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事故で亡くなった男子児童の命日 給食が「ABCスープ」と「グラタン」になった理由

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
事故死した児童の命日の給食は、彼の大好きなメニューだった……*写真はイメージです(写真:アフロ)

 今日、小学校から連絡があり、2月4日の命日の給食を、息子がリクエストしていた大好きな献立にしてくれるそうです。

 話を聞いた瞬間に、涙が……。

 この学校の優しさと、友達、先生方の思いやりに心から感謝。

息子が喜ぶこと、間違いなしだ。

 フェイスブックに書き込まれた、あるお父さんのこのメッセージを見たとき、私は思わず目頭が熱くなりました。

 事故から1年、小学校の全校生徒が、天国へ行ってしまったお友達を偲んで、彼が好きだった献立をいただく……、なんて心優しく、素晴らしい取り組みをする学校なのでしょう。

 1年前の2月4日、サッカーが大好きだった8歳の男の子は、学校まであとわずかというところで、突然、命を奪われました。

 そして、この日から二度と、大好きな給食を食べることができなくなってしまったのです。

■青信号の横断歩道で、登校中に命を奪われて

 朝のテレビニュースで、その事故の速報が流れたときのことを、私は今も鮮明に覚えています。

 7時55分ごろ、東京都港区の交差点で、登校中の小学3年生の男児(8)が、左折してきたワゴン車に巻き込まれたというのです。

 警視庁はワゴン車を運転していた男性(当時52)を、自動車運転処罰法違反(過失傷害)容疑で現行犯逮捕。

 男の子はすぐに救急病院へ搬送されましたが、その後、死亡が確認されました。

『青信号をちゃんと守っていた子どもが、なぜ、横断歩道の上で命を奪われなければならないのか……』

 私はいたたまれなくなりました。

 ワゴン車側の信号も青でしたが、ドライバーが横断歩道の前で歩行者の有無を確認するのは当然の義務です。

 しかも、事故が起こったのは朝の通学時間帯です。横断歩道の前で一時停止をし、きちんと確認さえしていれば事故は起こらず、男の子はいつも通り学校に到着できたのです。

 その後の捜査で、加害者はカーナビを見ながら走行しており、横断歩道の手前で十分な減速も安全確認もせずに横断歩道に突っ込んでいったことが明らかになっています。

 ひとりの大人の漫然とした運転が、8歳の男の子の夢を、そして家族と過ごすはずだった楽しい未来も、全て奪い去ったのです。

男子児童が亡くなった事故現場には、姉が描いた似顔絵が掲げられている(遺族提供)
男子児童が亡くなった事故現場には、姉が描いた似顔絵が掲げられている(遺族提供)

■あの事故で亡くなった子は私の息子です……

 この事故が起こった翌日、いてもたってもいられずに以下の記事を発信しました。

『左折巻き込みで小学生死亡 通学時間帯にクルマが「赤」となる分離信号の導入を!』(2020年2月5日/柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

 事故の原因は、もちろん加害者にあります。しかし、運転者のミスや無謀な運転から子どもの命を確実に守るには、まず、交差点の信号を「歩車分離信号」(歩行者が青信号のとき、車を赤信号で止めるサイクル)に変えるべきだということを、繰り返し伝えなければならないと思ったからです。

 それから数日後、私のもとに以下のメッセージが届きました。

 はじめまして。 2月5日の記事を読ませて頂きました。

 あの事故で亡くなった子は、私の息子です。

 こんな事故はあってはいけないと強く思っています。

 今はまだ落ち着かず、ちゃんと考える事が出来ませんが、いつか『歩車分離信号』が増えるように、私も力になりたいと思っています。

 お父さんから頂いたメッセージをきっかけに、私はメールや電話で直接やり取りをするようになりました。

 昨年11月14日には、東京の芝公園で開催された「世界道路交通被害者の日・日本フォーラム」にも参加してくださり、直接お会いすることができました。

 また、「命と安全を守る歩車分離信号普及全国連絡会」で活動されている遺族の方々とも交流を深められたのです。

2020年11月14日、芝公園で開催された「世界道路交通被害者の日・日本フォーラム」。交通事故遺族らによって平和のキャンドルが灯された(撮影/長谷智喜氏・命と安全を守る歩車分離信号普及全国連絡会代表)
2020年11月14日、芝公園で開催された「世界道路交通被害者の日・日本フォーラム」。交通事故遺族らによって平和のキャンドルが灯された(撮影/長谷智喜氏・命と安全を守る歩車分離信号普及全国連絡会代表)

