「現場を潰す気か」国交省の深夜割引見直しで逆行するトラックドライバーたちの「働き方改革」
関西地方を中心に猛威を振るっている最強クラスの大寒波。テレビやネットに映し出される高速道路上の長蛇の列は、その大半が日本各地のナンバーを引っ提げたトラックだ。
そんな運送業に携わる人たちの間では、実はこの寒波による混乱よりも以前に、高速道路にまつわる大混乱が起きていた。
その大元は、今月20日国土交通省が発表した「高速道路における深夜割引の見直し」の内容である。
現行の「深夜割引」とは
この「深夜割引」は、車両の種類に関係なく、深夜0時から4時に高速道路を利用した車に適用される割引制度である。が、深夜の高速道路を見ても国交省の資料を見ても、現在この制度を最も利用しているのはトラックドライバーたちだということが分かる。
現行の深夜割引の場合、例えば広島から東京へ大型車で向かった場合、通常料金と深夜割引適用後の料金差は片道で8300円。
そのため、一見この深夜割引は「トラックドライバーにやさしい制度」と思われがちだが、24時間止まることのない物流を第一線で支える彼らドライバーや、そのドライバーに対する「働き方改革」の対応を迫られる運送企業にとって、深夜割引の見直しは、ここ10年もの間の願いとなっていた。
その大きな理由は、この深夜割引が「ドライバーの長時間労働」と「サービスエリア・パーキングエリア(SAPA)の駐車マス不足」の原因になっているところにある。
現行の深夜割引は、0時から4時までに「1秒でも」高速道路内にいれば、それまで走ってきた分を含めた高速料金が3割引になる。
低運賃の状態が続く運送業界にとってはその深夜割引の適用は生命線。
そのため、深夜の高速道路の料金所ゲート前や周辺のサービスエリア・パーキングエリア(SAPA)では、同割引を適用しようとするドライバーの「0時待ち」が発生。
たとえ夕方に目的地近くまで到着していても、割引適用時間の0時まで高速を降りられないトラックたちによってSAPAは溢れかえり、駐車マス不足や路肩駐車の原因になるだけでなく、0時待ちにおける待機時間によって、ドライバーの長時間労働の原因にもなっている、というわけだ。
※過去記事:
「世間が知らない『高速道路でトラックに路駐させる深夜割引の功罪』」(Yahoo!ニュース個人)
https://news.yahoo.co.jp/byline/hashimotoaiki/20210413-00232002
そのため、各都道府県トラック協会や一部の運送事業者からは、トラックドライバーの労働上のルールに存在している「8時間の休息(翌日の業務までのインターバル)」を守りながら深夜割引を利用できるようにするため、「適用時間を22時~5時にしてほしい」との要望が出されていた。
一方、同問題を長年取材してきた筆者は、現場から根強い「終日割引」の適用をことあるごとに国交省に訴えてきた。
0時~4時であれ22時~5時であれ、割引適用時間に制限を設ければ、現在0時待ちのために23時台に発生している大混雑の時間が、21時台に移行する結果になるだけだ。さらに、22時ごろはまだ世間が活動している時間帯であることから、その「22時待ち」に普通車までもが参入してくる可能性もある。
いずれにせよ、こうした各方面の現場からの強い要望に対し、国交省が今回出した見直しは、そのどちらでもない「22時~5時に走った距離のみの割引適用」という、現場の現状をより悪化させる改悪以外の何ものでもないものだった。
ある地方のトラック協会からは、かねてより国土交通省に数例の運行ルートを提示し、その影響を訴え、今回の見直し案の再考を求めていたが、今回の決定を見る限り反映はされていない。
見直し後トラックドライバーに起こり得る影響
今回の見直しによって、現場にはどのような影響があるのか。
まず確実に発生するのが「高速料金負担の増加」だ。
今までは割引適用時間内に1秒でも高速道路内にいれば、それまで走ってきた分を含めた高速料金が3割引になっていたのが、22時~5時の間の「走った分」だけになる。
これに対し、国は長距離利用者の負担軽減措置として、400km超の長距離逓減を拡充するとしているが、これは国が「高速代を安く抑えたいなら夜に走れ」と言っていることともはや同義である。
これにより、次に考えられるのが「ドライバーの生活の昼夜逆転」だ。
