Yahoo!ニュース

「オトナの男」にオススメの春ドラマ、まずは2本!

碓井広義メディア文化評論家

春ドラマが始まりました。出来具合はさまざまですが、その中から、「オトナの男」にオススメできる意外な秀作を、まずは2本、選んでみました。

「アイムホーム」テレビ朝日

“キムタク”ではなく、“俳優・木村拓哉”の果敢な挑戦

結論から先に言えば、これはいわゆる“キムタク・ドラマ”ではない。

脚本も演出も脇役も、ひたすらキムタクをカッコよく見せることだけに奉仕するのがキムタク・ドラマなら、今回は違う。ここにいるのは“キムタク”ではなく、一人の俳優としての木村拓哉だ。

事故で過去5年の記憶を失った家路久(木村)。なぜか妻(上戸彩)や息子の顔が白い仮面に見えてしまう。彼らへの愛情にも確信がもてない。その一方で、元妻(水野美紀)と娘に強い未練をもつ自分に戸惑っている。

原作は石坂啓の名作漫画で、仮面が邪魔して家族の感情が読み取れないというアイデアが秀逸だ。その不気味さと怖さはドラマで倍化しており、見る側を家路に感情移入させる装置にもなっている。

自分は元々家庭や職場でどんな人間だったのか。なぜ結婚し、離婚し、新たな家族を持ったのか。知りたい。でも、知るのが怖い。そんな不安定な立場と複雑な心境に陥ったフツーの男を、木村拓哉がキムタクを封印して誠実に演じているのが、このドラマなのだ。

もちろん主演は木村だが、いつものような悪目立ちはない。何より、夫であり父でもあるという実年齢相応の役柄に挑戦し、きちんと造形していることを評価したい。

脚本は『医龍』(フジテレビ)や『ハゲタカ』(NHK)で知られる林宏司。大人が見ていい1本だ。

「不便な便利屋」テレビ東京

「水どう」鈴井貴之の“東京の作り手たち”に対する挑戦状

北海道を舞台にしたドラマといえば、いまだに倉本聰脚本『北の国から』(フジテレビ)が挙がる。

しかし今後はこのドラマが加わるかもしれない。『水曜どうでしょう』(北海道テレビ)で知られる鈴井貴之が脚本・監督を務める、『不便な便利屋』(テレビ東京)だ。

主人公は脚本家の竹山純(岡田将生)。演出家とぶつかり、東京を離れて北海道に来た。バスで富良野へ向かうが、猛吹雪で立ち往生。名も知らぬ町で途中下車する。

ちなみに、純がバスの車中で読んでいたのは倉本聰のエッセイ集『さらば、テレビジョン』(91年刊、絶版)だ。

純は飛び込んだ居酒屋で、梅本聡一(遠藤憲一)の生き別れた息子だと勘違いされ大歓迎を受ける。酔って携帯と財布を失くし、便利屋である聡一の世話になるが、なかなか町を出て行けない・・という状況に陥った。冬の北海道で雪のトラブルは日常だ。道路封鎖や町の孤立も珍しくない。

北海道出身・在住の鈴井は、ローカルならではの暮らしと人情をユーモアを込めて描写。登場人物たちの不思議なキャラクターと相まって、独自のドラマ空間を生んでいる。

主人公の純という名前や富良野は『北の国から』を、また便利屋は瑛太と松田龍平の『まほろ駅前番外地』(テレビ東京)を想起させるが、単なるオマージュではない。むしろ北海道にこだわり続ける鈴井の、“東京の作り手たち”に対する挑戦状とみた。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

碓井広義の最近の記事