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ルポ「ガザは今・2019年夏」・3「撃たれるために国境デモへ・サイード一家〉

土井敏邦ジャーナリスト
国境デモ「帰還のための大行進」(2018年8月/筆者撮影)

―撃たれるために国境デモへ―

〈サイード一家・2018年夏〉

【最低限の住居】

 2018年夏、「負傷するか死ぬために、『帰還のための大行進』(国境デモ)に毎週通っている友人がいる」という情報を私にもたらしたのは、ガザ北部のジャバリア難民キャンプに住む青年だった。彼自身、国境デモに参加し、イスラエル軍の銃撃で右脚の骨を砕かれていた。

 なぜ負傷や死を求めてデモに行くのか――私は、その理由を直接、当人に聞きたいと思った。

 その青年サイード・シャラーシュ(当時・33)はジャバリア難民キャンプの郊外、道路沿いの小さい商店の隣でその商店主が所有する建物に間借りしていた。

 中に入ると、8畳ほどのタイル貼りの床。そこが居間だが、壁際にマットレスが1つ。プラスティックのイスが2つあるだけ。テレビや他の家具は見当たらない。その奥に一畳ほどの台所。幅50センチほどの洗い場の横に、鍋や食器が無造作に置かれている。あとはガスコンロだけ。その台所の横はシャワールーム兼トイレ兼洗面所。1畳ほどの広さしかなく、トイレには便座もない。5歳と3歳の小さな娘たちはどうやって用を足すのだろう。梯子を昇ると板間2階。敷物の上に寝具が重なっている。夫婦と2人の幼い娘の4人家族はみなここで寝るという。ガザの夏は暑くて気温は30度を超える。しかしこの家には冷蔵庫はもちろん扇風機さえない。

 人が暮らせる最低限の住居とは、まさにこういう環境のことを言うのだろう。これまでガザ地区でさまざまな住居を見てきたが、これほどの粗末な住居は見たことがない。

倉庫のような住居で暮らすサイード一家(2018年8月/筆者撮影)
倉庫のような住居で暮らすサイード一家(2018年8月/筆者撮影)

【補償金を求めてデモへ】

「1週間前までジャバリア難民キャンプの借家に住んでいたんですが、400シェケル(1万2千円)の家賃が払えず、家主に追い出されました」とサイードが言った。

「ここは半分の家賃ですが、それでも、3ヵ月に一度、(ヨルダン川西岸の自治政府から支給される)生活保護費750シェケル(2万2千5百円)では賄えないんです。仕事もなく、子どもたちを養うこともできない。私たち家族は飢えてしまいます」

 サイードは小学校を中退し、文字の読み書きもできない。これまでずっと仕事を探してきたが、今も無職のままだ。

「誰も私たちを助けてくれません。娘に1シェケル(30円)をせがまれても、その金さえあげられないんです。絶望のために、首を吊るか、ガソリンを被って焼身自殺をしようという衝動に駆られたこともありました」

 そして今、サイードは毎週金曜日に国境デモに向かう。

「私たちのような貧しい者たちはデモで銃弾を受け、補償金を手にしたいと思い国境へ行くんです。そこで殺されたり、身体の一部を失って障がい者になることも気にかけません」

「他の若者たちもそうですか?」と問うと、サイードは即答した。

「全ての若者が私と同じですよ。実際、彼らを訪ねて聞いてみてください。それぞれ理由は違いますが、撃たれて金を得るために行くんです」

「撃たれるためにデモに行く」と語るサイード(2018年8月/筆者撮影)
「撃たれるためにデモに行く」と語るサイード(2018年8月/筆者撮影)

【『殉教』という名の自殺】

 デモに参加して殺害される、つまりパレスチナ人が言う「殉教」すれば、ハマスから3000ドルの弔慰金が出るという噂を聞いた。しかしサイードはそれを否定した。

「3000ドルが与えられるのは、ハマスの支持者だけです。そうでない者はもらえません。実際、私の弟はデモに参加して殉教したんですが、『家を提供する』という約束は嘘で、何も得られませんでした」

「なぜ自殺ではなく、国境デモで死ぬことを選ぼうとするのか」と問うと、

「もしデモで死ねば、『殉教者』になれるけど、家で自殺してもそう見なされないから」とサイードは答えた。

  “自殺”という行為は、イスラム教では禁止されている。『殉教』という名の自殺も実質的に自殺と同じのはずだ。それでもなぜ『殉教者』になろうとするのか。

「たしかに自殺はイスラム教では禁止されています。しかし今ガザでは首を吊ったり、焼身自殺する者がたくさんいます。ひどい生活のためです。自殺する若者の多くが既婚者で家族がいる人たちです。貧しさのために生活できないからです。私は死んで、殉教者になるまで、国境デモに行きます」

