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飛行機に乗る前に行ってはいけない観光地も~見えてきた沖縄の絶好調の観光産業の課題

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
ゆいレールも利用客が増加。混雑が激しくなっている。(画像・撮影筆者)

・「飛行機に乗る前に行ってみようなんて、絶対にダメですよ。」

 「飛行機に乗る前に行ってみようなんて、絶対にダメですよ。」那覇の中小企業経営者に笑って注意されたのは、那覇空港近くにある瀬長島だ。沖縄県豊見城市の調査で、2017年度の瀬長島を訪れた観光客は約288万人と、那覇市の首里城公園地区と肩を並べるほどに急成長している。那覇空港に離発着する飛行機を間近に見えることで人気の瀬長島だが、近年、展望台や商業施設、ホテルが整備され、この5年間で来訪者は約3倍と急増している。

 ところが来訪者のほとんどがレンタカーで訪れるために、瀬長島に向かう国道は大渋滞が起きている。「噂に聞いて、飛行機に乗る前にちょっと寄ってみようとタクシーで行ったのはいいけれど、島を出るのに二時間近くかかって、結局、飛行機に乗り遅れたという知り合いがいます。」と、大手企業の那覇支店に勤務する30歳代の社員が笑う。

 瀬長島に限らず、観光客の急増によるレンタカーの急増。そして、観光地周辺の交通渋滞は、他に交通手段の少ない沖縄では直結した問題だ。しかし、それほどに沖縄県の観光産業は、今、活況を呈しているのだ。

那覇空港の滑走路から間近に見える瀬長島(画像・筆者撮影)
那覇空港の滑走路から間近に見える瀬長島(画像・筆者撮影)

・混雑の激しいゆいレール

 混雑が激しいのは、瀬長島だけではない。「ゆいレールの混雑がひどくて、この間は乗り切れなかった。」那覇市内に勤務する会社員は、最近の混雑ぶりをそう話す。ゆいレールは、2003年に開業した那覇空港駅から那覇市中心部を通り、首里駅までの13キロを約30分で結ぶモノレールだ。

 沖縄都市モノレール株式会社の発表によると、2004年度の乗客数は11,63万人だったものが、2017年度は1,814万人にまで増加。一日平均の乗客数で見ても、那覇空港駅では3,620人から6,501人に、中心部の県庁前駅では4,449人から6,680人に増加している。朝の通勤・通学時間帯の混雑率は平均で120%と高く、中には160~170%になっている便も出ている。IT関連企業の那覇支店長を務める男性は、「ここ数年で観光客の利用が急増しており、狭い車内に大きなスーツケースを持ちこんでくるので、さらに混雑が激しくなることも多い。」と言う。

 4月2日からは、増便や運転間隔の短縮などが実施されたが、もともと二両編成と短く、大きなスーツケースをいくつも持ちこむ観光客が団体で乗り込むと「混雑率よりも実態はひどく、次の便でないと乗り込めない時もある」状況だ。

・ハワイ越え 観光客数一千万人達成も視野に

 

 沖縄県の観光産業は活況である。沖縄県の発表によると、2017年度の入域観光客数は957万9千人と前年度比9.2%増と過去最高となった。県は、今年度は一千万人達成を目標にし、観光戦略の強化を継続する計画だ。

 

 2017年の沖縄県の観光客数は、ハワイ観光当局が発表したハワイへの観光客数938万人を越し、大きな話題となった。

 こうした好調な観光産業を支えるのは、国内外から観光客だ。2017年度の観光客数の内訳は、国内からの観光客が前年度比3.7%増の688万人7千人、外国からの観光客が26.4%増の269万2千人と順調な伸びとなった。

首里城でも多くの外国人観光客が訪れている(画像・筆者撮影)
首里城でも多くの外国人観光客が訪れている(画像・筆者撮影)

・クルーズ船が観光客を連れてくる

 好調な観光産業を支える最も大きな要因は、外国からの観光客の増加だ。最も多いのは台湾からで前年度比24.7%増の81万3千人。中国本土からはクルーズ船の寄港増加が好影響し、同25.4%増の54万6千人。韓国からは同20.5%増の54万4800人といずれも大幅増となっている。さらにタイやシンガポールにも新規就航や増便があり、東南アジア諸国からの観光客も増加している。

 また、那覇港クルーズ船寄港は、2017年は224回で48万人が海路で那覇を訪れた。さらに、2018年は4月までの実績と今後の予定を合わせると300回を越す勢いで、さらに過去最高を更新する見込みだ。

 

・「はしか」の流行を教訓にできるか

 こうした絶好調の観光産業をひやりとさせる出来事が起きた。はしか(麻疹)の流行だ。台湾からの観光客が感染源だとされ、5月1日までに県内の感染者は計82名となった。はしかは、伝染力が強く、高熱や発疹がでる厄介な病気である。しかし、ワクチン接種をしていれば、防ぐことができるため、沖縄県や観光関係企業では、一部のイベントを中止にすると同時に、従業員や関係者にワクチン接種を行うなど対策に追われてきた。

 

