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「リスナーや世間と文通する感覚で曲を出す」。平井 大、10年目の飛躍をプロデューサーと関係者が語る

柴那典音楽ジャーナリスト
平井 大(提供:エイベックス)

平井 大が、新曲「Hero」を5月9日に配信リリースした。

「Sunday Goods」をテーマに、3週間に1度のペースで日曜日に楽曲を配信する企画を行っている平井 大。同曲はその第3弾にあたる。

今年デビュー10周年を迎えたシンガーソングライター・平井 大。彼は今、大きな飛躍の時を迎えている。昨年から始めた“連続配信”をきっかけに10代のファンが増え、LINE MUSICなどのストリーミングサービスで人気を拡大。ヒットチャートの常連となりつつある。

特に脚光を浴びているのは、昨年9月に配信リリースした「Stand by me, Stand by you.」の“異例のロングヒット”だ。各種音楽チャートで15冠以上を獲得、Billboard JAPAN HOT 100ではリリースから現在(5月4日時点)に至るまで33週連続でTOP40入り。最高位こそ昨年11月18日付の10位だが、息の長い人気でストリーミング累計再生回数は1.5億回を突破した。

〈平井 大 / Stand by me, Stand by you.(Lyric Video)〉

3歳の頃に祖母にもらったウクレレをきっかけに音楽に興味を持ち、2011年5月にミニアルバム『OHANA』でデビュー。2013年のメジャーデビュー以降、サーフミュージックを軸にしたピースフルなサウンドと包容力に満ちた歌声で着実に支持を広げてきた平井 大。キャリアとしてはベテランの領域に差し掛かりつつあった彼が、新型コロナウイルスの感染拡大によって社会が大きく変容した2020年から2021年にかけて、なぜ、若い世代のファンを大きく増やすことができたのか?

プロデュースを手掛けるEIGO、所属レコード会社エイベックスのスタッフ、LINE MUSICのコンテンツマネージャー・出羽香織氏に取材を行った。

■ストックは最初から常にゼロだった

平井 大の飛躍の最初のきっかけになったのが、2020年5月20日の第1弾「Life goes on」から始まった2週間に一度の連続配信リリースだ。

緊急事態宣言を受けてCD発売や映画公開の延期が相次ぐ中、平井 大は2020年5月13日、自身のTwitterを通じて2週間に一度の新曲発表を宣言。EIGOとエンジニアとの少人数のチームでレコーディングしジャケットも本人が手掛けるDIYなスタイルで楽曲を作り、それをすぐに世に出す試みを打ち出した。さらに毎回のリリースの1週間前にはTikTokとInstagramのミュージックスタンプを先行配信し、実質的に毎週新曲を届けてきた。プロデューサーのEIGOは「ストックは最初から常にゼロだった」と言う。

「とにかくエンタメが必要な時に音楽を止めることだけは絶対にしちゃいけないと思いました。曲を用意したところで明日の状況が変わっているかもしれない。今その時に思っていることを言葉にして、リスナーや世間と文通する感覚で曲を出す。歌詞もギリギリまで書き直して録音する。戦略というより、一番自由な形で音楽を届けるためにどうするかを考えたんです」(EIGO)

前例のないことだったが、所属レコード会社のスタッフチームも意欲的に動いた。

「世の中全体が未体験ゾーンだったじゃないですか。正直どうなるかわからなかったんですけど、『なんか面白そうだな』という匂いがしたんです。本人がツイッターに投稿した『振り返ったとき、"2020年の夏は最高の夏だった" と言えるように』という言葉もエモかったし、それと連続配信がリンクした時に何かが起こりそうな気がした。それに、次々に出てくる曲がとにかく良かったんです。それでテンションが上がっていった。スタッフ的にも『やるぞ』っていう感じになりました」(レコード会社スタッフ)

そして、コロナ禍でも音楽を届けることを止めなかったことがリスナーの支持を獲得する一つのきっかけになった。LINE MUSICのコンテンツマネージャー・出羽香織氏は当時のエンタテインメントを巡るムードをこう振り返る。

「昨年5月は各アーティストが映画の公開延期やライブの中止を受けて曲の配信や発売を延期していた時期で、プロモーション活動を止めてしまうことを余儀なくされていました。そんな中、コロナ禍でも歩みを止めなかったことが最大のプロモーションになっていたんじゃないかと思います。その頃からLINE MUSICでは平井 大さんの曲が配信されるたびにチャートインするようになっていきました。うちのユーザーは流行をチェックしたくてチャートを見にきてくれる人が多いんですね。そこに常に複数曲入っていることから『平井 大って誰だろう?』という聴き方をする人も増えました」(出羽)