これまで多くの長距離トラックドライバーは、深夜はSAPAで停まり、法律で定められている時間(8時間以上)の休息を取るか、(極端な例だが)深夜割引を適用するために0時00分01秒に高速を出て、朝一番の仕事先である荷主周辺付近で休息を取っていた。
しかし、それが「22時~5時の間、走った分だけの割引適用」となれば、運賃を抑えるべく深夜に走り、昼に休もうとするドライバーが急増する恐れがある。
人間は基本的に夜になると眠くなる。ましてやそれまでと昼夜逆転する生活に変えようとすれば、体に大きな負担がかかる。
睡眠も仕事のうちであるトラックドライバーにとっては、事故を起こす原因にもなりかねない。
さらに懸念されるのは「連続作業」だ。
荷主には朝一番に入庫するよう指示してくるところが多いため、深夜に高速道路を走ると、その後休むことなく、そのまま荷主のもとで荷物の積み降ろし作業をせねばならなくなるケースが激増することが考えられるのだ。
2024年度からトラックドライバーたちに施行されるのは、"働き方改革"だったはず。さらに、20日の記者会見で斉藤国土交通大臣は、「トラック運転手の"負担軽減"を図りたい」と話していたが、この深夜割引の見直しは、先述通り、「トラックドライバーは夜に走れ」と同義であり、ドライバーの労働環境は完全に働き方改革と逆行することになる。
これを「働き方"改悪"」と言わずして、なんというのだろうか。
この深夜割引見直し発表に対し、運送事業者やトラックドライバーからも、
「国交省は現場を潰す気なのか」
「あまりの改悪に怒りで夜も眠れない」
「事故が多発するね」
といった声が聞かれた。
参照:高速深夜割、24年度見直し 国交相「滞留の改善図る」(共同通信)https://nordot.app/989006575839428608
本当に「トラック運転手の負担軽減を図る」のならば、なぜ終日割引にしないのか。
国が深夜割引を始めたきっかけが「一般道の騒音問題」であることに鑑みると、深夜にトラックを高速道路に乗せるため終日割引を避けたのかとも推測できるが、働き方改革でドライバーの労働時間が短くなるなか、昼夜問わずドライバーには下道を走らせず、常に高速道路を走れる環境をつくるのが筋ではないだろうか。
そして、何より筆者が疑問に思うのは、そもそもなぜ国は「高速料金は運ぶ側が支払うことを前提」として考えているのだろうか、ということだ。
トラックドライバーが高速代を負担している現状
一般的に、タクシーで高速道路を使用した場合、その高速代を支払うのはもちろん「客」だ。速達郵便を出す際、その早さにおける対価を支払うのも、やはり「客」である。
しかし現在、運送の世界では運び手であるトラックドライバーの多くが高速料金を負担しているという実態がある。
いや、彼らの状況をより詳しく描写するならば、「延着も早着もせず時間通り来い、労働時間は短くしろ、荷物は梱包材の段ボールでも傷つけたらドライバーが弁済、でも高速代はドライバーが負担」、ということがまかり通っているといったほうがいいのかもしれない。
「高速料金込みの運賃を払っているから」と、全く採算の合わない運賃で走らせる荷主もいれば、「高速なんか使わなくても早く来られるように調整するのが運送屋の仕事だろ」とする荷主も未だに存在する。
また、荷主が高速料金込みの運賃を支払っても、業界の多重下請構造により、荷物が下に流れる過程のなかで高速料金がピンハネされ、実運送事業者(実際荷物を運ぶ会社)に荷物がいきつくころには消えてなくなってしまっているケースもある。
以前、この深夜割引に対して「走った分だけにする」という話が国交省から聞こえてきた時、全力で反対した筆者に、「高速料金は、荷主が支払うようにするべきだと思っている」としていたが、今のところ「荷主が払う規則を作る」という話は聞こえてこない。
この業界を取材していると、なぜ国は立場の弱い側に厳しく、強い側に甘いのだろうと往々にして感じることがある。
先述通り2024年以降、働き方改革でトラックドライバーの労働時間は短くなる。
トラックドライバーが、下道を走る選択をしなくて済む環境、そして自腹を切らずとも高速道路が利用できる環境を整えることこそ、国がまずしなければならないことなのではないだろうか。
国の血液と称されるトラックドライバー。筆者には、あの深夜割引の時間待ちで滞留するテールランプが、日本という国が心筋梗塞を起こした姿に見えて仕方ない。
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