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2人の幼子を抱えたシングルマザーの苦難の仕事探し。演じた実力派女優は全力疾走好き?

水上賢治映画ライター
「フルタイム」より (C)DR

 昨年12月1日(木)から4日(日)の4日間にわたって開催された<フランス映画祭2022 横浜>。

 30回目の記念すべき開催を迎えた今回は、長編10作品、短編6作品の計11本の上映(短編6作品は併映として6作で1本とする)のうち、9作品が満員御礼に。

 大盛況の中、フランスからの来日ゲストも多数来場(※一昨年は新型コロナ感染拡大で来日は叶わなかった)し、華やかに閉幕した。

 上映作品は例年に負けない注目の最新フランス映画がずらり。

 3年ぶりに復活した観客賞を受賞し、現在大反響の中で劇場公開が続く「あのこと」をはじめ話題作が並んだが、中には残念ながら日本公開が決まっていない作品もある。

 その未配給作品の1本が、フランスを拠点とするカナダ出身のエリック・グラヴェル監督の「フルタイム」。

 主演に実力派女優のロール・カラミーを迎え、苦境にいるシングルマザーの奮闘を描いた本作についてグラヴェル監督に訊く。(全三回)

「フルタイム」のエリック・グラヴェル監督  筆者撮影
「フルタイム」のエリック・グラヴェル監督  筆者撮影

フランスにおいてストとデモを描くことはデリケートな問題

 前回(第二回はこちら)に続き、まずは脚本についての話から。

 その前回は、シングルマザーという設定にした経緯、フランスにおいての正規社員の意味といったことのエピソードが出たが、本作では、背景にもうひとつ大きなことが描かれている。

 それは、ストとデモ。ストとデモの影響によって公共交通機関が麻痺している状況が背景にあり、このことは主人公・ジュリーの生活にも大きな影響を及ぼすことになる。

 ストとデモを背景に置いた理由についてこう語る。

「実は、このストを映画で描くかは、ものすごくデリケートな問題でした。

 フランスにおいてデモに触れることはけっこう勇気がいることなんです。

 しかも、この映画では『デモやストが起きるとこれだけ困ってしまう人が多く出てしまうんですよ』とふうな感じに伝わってくるところがある。

 つまり、必ずしも好意的には描いていない。なので、余計に難しい。

 ただ、わたしとしては正規雇用に固執するところと同じく、デモとストというのはフランス人の気質を表すものとして欠かせない要素であって。映画で一度描いてみたかった。

 というのも、わたしは1995年にフランスに3カ月ほど留学していたのですが、ちょうどそのときに、戦後最大のストが起きたんです。

 年金制度の改革に反対するストだったのですが、1カ月ぐらい続いて、みんな困っていた。

 でも、ストの主旨はみんなちゃんと理解していて、困りながらもストを起こした人々の意見を支持して、たとえば映画で描いたように車に相乗りとかしてみんなで助け合って急場をしのいでいた。

 そのときの光景はいまでも記憶に鮮明に残っている。

 この市民がいざというときは連帯するところはすばらしいと思って、いつか描きたいと思っていました。

 そして、今回、勇気をもって物語のバックグラウンドに入れ込むことにしました。

 フランスでこれがどう受けとめられるか、けっこうはらはらしたんですけど、思いのほか好意的に受け止めてくれていて、ほっとしています(笑)」

頑固でありながらも、決して冷徹ではない、

ちょっとチャーミングで温かみのある人物にしたかった

 この映画がやはり成立するには、ヒロイン・ジュリー役が重要だったことは間違いない。

  そのジュリー役はロール・カラミー。

 「女っ気なし」や「パパは奮闘中!」といった作品に出演するフランスの人気女優になる。

 彼女に決めた理由をこう明かす。

「台本を書いてる段階から、あれこれと想像するんですね。

 『どの女優さんがジュリーにぴったりなのか?』と。

 で、脚本を書き終えて、本格的に企画が成立しそうだとなったときに、わたしの中で真っ先に思い浮かんだのが彼女でした。

 それで、キャスティング・ディレクターに彼女の名前を出したら、『確かにもうこれは彼女しかいないな』ということでオファーを打診してくれました。

 そして、彼女が承諾してくれたという流れになります。

 ロール・カラミーはフランスでは、すばらしいキャリアのある演技派の女優として知られています。

 だから、決まったときはほんとうにうれしかったです。

 ジュリーという女性はものすごい頑固でフルタイムで働ける正規社員の仕事に固執している。

 ただ、頑固でありながらも、決して冷徹ではなちょっとチャーミングで温かみのある人物にしたかった。

 そのあたりの僕の考えていたことをロール・カラミーはものすごく汲んでくれて、ほんとうに理想以上のジュリーになってくれました。

 頑固だけど憎めない、そんな女性に感じられるのは、彼女のおかげだと思っています」

ロール・カラミーがジュリーをもうとらえてくれていた

 彼女と役について何か話し合ったことはあったのだろうか?

「あまり多くを語り合うことはなかったです。

 というのも、さきほど少しお話したように、僕が思い描いたジュリー像を、ロール・カラミーがもうとらえてくれていた。

 はじめに話した時点で、彼女が僕と同じ視点に立ってくれていたので、あえてそこでくどくいう必要はないと思ったんです。

 ですから、こうしてほしいとか、話すことはほとんどなかったですね。

 リハーサルを時間をかけてやったシーンもありましたけど、それはジュリーの内面をもっと掘り下げるとなにか出てくるかもしれないといったときで。

 唯一言ったのは、『自分には気が付かなかったジュリーの一面というものを見せてほしい』ということ。

 そうしたら、ほんとうにいろいろと見せてくれたので、なんの文句もなかったです」

カメラで追っているスタッフの方がストップしてしまうことがあった(苦笑)

 劇中、ジュリーはとにかく走っている。全力疾走に近い形で走っている場面もある。

 ロール・カラミーに「走るシーンが多すぎ」と嫌がられはしなかっただろうか?

「いやそれが、彼女は走るのが大好きみたいで。

 走り出したら止まらないといった感じで、むしろカメラで追っている僕らスタッフたちの方がストップしてしまうことがありました(苦笑)。

 走るのが好きだからキャスティングしたわけではないんですけど、そういう意味でもジュリーは彼女にぴったりでした。

 走るのが苦手な女優さんだったら、おそらく文句を言われていたでしょうね。

 まあ、その前に引き受けてくれない気がしますけど(笑)」

【「フルタイム」エリック・グラヴェル監督第一回インタビューはこちら】

【「フルタイム」エリック・グラヴェル監督第二回インタビューはこちら】

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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