 「今回は、はしかで良かったと考えるべきだ。これだけ多くの外国人観光客が訪問し、それも短時間でやってくる時代になったわけで、これからもっといろいろな病気が入ってくると考えて対策を打つべきだ。これが良い教訓になればいい。」那覇市内の中小企業経営者は、そのように指摘する。また、医師の男性は「はしかは過去に死者も出ている。油断すべきではない。今まで日本でほぼ撲滅できたということで接種を止めたり、減らしたりしてきたものに関しても、いつ持ちこまれて流行するか判らない。インバウンド観光を奨励するならば、それに合わせた対応が再認識すべき段階だ。」だと指摘する。

・お手本ハワイを越したものの

 先に述べたように2017年度で、沖縄県はハワイの観光客数を越した。

  

 しかし、まだ本家ハワイを越せないことがある。ハワイの平均滞在日数が8.95日(2017年度)だったのに比較して、沖縄はその半分以下の3.78日(2016年度)である。また、観光客1人当たりの平均消費額もハワイは1787米ドル(約20万円)であるのに対して、沖縄は7万5297円(2016年度)と3割強しかない。

 「クルーズ船の観光客というと、お金持ちのイメージがあったのですが、中国からの観光客はタクシーにも乗らず、埠頭から国際通りまで歩いていますよ。」とタクシー運転手の男性は苦笑いする。クルーズ船の場合、宿泊も食事も船内で済ます観光客も多く、「買い物も事前に調べて、なにを買うかと決めてくる人が多い。それも沖縄の物産というよりも、ドラッグストアなどで薬や雑貨を大量に買い込んでいる人が多い。」とホテル従業員の女性は話す。飲食店経営の男性は、「国際通りを歩いても、どこにでもあるようなお土産、それも沖縄以外で作られたものも多い。沖縄の発展のためには、沖縄で作られたもののブランド化を一層進め、高くてもわざわざ買いに来てくれるくらいのものを作らないとお金がここに落ちない」と言う。那覇市内のホテル支配人は、「台湾や東南アジアから来る観光客の富裕層が増加している。食や体験など、価値あると判断すれば、それなりに支払う人たちが増えている。いかにお金を落とさせるかを真剣に考えるべきだ。」と期待する。

 沖縄県は観光客数でハワイを抜いたことで、一つの目標を達成したことにはなるが、今後、来訪客の県内での消費をいかに拡大させるのか、「量から質」への転換が急務となってきている。

那覇中心部のドラッグストアは外国人観光客に人気だ(画像・筆者撮影)
那覇中心部のドラッグストアは外国人観光客に人気だ(画像・筆者撮影)

・観光客の受け入れインフラの拡充をどこまで行うのか

 航空会社の新規就航や増便のために、那覇空港は過密状態が続いており、全長2700mの第2滑走路増設工事が進められており、東京オリンピック開催前の2020年3月末の完成供用を目指している。

第二滑走路は姿を現しつつある(画像・筆者撮影)
第二滑走路は姿を現しつつある(画像・筆者撮影)

 また、混雑が続くゆいレールも那覇市北部の首里駅から、てだこ浦西駅間の延伸工事が進められており、2019年春の開業が予定されている。てこだ浦西駅には、那覇市内の朝夕の通勤ラッシュ時の道路混雑を改善するために、1000台規模の「パーク&ライド」駐車場が設置されることになっている。しかし、開業直後は利用客が低迷するなど、多くの利用客を想定していなかったために、二両編成と車両数が少なく、増結しようにもホームの改造が必要になるなど、利用客のさらなる増加で混雑問題が深刻化する可能性も指摘されている。駅ホームの増設や車両の増結を進めるべき状況になりつつある。

 沖縄を訪れる観光客の多くは、レンタカーを利用する。そのため、那覇市内や県内の観光地では交通渋滞や事故の発生などの問題が深刻化している。こうした中、にわかに注目されてきているのが鉄道の建設である。沖縄県は、那覇から名護まで専用軌道で1時間で結ぶ「沖縄鉄軌道」の建設計画を4月に了承し、今後、政府の沖縄振興策に盛り込むことを要求していくことを明らかにした。瀬長島など観光地を抱える豊見城市は、この鉄軌道計画に南部地域を含めるように求めている。

 もちろんこうしたインフラ整備に批判の声もある。鉄軌道建設は、総事業費6100億円、工期15年と巨額な資金と年月がかかるだけではなく、政府側は開業後40年間の累積赤字が鉄道の場合で3950億円に達すると試算し、費用対効果も低いとしている。鉄軌道建設は県民の「悲願」とはいうものの、巨額の負担が予想されるだけに県民の意見も一枚岩とは言い難い。非常に難しい判断が沖縄県には求められる。

・インバウンド観光客急増による問題とその解決は、他地域でも参考になる

 病気の発生や政治の不安定などで急減する可能性のある観光産業だけに依存することは危険だと主張する中小企業経営者もいる。「現在の好調な状況は、5年以上前に先輩たちが仕込んでおいたことの結果で、次の5年、10年に収穫できる種まきを今のうちにいかにできるかだ。観光産業の好影響を食品産業など製造業や農業にいかに波及させるかも重要だ」と那覇市内の中小企業の経営者は言う。

 こうしたインバウンド観光客急増による問題とその解決は、単に沖縄に限った問題ではなく、他地域でも参考になる

 絶好調にゆえに見えてきた沖縄の観光産業と経済の課題。基地問題だけではなく、今、沖縄は大きな転換期に差し掛かっているのではないか。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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