結果、当初は「夏の太陽が弱まる頃まで」という予定だったが、2020年12月2日の「Starbucks, Me and You」まで13曲の新曲(セルフカバー1曲を含む)が発表された。特に手応えを掴んだのは、7月1日にリリースされた第4弾「僕が君にできること」だという。

〈平井 大 / 僕が君に出来ること(Lyric Video)〉

「この曲は、楽曲もメッセージもジャケットも、バチッとハマった。ストレスもゼロだった。こういうことを続けていくんだったら一生できると思った曲です」(EIGO)

■裏切らない曲を毎回出していくことが積み重ねになって伸びていった

「Stand by me, Stand by you.」は、アコースティックギターを主体にしたシンプルでエバーグリーンなラブソング。人生を共にする相手への真っ直ぐな愛を綴った歌詞が共感を集め、TikTokで弾き語りのカバーが広がったことが、ヒットに結びついた。

昨年には、こうした日常の切なさや愛しさに寄り添うタイプの曲が一つのトレンドにもなった。TikTokでの弾き語りから人気を広げるシンガーソングライターも多く登場した。こうした動きが「Stand by me, Stand by you.」のヒットの下地になったことは間違いない。ただし、平井 大の場合は、1曲のバズに終わらず、次々とクオリティの高い楽曲が届いたことでアーティストへの支持につながったのが大きなポイントだ。出羽氏は人気の理由を「裏切らない感」と分析する。

「昨年はTikTok発のヒットが沢山あったんですが、1曲や2曲バズってもその後が続かない例もありました。そんな中で平井 大さんの曲は、どの曲もリスナーの気持ちに寄り添う安定感があった。TikTokで好きになった人を裏切らない曲を毎回出していくことが積み重ねになって伸びていったと思います」(出羽)

優里やもさを。やりりあ。など、昨年にTikTokをきっかけにブレイクした歌手たちがこぞって平井 大の楽曲をカバーしていたことも、若者たちに支持が広がるきっかけになった。

「僕らはいつもミュージシャンズ・ミュージシャンを目指そうと言ってきました。平井 大がブレずに、譲らず信念を持って突き進んできた結果だと思います」(EIGO)

これまで平井 大はフジロックやサマーソニックなど多数の野外フェスにも出演してきた。5月22日、23日に横浜・赤レンガ倉庫で開催される音楽フェス「GREENROOM FESTIVAL '21」にも出演が決まっている。海外のサーフミュージックに通じる音楽性でコアな音楽ファンからも高い評価を集めつつ、TikTokを介して10代にも愛される。そんな稀有な存在となりつつある。

■音楽がどんな環境で、どのタイミングで聴かれるべきかを提示する

そして、その“ブレない歩み”は現在も続いている。

2021年2月10日には、「Life goes on」から「Starbucks, Me and You」までの配信シングルを収録したアルバム『Life goes on』を配信リリース。2021年3月からは3週間に1度のペースでの連続配信を開始した。3月28日にリリースされた「タカラモノ」、そして4月18日にリリースされた「honey, don't you worry」も好評だ。

〈平井 大 / honey, don’t you worry(Lyric Video)〉

“Sunday Goods”をテーマにしたこの連続配信では、日曜日に楽曲が配信リリースされる。音楽業界においてはCD時代からの慣例で水曜日か、もしくは最近の世界的な流れにあわせて金曜日に新曲がリリースされることが多い。日曜日のリリースは異例だが、その狙いをEIGOはこう語る。

「平井 大の音楽は、水曜日の朝より、日曜日の朝に起きて窓を開けて聴いてもらうのが自然だと思う。そのほうが音楽にとっていいんじゃないかと本当に思うんです。戦略以上に、音楽がどんな環境で、どのタイミングでどういう風に聴かれていくのかをちゃんと提示していくべきだと思います」(EIGO)

音楽をどう届けるか――。平井 大の成功の秘訣は、リスナーの生活に寄り添うために、楽曲制作だけでなくリリースやコミュニケーションも含めて活動のやり方をゼロからデザインした新たな音楽活動のモデルにあると言えるだろう。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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