 

「もし自分が死んだら、残される家族はどうなのか」という考えが及ばないのだろうか。

「もちろん考えます。何度も考えました。でもこういう人生なんです。私たちには何の援助も配給もない。私たちは人間でないのですか」

「死ぬために国境デモへ向かう夫」を妻のジャワヘル(当時・31)はどう見ているのか。

「夫がデモに行くのは、脚を失ったり、殉教者になることで、いくらか大金をもらえて私たちが暮らせるようにと思ってのことです。そんな夫を止められません。もう決心してしまったからです」

 私はジャワヘルに「実際、止めたんですか?子どもたちも止められないんですか?」と聞いた。

「何度も止めようとしたんです。でも聞き入れようとはしません。無理です。夫が出て行くとき、娘たちはいつも泣きながら追いかけますが、夫は『やめない!』と振り切って出ていきます」

「夫を止められない」と語る妻ジャワヘル(2018年8月/筆者撮影)
「夫を止められない」と語る妻ジャワヘル(2018年8月/筆者撮影)

 この絶望的な家族の状況をジャワヘル自身はどう受け止めているのだろうか。

「とても絶望的な気持ちになります。そんな時、独り外に出て自分を落ち着かせます。そして自分自身に『これは自分の運命なのだから、耐えて受け入れよう』と言い聞かせます。自殺を考えたりしないかって?自殺しても何にもなりません。もし私が死んでしまったら、娘たちは露頭に迷ってしまう。いまの現実を受け入れるしかないんです」

「娘たちの将来ですか?何が期待できるでしょうか。落ちていくばかりです。希望はありません。上の娘を幼稚園に入れようとしたんですが、断られました。子どもたちに未来なんてありません」

〈サイード一家・2019年夏〉

【撃たれて左脚が麻痺】

 1年後、サイードと家族は以前の住居から、ジャバリア難民キャンプに引っ越していた。1年ぶりに私の前に現れたサイードは、松葉杖をついていた。左脚が完全に麻痺して、杖なしには歩けない状態になっていたのだ。杖をつきながら歩くサイードに後を付いていくと、通りに面する建物の2階に導かれた。その新居は前の家より広くなり、部屋数も増えた。しかし家具と呼べるものはほとんどない。

銃撃で左脚が麻痺したサイード(2019年8月/筆者撮影)
銃撃で左脚が麻痺したサイード(2019年8月/筆者撮影)

 サイードがこの1年に起こったことを私に説明した。

 昨年の夏以降、サイードは月200シェケル(6000円)の家賃が払えず、商店主の家主に家を追い出された。その後5カ月間、一家はホームレスとなり、野外で寝泊まりした。野生の動物や蛇などに怯える日々だった。

 一家の生活を見かねたある男性が、この家を紹介し、家賃まで支払ってくれた。一家はやっと野外生活から解放された。しかし2カ月間だけという期限が迫っていた。もしその後にサイードが家賃を支払えなければ、また住居を追われることになる。

【家賃のために負傷】

 1年前は自由に歩けたサイードの左脚はなぜ麻痺してしまったのか。

「また金を得るために、国境デモに行ったんですか?」と問うと、サイードは、「国境デモで撃たれて死んだ弟の遺体を運ぶために行ったら、左脚を撃たれた」と説明した。その銃弾が左脚の神経を切断してしまったために麻痺してしまったというのだ

 しかしサイードの友人から、彼が撃たれて見舞金を家賃に充てるために、また国境デモに行ったという情報を得ていた。そのことを問い質すと、サイードの目から涙があふれ出た。

「・・・その通りです。家主が家賃を払えと迫ったとき、私には全く金がなかったんです。絶望的になり、私はまた国境へ行きました。ガザ政府はまったく助けてくれない。私たちを自殺へと追い込むんです」

「家賃のために撃たれた」と語るサイード(2019年8月/筆者撮影)
「家賃のために撃たれた」と語るサイード(2019年8月/筆者撮影)

 妻ジャワヘルはサイードの精神状態が悪化したと言った。

「正気を失い、うつ状態です。精神錯乱の発作を抑える薬を飲んでいます。それがないと眠れないんです」

 上の娘は小学校3年生に、下の娘は幼稚園に入る年齢になったが、どちらもやれないでいる。「学校や幼稚園にやるお金がないんです」とジャワヘルが言った。

妻ジャワヘルと娘たち(2019年8月/筆者撮影)
妻ジャワヘルと娘たち(2019年8月/筆者撮影)
ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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