貨物列車が走れなくなると国が亡びる という危機感の共有について
8月3日以来の大雨で国内の物流が大きく乱れています。
特に貨物列車に大きな運休や遅れが出ていて、北陸、東北、北海道と同時多発的に発生しています。
貨物輸送は私たちの生活には欠かすことができない大切な輸送手段ですが、旅客輸送に比べると裏方の存在で、日々の生活ではほとんど意識することがありませんし、そもそも都会で生活されている皆様方は貨物列車そのものを見る機会もあまりないかもしれません。
それに比べて宅急便をはじめとするトラック輸送は身近な存在で、町中の道路でも貨物自動車を頻繁に見かけますから、どちらかと言うと「鉄道が無くてもトラック輸送で十分じゃないですか?」と思っている方も多いかもしれません。
でも、本当にトラック輸送だけで十分なのでしょうか。
大雨で貨物列車はどうなっているのか。
8月に入ってからの局地的な大雨で、今現在貨物列車はどうなっているのでしょうか。
8月3日からの大雨で鉄道輸送は以下の区間で不通になっていました。(JR貨物のホームページより)
(1)2022年8月3日(水)4時49分~
青森・秋田地区 大雨(運休)
(2)2022年8月3日(水)9時30分~7日(日)20時42分
羽越線 新潟地区 大雨(運休)
(3)2022年8月3日(水)9時32分~8日(月)15時00分
IGRいわて銀河鉄道線 岩手地区 大雨(遅れ・運休)
(4)2022年8月3日(水)16時51分~4日(木)11時11分
東北線 福島地区 大雨(運休)
(5)2022年8月4日(木)7時23分~10日(水)20時18分
北陸線 金沢地区 大雨(運休)
(6)2022年8月8日(月)17時30分~12日(金)15時20分
北海道地区 大雨(遅れ・運休)
(7)2022年8月13日(土)6時48分~
東北線 岩手地区 大雨(遅れ)
これをご覧いただくとお分かりになると思いますが、8月3日から昨日12日まで、関東や関西から東北、北海道を結ぶ貨物列車は途中のどこかで運転できない箇所が発生していて、(6)の北海道地区の大雨による運休が昨日12日の夕方にやっと解除されたと思う間もなく、(7)今朝から岩手県内の東北線で大雨による遅れが発生しています。
そして、今日、筆者がこの記事を書いている13日の午前中には台風が静岡県から関東地方にかけて上陸しようとしています。
貨物列車の運転状況
本日13日現在の貨物列車の運転状況を見てみましょう。
3日に越谷貨物ターミナルを出た札幌貨物ターミナル行の93列車は9日と8時間36分遅れで札幌に到着したようです。
その他にも3日発の名古屋から札幌行が10日経った現在も東青森駅に停車中。
2日発の西浜松発札幌行が11日経った現在盛岡ターミナルに停車中。
この表にはありませんが、この他にも引き返したり運転を取りやめたりした列車が多数発生しています。
生活への影響について
北海道と本州を結ぶ貨物列車は上下列車で使命が違います。
北海道から向かってくる上り列車は皆様ご存じのように食料品や原材料、紙パルプなどを積んで来ます。
これに対して、本州から北海道へ向かう下りの貨物列車には、その原材料品で作られた製品などを積んで行きます。
ということは、貨物列車が止まるとどうなるかというと、首都圏をはじめ、本州各地ではスーパーマーケットなどでの食料品の価格が高騰したり、あるいはその原材料品を加工する工場などで生産が停止したりします。
また、北海道内では本州で加工された製品が届かなくなりますし、もちろん両便共に宅急便などの小荷物なども輸送していますから、通常2日程度で届く宅配荷物が1週間経っても届かないようなことが発生します。
宅急便を待っている人が、サイトでチェックすると「輸送中」となっていたりしますが、そういう時は貨物列車のコンテナの中で、上の表にあるように、どこかの貨物の駅で停車している可能性が大きいのです。
こちらは札幌のジュンク堂書店の店頭に掲示されたお知らせです。