■大好きだった「ABCスープ」が命日の献立に

 事故から1年の2月4日、男の子が通っていた小学校の給食には、どんな献立が用意されたのでしょうか。

 男の子は、どんなメニューがお気に入りだったのでしょうか……。

 下の写真は男の子が元気だった時に書いた『リクエスト給食アンケート』です。

「主菜、副菜、汁ものなど、それぞれひとつずつ書いてください」とあり、彼は自筆で記入したアンケート用紙に、こんなリクエストをしていました。

主菜 /グラタン

副菜 /パリパリサラダ

汁もの/ABCスープ

事故で亡くなった小3の男子児童が、小学校で記入していた給食アンケートの回答用紙(遺族提供)
事故で亡くなった小3の男子児童が、小学校で記入していた給食アンケートの回答用紙(遺族提供)

 これを見たお父さんが、ご自身のフェイスブックに、

『ABC「フープ」は、「スープ」だろ……(笑)』

 と書いておられたのが微笑ましかったのですが、小学3年生らしい、なんともかわいい誤字ですね。

 ちなみに、「ABCスープ」とは、平成に入ってから、特定の地域の学校給食によく登場するようになった人気のメニューで、アルファベットの小さなマカロニと、玉ねぎやニンジン、えのき、ベーコンなどをコンソメスープで一緒に煮込んだものだそうです。

 このアンケートを見て「ABCスープ」というものを初めて知った私は、さっそく通販でアルファベットのマカロニを取り寄せ、2月4日、ネットで紹介されていた給食レシピを参考に、見よう見まねで作ってみました。

筆者がアルファベットマカロニを取り寄せて作ってみた「ABCスープ」(筆者撮影)
筆者がアルファベットマカロニを取り寄せて作ってみた「ABCスープ」(筆者撮影)

 とってもおいしくできたのですが、スープの中に浮かぶ小さなアルファベットの文字をひとつひとつ見つけていくのが楽しくなり、つい、口に入れるのが後回しになってしまいます。

 かたちの違うマカロニをすくい上げては、どうしてもスプーンの上に並べたくなってしまうのです。

 大人でもこんなに楽しいのですから、子どもたちもきっとワクワクすることでしょう。

 ABCスープをすくいながら、子どもたちのにぎやかな声が聞こえてくるような気がしました。

「ABCスープ」の中から、次々出てくるアルファベットマカロニたち(筆者撮影)
「ABCスープ」の中から、次々出てくるアルファベットマカロニたち(筆者撮影)

アルファベットをすくって、つい並べたくなってしまう(筆者撮影)
アルファベットをすくって、つい並べたくなってしまう(筆者撮影)

 亡くなった男の子の命日の給食で、彼が大好きだったグラタンやABCスープを囲みながら、小学校のお友達はどんな会話を交わしたことでしょうか。

 きっと、大人になっても、これらのメニューに触れるたびに、大切な命を奪った交通事故の恐ろしさ、悔しさ、安全運転の大切さを胸に刻み続けることでしょう。

 お父さんは翌日、フェイスブックにこう綴っておられました。

 昨日は一日、息子を思い過ごした。

 クラスメイトの子達から沢山頂いた手紙を見て涙し、思いやりと優しさを改めて教えて貰ったし、息子が大好きだったグラタンも食べた。

 そして、夢には今までにないくらいに鮮明に笑う息子も出てきた。

 今日からまた新たなスタート。元気出していきますぜー!!

1年前、我が子が亡くなった事故現場で手を合わせるお父さん(遺族提供)
1年前、我が子が亡くなった事故現場で手を合わせるお父さん(遺族提供)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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