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コンビニのセルフコーヒーで校長が懲戒免職 レギュラー買ってラージ注いだため 窃盗それとも押し間違え?

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(C) 弁護士ドットコムニュース

今年2月、コンビニでレギュラーサイズのコーヒー(110円)を買ったにもかかわらず、ラージサイズ(180円)を選んで注いだため、高砂市立中学校の校長が懲戒免職になった。校長は定年間近だった。

検察庁はこの窃盗事件を不起訴としたものの、兵庫県教育委員会は今回が7回目だったことを重視。校長は、教員免許と退職金を失うことになった。

過去にも同じようなことがあった。

熊本市中央区役所の非常勤職員が、レギュラーサイズの料金(100円)で買ったコーヒーカップに、ラージサイズのカフェラテ(200円)を注ぎ、現行犯逮捕されたのだ。この公務員も懲戒免職になった。

「危険」と「危機」は違う

こうした対応は、犯罪学では「クライシス・マネジメント」と呼ばれている。クライシスは「危機」の意味。犯罪が起き、危機が発生した後の対処だから、クライシス・マネジメントだ。

これに対し、犯罪が起きないように対処するのが「リスク・マネジメント」。リスクは「危険」の意味で、「危険」が「危機」にならないようにするのが、リスク・マネジメントだ。

リスクとクライシスの区別は有益であるにもかかわらず、日本では区別する意識が低い。中国最古の医学書には「名医は既病を治すのではなく未病を治す」という一文がある。この言葉を借りるなら、クライシス・マネジメントは既病を治し、リスク・マネジメントは未病を治す。つまり、真の意味で「予防」と言えるのは、リスク・マネジメントだけなのだ。

機会なければ犯罪なし

では、セルフコーヒーのリスク・マネジメントは、どうすれば実現できるのか。それを教えてくれるのが「犯罪機会論」だ。犯罪機会論では、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることがすでに分かっている。とすれば、コンビニのセルフコーヒーも、機械システムや設置場所を「入りにくく見えやすく」すればいいことになる。

例えば、レシートにQRコードを印刷し、それを読み取るようにすれば、機械システムの別ルート(別チャンネル)にアクセスできない。つまり、レギュラーサイズのレシートをかざしても、ラージサイズのボタンが作動しないようにするわけだ。

バーコードをコップに張り付けることもできるかもしれない。これらは「入りにくくする」手法である。

もちろん、これには機械システムへの投資が必要になる。

一方、費用がほとんどかからない方法が、マシンの前に「人の目のポスター」を設置する方法だ。これは「見えやすくする」手法である。

目は口ほどに物を言う

そもそも、「見えやすい場所」で犯罪が起きにくいのは、「目」が犯行発覚のリスクを高めるからだ。興味深いのは、人は実際の目だけでなく、写真の目も気になるということ。人の視線に対する感受性は相当に高いようだ。

この点で注目されるのが、ニューカッスル大学のメリッサ・ベイトソン教授による実験。それによると、セルフサービス方式の無人有料ドリンクコーナーに展示されたポスター写真を「花」から「人の目」に替えただけで、正直に飲み物代を代金箱に入れるようになったという。支払金額が何と3倍に増えたというから驚きだ(下記グラフで「花の週」の支払い額が白点、「目の週」の支払い額が黒点)。

Cues of being watched enhance cooperation in a real-world setting. Bateson et al. Biology Letters.
Cues of being watched enhance cooperation in a real-world setting. Bateson et al. Biology Letters.

以上がミクロの対策だが、マクロの対策は、ドリンクコーナーだけでなく、店舗全体を対象にするものだ。

コンビニのオリジナル・デザイン

そもそも、アメリカ生まれのコンビニは、犯罪機会論の知見に基づいて設計された。

実は、20世紀末まで、つまり、犯罪機会論が導入されるまで、コンビニでは強盗が多発していた。そこで、強盗を徹底的に捕まえようと警察力が強化された。

当時のアメリカは「犯罪原因論」が主流だったので、強盗犯という「人」に集中したわけだ。しかし、強盗事件の増加を食い止めることに失敗。そうして、溺れる者は藁をもつかむと、飛びついたのが「場所」に集中する「犯罪機会論」だった。

試行錯誤の結果、出来上がったデザインが今のコンビニ。

出入り口を1カ所に限定し「入りにくい場所」にした。そして、道路側を全面ガラス張りにし「見えやすい場所」にした。レジカウンターを出入り口近くに置いたのも、道路から「見えやすい場所」にするためだ。

次の写真は、オリジナルの良さを生かしたシンガポールのコンビニ。オリジナルの設計通り、出入り口は1カ所で、全面ガラス張りである。

シンガポールのコンビニ (C) Wikimedia Commons
シンガポールのコンビニ (C) Wikimedia Commons

日本にコンビニが輸入されたときにも、このデザインはそのまま引き継がれた。

しかし、犯罪機会論が普及していないため、せっかくガラス張りにした側面にポスターを貼ったり、本棚を置いたりして、店内を「見えにくい場所」に変えてしまった。これでは、強盗や万引きを誘発してもおかしくない。

対照的に、次の台湾のコンビニは「見えやすい場所」になっている。

ポスターが貼られていないだけでなく、全面ガラス張りの壁に軽食カウンターが設置されている。ここで飲食すれば、自然に目が道路に向く。つまり、犯罪機会論のデザインによって、店内だけでなく、店外の安全も確保しているのだ。

台湾のコンビニ (C) Google
台湾のコンビニ (C) Google

同様に、次の韓国のコンビニも「見えやすい場所」になっている。

店の前に、食事用のテーブルや椅子が置かれているからだ。誰かが座れば、店内と店外の両方に視線が注がれる。加えて、カプセル玩具の自動販売機も設置されている。親子連れが、玩具目当てにコンビニを訪れれば、それだけで店内と店外の安全性が向上する。

韓国のコンビニ (C) Google
韓国のコンビニ (C) Google

このように、海外では「入りにくく見えやすい場所」にする工夫が随所で実践されている。

日本でも、皆でアイデアを出し合えば、犯罪機会論が次から次へと実現するはずだ。そのためにはまず、「クライシス・マネジメントからリスク・マネジメントへ」――この発想の転換が必要である。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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