Yahoo!ニュース

ダルビッシュ投手が実戦復帰。一方、死者から腱をもらった投手は今…。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

米国時間5月1日、レンジャーズのダルビッシュ投手が、昨年3月に右肘手術を受けてから初めて実戦に登板した。今月下旬にもメジャーに復帰する見通しだという。

ダルビッシュ投手はトミー・ジョン手術と呼ばれる手術を受けている。側副靭帯再建手術で、患者の手首付近の腱や、下腿の腱、膝蓋腱などから正常な腱を、損傷した靱帯の代わりに移植するものだ。webMDによると死体から提供された腱を移植に使う外科医もいると記されている。

元メジャーリーガーで死者から腱の提供を受けたピッチャーがいる。2005年にレッズからメジャー昇格し、ブルワーズ、ドジャースなどで中継ぎ投手だった右腕のトッド・コッフィーだ。コッフィー以外にも死体から移植を受けている選手はいるかもしれないが、私には分からない。

コッフィーは98年にレッズから41巡目で指名されてプロ入り。マイナー時代にトミー・ジョン手術を受けている。そのとき、彼の両手首付近の腱は移植に適合せず、太もも裏の腱を移植している。

下位指名で、手術を受けた投手であるコッフィーは誰にも期待されていない中で、予想オッズを裏切るかのようにメジャーリーグまで上がってきた。

ところが、メジャーリーガとして8シーズン目、まもなく32歳になろうとしていた2012年に、肘を痛めて、2度目のトミー・ジョン手術を受けることになった。執刀医はコッフィー自身の身体から移植手術に適した腱を探したが、適合するものがなく、交通事故で亡くなった20代の男性の腱(半腱様筋腱)を移植したのだった。

コッフィーのこの手術に立ち会ったのが米国ヤフーの野球コラムニストであるジェフ・パッサンだ。パッサンが執筆し、今年4月に出版された「The Arm」という本に手術の様子が詳しく書かれている。(現時点で邦訳は出ていないようだ)

「The Arm」で、パッサンは投手とケガについての問いを多面的に追求している。コッフィー以外にトミー・ジョン手術を2回受けたもう1人のメジャーリーガーの話。ジョーブ博士とトミー・ジョン投手の話。エースピッチャーの大型契約交渉の裏側。米国の高校生選手、少年選手を取り巻く状況。バイオメカニクスや最新医学。そして、日本に足を運び取材した日本の野球。単なるレポートにとどまらず、選手や彼らを囲む人々のそれぞれの心情を描き込んでいる。関心のある人には手にとっていただきたい本だ。

コッフィーはリハビリの過程で行きつ戻りつを繰り返しながら、2014年5月にマリナーズとマイナー契約を結んだ。3Aではそれなりに結果を出したが、メジャー昇格の機会はなく、そのままリリースされた。

手術歴2回、30歳を過ぎたコッフィーに関心を持つメジャーリーグ球団はほとんどない。メジャー復帰を目指す一心で2015年春には若いマイナーリーガーとともにブレーブスのキャンプにも参加したが、ブレーブスも去ることになり、その後はメキシコのプロ野球チームでプレーした。ここまでの様子は「The Arm」でもフォローされている。

コッフィーはメジャーリーグのマウンドに戻るという夢は果たせていない。インターネットで見る彼の通算成績は2012年のドジャースで止まったままだ。今年のシーズンはどうしているのだろうか。

独立リーグのニューヨーク州、ロングアイランド・ダックスで野球を続けていた。ダックスのクローザーとして起用されている。最近では、4月30日の試合に登板。試合の中継動画には、バント失敗の小フライをダイビングキャッチする姿があり、少し誇らしげな笑顔を見せていた。しかし、動画を見る限り、コッフィーのメジャーリーグ復帰は極めて可能性が低いと言える。

観客数千人の独立リーグで投げる35歳のコッフィー。

彼の手術は失敗だったのか。亡くなった男性からピッチャーの肘にやってきた腱は、コッフィーのメジャー復帰への強い気持ちとリハビリの日々と、メジャー復帰が実現しそうにない今の状況を、どのように評価しているのだろうか。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

谷口輝世子の最近の記事