週刊雑誌などの発売日が延期、あるいは未定となっています。
北海道の場合は、苫小牧地区で生産された紙パルプが貨物列車で本州へ運ばれます。そしてその紙で印刷された雑誌が貨物列車で北海道へ運ばれて書店の店頭に並びます。
このため通常でも週刊雑誌の発売日が東京都内に比べて1~2日遅れているのですが、貨物列車の輸送が停滞すると、列車に載せて出発はしているものの、途中のどこかで止まってしまっているのでしょう。
こういうお知らせもあります。
札幌を拠点にするJリーグ、コンサドーレ札幌のホームページに掲載されたお知らせです。
https://www.consadole-sapporo.jp/news/2022/08/7719/
発売を予定していたグッズが到着しないため、発売を延期するというお知らせです。
これ以外にもおそらく各地で予定していた製品や商品が届かないといった影響が出ていると考えられます。
国、JR貨物の対策
この事態に国もJR貨物も手をこまねいて見ているわけではありません。
国交省のホームページにはこんなお知らせがあります。
お盆の一部時間帯における北海道新幹線青函トンネル内の高速走行 (「時間帯区分方式」による時速210km走行) [実施日の変更について]
これは本来お盆の期間中には貨物列車の運行が減るため、その間に青函トンネルを走行する新幹線のスピードを上げて旅客優先態勢をとろうというもので、8月12日から16日までの5日間計画していましたが、今回の大雨による貨物列車の停滞をさばくために、4日間に減らし、8月12日は貨物優先措置をとったものです。
新幹線にかかわる変更は通常は調整に時間がかかるものですが、JR貨物、JR北海道、そして青函トンネル前後の道南いさりび鉄道や津軽線を管轄するJR東日本など、多くの会社をまたぐ青函トンネルに関しては異例の早い対応だと考えます。
ただ、JR貨物は会社として線路を所有していません。あくまでも他社の線路を借りて運行するという現状を考えると、もがいてもあがいても、天候相手ではどうにもならないジレンマがあると筆者は考えます。
トラック輸送ではダメなのか?
鉄道じゃなくてもトラックで十分じゃないの?
そう思われる方も多いと思いますが、結論から申し上げて、鉄道じゃなければ運べないという現実があります。
貨物列車は通常コンテナ台車20~22両編成で運転されています。
写真のような標準的な12フィートコンテナ(5トン搭載)ならば1両に5個。
20両編成として1列車で100個のコンテナを輸送することができます。
これに対して、大型トラックはコンテナ3個分しか搭載できませんから、貨物列車1編成は大型トラック33台分に相当します。
貨物列車が運転士1人で運べるのに対して、大型トラックは運転士が33人必要になる計算です。ドライバー不足が社会問題になる中で、一時的にはトラックで代替することはできても、恒常的に長距離輸送をトラックで代替することはできません。
では、飛行機はどうかというと、貨客混載機種のB777の場合、LD3と呼ばれる標準コンテナの搭載重量は約1トン。1機に20個程度のコンテナを搭載できますが、旅客の手荷物分のコンテナがなかったとしてもせいぜい1機20トン。貨物列車の1両分にも及びません。まして脱炭素社会へ向けた取り組みとしては鉄道貨物は欠くことができない輸送手段なのです。
貨物輸送の特徴
貨物輸送と一言で言っても、その内容によっていろいろあります。鉄道輸送にふさわしいもの、トラック輸送にふさわしいもの、航空輸送にふさわしいものなど、内容によって様々ですが、その貨物の内容を簡単に3種類に分けてみましょう。
1:重いものか、軽いものか
2:安いものか、高いものか
3:急ぐものか、急がないものか
搭載する貨物には大きく分けてこの3つの特徴があります。
例えば航空貨物であれば「軽くて・高くて・急ぐもの」
北海道―本州間なら高級な海産物などになりますね。
トラック輸送であれば「軽くて・安くて・急ぐもの」
