s 南南東

 15:00 5.4 m/s 西南西

 念のため、宮崎県内の2箇所の気象データを掲載しました。油津アメダスは宮崎アメダスから50 kmほど南下した海岸付近に位置しています。宮崎にだけ何らかの特異な気象があればこの比較でおおよそわかります。

 この2箇所のデータで考察すると、一日を通しておよそ西からの風が吹いていたこと、一日を通じて穏やかな風であり、お昼ごろは特に穏やかだったようです。なお天候は日中を通じて晴れでした。

◆海象

 宮崎日向沖 有義波実況 経時変化グラフから当時の海象を読み取ってみたいと思います。図1のように時間軸を少し長めにとる(12月1日~12月7日)ことによって、12月6日の特異性がうかがえます。

図1 宮崎日向沖 有義波実況(ナウファス(全国港湾海洋波浪情報網)から筆者が抜粋して作成)
図1 宮崎日向沖 有義波実況(ナウファス(全国港湾海洋波浪情報網)から筆者が抜粋して作成)

 事故発生日の12月6日は白抜きにして示しています。まず有義波高をご覧ください。この日は午前0時ですでに1 mを超えるような波が高い状況にあり、お昼過ぎに波が高さ2 mを超えて、最も高い状況となっています。有義波周期はやはりお昼過ぎに10秒を超えており、周期が長い波=うねりがあったことを示しています。最も悪いのは波向きです。この日は一日を通じて東からの波が入り込んでいます。大淀川河口は太平洋に東向きに開いています。つまり、この日は河口に向かって太平洋のうねりが直接向かうように入っていたことがわかります。

 気象・海象をまとめると、風は弱く西向きだったのにもかかわらず、波はうねりとなって東から河口に入り込むという、きわめて条件の厳しい状況下での小型船の航行だったと言えます。

大淀川河口での三角波

宮崎海上保安部によると、大淀川河口とその周辺では三角波が立ちやすく、過去にも三角波の発生によって小型船が転覆する事故が発生しています。特に平成25年6月8日に大淀川河口で発生した小型船の転覆事故では、当時、東の波向、波高2 mのうねりが入っていたようで、今回の事故と海象はよく似ています。

 三角波とは何でしょうか。図2をご覧ください。三角波が発生する様子を海の断面のイラストを使って説明します。動画1に実際に令和4年に新潟市で観測された三角波の様子を示します。

図2 三角波の発生の様子を図示したイラスト(筆者作成)
図2 三角波の発生の様子を図示したイラスト(筆者作成)

動画1 新潟市関屋分水路河口にて観測された三角波(筆者撮影)

 海岸では沖から来たうねりが反射して沖に戻ります。この時、沖から来た次のうねりとぶつかると相互に強め合い、三角形のような断面の波が瞬間的に発生します。この三角波はある海面で急に持ち上がるように姿を現すので、この場所に船がいると上方に持ち上げられて、その後一気に海面にたたきつけられます。このようにして小型船が転覆します。

まとめー事故の発生する時

 一般的に小型船舶の事故の発生する日というのは、出港時には気象・海象ともに穏やかで、帰港する途中で急に風向きが変わったり、波の高さが変わったりしたような日です。つまり出港したくなる理由があるのです。

 今回の事故では、出港が朝6時30分だったとすれば、すでに東から来るうねりが観測されていたはずで、出港の是非の決定にも影響を与えたことでしょう。この点が悔やまれます。さらに、「行きはよいよい、帰りが怖い」のも小型船舶のクルージングです。行きに避けられた三角波も帰りには避けられないことが多いのです。それは船の後ろから、沖から来る高波に追い立てられるからです。

 これから冬型の気圧配置が本格的に強まるシーズンです。天気予報ばかりでなく、専門的な波の情報をも読めるようにならなければ、船釣りを含めて海釣りでは命がいくつあっても足りません。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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