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脳震とうを起こすほどの危険な張り手に賛否 考えるべきは「ルールの見直し」か

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ ※写真はイメージです)

十両の土俵で、非常事態は起きた。炎鵬対貴源治の一番。人気力士同士の対戦だった。

両者、立ち合いで当たると、貴源治が小兵の炎鵬を下から突っ張っていく。離れたところから向かってきた炎鵬に対して、貴源治がまたも強烈な張り手を繰り出し、顔にめがけて何発も張る。諦めずに前に出る炎鵬を捕まえて押し倒すが、軍配は炎鵬に上がって、物言いがついたのだ。何度も顔に張り手を食らった炎鵬は、鼻血を出し、土俵上であごを気にする素振りを見せながら、ふらふらと土俵を後にする。

「ルールの範囲内」ならルール自体の見直しを

アマチュア相撲では、張り手は禁止されている。言うまでもないが、子どもたちにとって危険だからだ。

プロの大相撲では認められている張り手。しかし、相手の体を起こすための張り手ではなく、掌底を使ってその衝撃だけで”仕留める”ような張り手は、同じ「張り手」でも種類が異なる。

現段階では、貴源治が下から繰り出した破壊力ある張り手(というより、アッパーとも書けるが)は、美しくないかもしれないが、ルールの範囲内であり、咎めることはできない。貴源治からしたら、目の前の一番に集中して、全力を出し切った結果だったにすぎないだろう。その点で、筆者は貴源治個人や、同様の張り手をする力士を否定するのではない。

しかし、それを食らった相手の炎鵬は、脳震とうを起こし、すぐには再起できない状態にまで陥ってしまった。その事実を受け止めたうえで、「ルール違反ではない」のであれば、現状のルール自体を見直すことが必要なのではないか。相手の上体を起こすための張り手やかち上げではなく、顔やあごを狙って、その衝撃で相手にダメージを与えるのが目的になってしまっている張り手やかち上げ。後者だけを禁じ手にするといった対策はできないだろうか。それほど、力士生命が危ぶまれる事態だったのである。

脳震とうの規則適用で力士を守る

一方で、力士が脳震とうなどで相撲が取れる状態ではない場合、当該力士を不戦敗とするという新たな規定が設けられており、今回それが関取の土俵で初めて適用された。発端は、今年の初場所で、幕下の湘南乃海が脳震とうを起こし、立ち上がれない状態になってまで取組を行ったことが問題視されたことにある。

炎鵬については、物言いの結果取り直しとなるも、審判団の判断で「脳震とうを起こしているため、取組が取れないとみなし、貴源治の不戦勝」となった。炎鵬にしてみれば、相当悔しかったに違いない。しかし、このシステムが導入されたことで、どれだけ炎鵬の力士寿命が縮まらずに済んだか。力士は、一番一番の取組に命を懸けて臨んでいるため、どんなに痛くても朦朧としていても「大丈夫です」「出たいです」「やれます」と言うもの。しかし、目の前の白星にこだわるがゆえに力士人生を短く終わらせてしまうのは、あまりに惜しい。今回の審判団の判断には、炎鵬の体を気づかう意味で、個人的には大いに賛成したい。

この日は、綱取りをねらう大関・貴景勝も、土俵を割った後にしばらく動けなくなり、車いすで運ばれ、病院に搬送される事態となった。真剣勝負のコンタクトスポーツがゆえに、ケガが絶えない大相撲の世界。力士たちの体を、ルールや規定で守ってもらえないだろうか。痛む胸を押さえながら、引き続き見守っていきたい。

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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