これは生鮮食品などで、せいぜい300~500km程度の区間がふさわしい輸送です。
そして、鉄道輸送であれば「重くて、安くて、急がないもの」
こう考えると輸送する貨物の内容によって、貨物列車がダメならトラックや飛行機で良いでしょうという話ではないことがご理解いただけると思います。
鉄道貨物が得意とするのが原材料などの輸送で、食料品でも米や芋、果物など、時間を要して輸送しても大丈夫なものになりますが、これは実は船による輸送と同じような性質を持っています。
現在日本では内航海運(フェリーボートなどの国内航路)ではトラック輸送が主体になっていますが、筆者は実はこれからの時代は鉄道貨物と内航海運を組み合わせることで新しい輸送需要を生むのではないかと考えています。その理由は、国内どこの港にもかつては引き込み線と呼ばれる貨物路線がありましたので、今でもその跡地を整備するだけで比較的少ない投資で貨物列車と船舶との連携した輸送が可能だからです。
貨物列車が走れなくなると国が亡びるという危機感
ロシアのウクライナへの侵略攻撃やそれに伴うエネルギー問題、中国と台湾とのキナ臭い関係など、今年に入ってから日本を取り巻く状況が今までになく変化しています。特に経済の安全保障として、食料やエネルギーを安定的に賄うには、今までのように外国に依存するのではなく、国内回帰が必要だというのは国民の誰もが気付き始めていることです。
そういう時に、貨物輸送というのは国の動脈になりますから、その動脈がドライバー不足や環境問題で維持できなくなるようでは将来的に国が亡びるというのは決して大げさな話ではなく、誰の目にも明らかだと思います。
ところが、広範囲での天候災害が発生すると、現在の鉄道貨物ではその動脈としての使命を果たすことができなくなるということが、今回の大雨被害でも良く理解できます。では、どうしたら良いのか。つまり、国土の強靭化の問題ですが、高速道路を整備するのと同じように、せめて貨物列車が走る鉄道路線だけでも国がきちんと整備するべきではないか。そして、できれば将来は新幹線での貨物輸送など、抜本的に考え方を変えていかなければ、今のままでは先が見えない状況にあると筆者は考えます。
驚くほど少ない貨物輸送障害に関する報道
また、今回の大雨被害での報道を見ると、鉄道の路線で橋梁が流失したり車両が浸水したりといった被害状況の報道はよく目にしますが、貨物列車の遅延や運休、そしてそれによる影響などの報道はほとんど見られません。
これは、国民が鉄道貨物だけでなく貨物輸送そのものに関心が薄く、そういう報道が求められていない、あるいは報道そのものに数字が取れないなどという理由が考えられますが、現状をしっかり伝え、これでいいのでしょうかという問題提起をするのも報道の使命だと考えます。
貨物列車が予定よりも9日も遅れて到着するなど、国内輸送としてはそのことだけでも大きなニュースだと筆者は考えますが、そういう共通の認識を国民の皆様方が持つようにしなければ、長期的に見て、国全体が動脈硬化を起こし、将来が危うくなるということは航空、鉄道輸送を長年経験してきた筆者の目で見ると、大きな危機が迫っているように見えるのです。
今回の大雨災害は被害に遭われた皆様方にとってはとても大きなことですが、輸送や交通という点に関しては、その被災地域だけの問題ではなく、国全体の問題という認識を皆様方にお持ちいただき、国の大動脈が動脈硬化を起こして国そのものが危うくならないような共通の危機感を持っていただきたいと筆者は考えます。
物流というのは裏方で地味な存在ですが、輸送というのは旅客輸送だけではなく、貨物輸送も大切な使命を担って日夜懸命にその使命を果たしているということを忘れていただきたくないと思っています。
今回の大雨で被害に遭われました地域の皆様方には心よりお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い回復を願っております。
※本文中に使用した写真は特にお断りがあるものを除き筆者が撮影したものです。