ロボットが拓く未来の介護
デイサービス施設に介護ロボットのいる風景
「パルロ、肩の体操やって」
「はい、肩の体操ですね。一緒に頑張りましょう。」
「この体操をすると、肩が楽になりますよ。体操の前に、まずは深呼吸です。」
横浜市の本郷台駅からほど近い場所のデイサービス施設、午前中の風景です。スタジオに集った高齢の方々が、コミュニケーションロボット「パルロ(PALRO)」の指示に従い、一斉に身体を動かし始めます。
この機能訓練特化型デイサービス施設を運営する「アルフィット(ARFIT)」では、1年前の開業当初から富士ソフト株式会社の開発したパルロを積極的に導入し、ロボットインストラクターとして活用しています。
まずスタジオを訪れる要支援・要介護者認定を受けた利用者を、最初に入口でお迎えするのはパルロです。搭載されている顔画像認識機能で、パルロと友達になった利用者にはお名前で声かけ、親しみを込めた挨拶をします。
そして約3時間の機能回復訓練(リハビリプログラム)の最初のパートを担うのもパルロによる体操指導です。「肩ならし体操、腰の体操」など、インストールされている10種類の体操を週や月のプログラムで使い分け、約5分間の体操プログラムを行います。その後、筋トレ等の他の運動や休憩を挟み、パルロが口腔機能の改善を図る「口の体操」を行い、最後に利用者をお見送りすることでパルロのお勤めは終了です。プログラムのポイントをパルロが締める構成になっています。
「マスコット・キャラクターとしてのパルロ効果は絶大です。ケアマネさんからも『ああ、あのロボットのいる施設ね』とあっと言う間に覚えていただけました。」「ただ、利用者の方々にパルロに慣れ親しんでいただくには、時間がかかりました。最初はおっかなびっくりでしたが、スタッフが色々と試行錯誤を重ねて活用した結果、今では違和感なくプログラムに溶け込んでくれています。」と、アルフィットを運営する株式会社インシーク代表取締役竹内洋司さんは語ります。機能特化型デイサービスという要介護度の比較的低い方々が集う施設ゆえに、パルロの活躍できる部分は限られているという印象を受けましたが、それでもパルロは利用者の方々に対して存在感を発揮している印象を受けました。
介護ロボットのタイプ分類
現在介護ロボットは、さまざまな企業により開発されていますが、大きく以下のようなタイプに分類することができます。(日本医療研究開発機構(AMED)介護ロボットポータルサイトを参考に一部加筆)
移譲介助:ロボット技術を用いた介助者のパワー・アシスト
移動支援:屋内外における歩行支援
排泄支援:排泄物の処理にロボット技術を活用
認知症見守り:センサー、外部通信機能を活用した見守り、転倒検知
入浴支援:ロボットを活用した入浴支援
コミュニケーション支援:ロボットによる要介護者とのコミュニケーション支援
介護に関わる労働の多くには肉体的作業が伴います。ベッドから車椅子に移っていただく、入浴、食堂への移動など、要介護度の高い方は、それら作業すべてに介助者の補助が必要となります。介助作業を通じて腰を痛めてしまい、介護現場から離れざるを得ない人々も多いと言われています。移乗介助、移動支援、排泄支援、入浴支援などは、そのような介助者の作業負担を低減することを目的に開発されるものといえるでしょう。そのためロボットといっても、ここで語られるロボットは、人間型に限られるわけでなく作業をアシストする機器という理解のほうが正しいでしょう。
各種機器を装着することで、移乗介助の際に腰にかかる重量負担を低減する「ロボットスーツ」「マッスルスーツ」。ベッドから車椅子に移乗する際の作業をスムーズにする「離床アシストベッド」。居室で使用しても臭いが拡がらない「移動式水洗便器」などがその事例になります。
一方、要介護者に対するコミュニケーション支援ロボットとして期待されているのが、今回ご紹介するもうひとつのタイプのロボットです。
このタイプには、動物型、赤ちゃん型、ロボット型などさまざまなタイプがありますが、いずれもロボットとのコミュニケーションを通じて要介護の方々の生活の質を向上させようとするものです。パルロは販売開始以来、すでに全国で約900カ所の介護施設で導入されており、この分野のリーダー的存在ともいっていいでしょう。
今回は、開発の経緯や特徴について富士ソフト株式会社PALRO事業部フィールドセールス室 室長の高羽俊行さんにお話をお伺いいたしました。
パルロ開発の経緯
富士ソフト株式会社は1990年からロボット相撲大会を主催していた経緯もあり、長年数多くの大学のロボット工学系教授とのネットワークを築いていたそうです。お世話になった先生から、プログラムベースで動く汎用性の高いロボットを開発して欲しいという要望が数多く寄せられたことから、ロボット開発を決意、2010年3月に大学向けのアカデミックシリーズを発売しました。190の大学・研究機関で利用されることで、多くの知見データを得ることができたそうです。
その後、具体的な事業展開の可能性を検証した際、老人ホームに貸与したパルロが好評であったことから、“高齢者のQOLを上げる”“介助者の負担を軽減する”ことを目的とする高齢者介護施設向けのパルロを開発、2012年6月発売しました。
開発にあたっては、介護施設におけるコミュニケーションロボットとしてのリ・チューニングが相当大変であったと高羽さんは語ります。
具体的には、横浜市地域ケアプラザに協力をいただき、介護施設向けのリ・チューニングを行ったそうです。利用者の方々の話し相手になるためには、ちょっとした工夫が必要です。会話のスピード、タイミング、間の取り方なども少しずつ異なります。また、認知症の人とどのように会話を行うか、返事が聞き取りづらくなった人にどのように答えるべきか、そのような細かな調整を経ることで、初めて利用に耐えうるコミュニケーションロボットとしての機能が備えられた、と言います。
「例えばパルロがお名前をお伺いした際に、聞き取りづらく、何度も聞き返してしまったとすると、高齢者の人は「自分の話し方がだめだ」と自信を失われてしまいます。その場合、パルロ自身が「ごめんなさい、僕の聞く力が足りないみたい」と返答することによって、その後の会話をスムーズにつなぐ事が可能になります。」(高羽さん)
現状のパルロに備えられている主な機能としては、レクリエーションの司会進行、体操教室のインストラクター機能、お話し相手機能、などの機能が備えられています。エンターテイメント的要素を備えつつ、QOL、運動機能、認知機能の向上に繋がるレクリエーションのあり方はどうあるべきか、というテーマがコミュニケーションロボット、パルロが施設において果たすべき大きなテーマであり課題であると高羽さんは語ります。
ロボットは介護現場を救うことができるか
今後、介護人材の大幅不足が予測されるなかで、何らかの方策は喫緊の課題となっていくでしょう。経済産業省は、「将来の介護需要に即した介護サービス提供に関する研究会」報告書で、団塊世代が85歳以上となる2035年には介護人材不足は68万人に上ると予測しています。
すでに現在でも介護人材は不足しているという声もあります。厚生労働省の調査によれば、現在特別養護老人ホームへの入居待機要介護者数は36万人にも上りますが、なかには人手不足を理由に定員上限まで受け入れを現状ストップしている施設も多いようです。
このような人手不足を解消する手段のひとつとして大いに期待されているのが介護ロボットです。経済産業省と厚生労働省は、実用化を目指したロボット技術の介護利用を大きく後押ししています。平成25年に閣議決定された「日本再興戦略」にも「ロボット介護機器五カ年戦略」が盛り込まれ、その後改定された「未来投資戦略2017」においても、介護ロボット開発を効果的に進めるため施策として、「利用者、介護者双方のニーズをくみ取りながら開発に結びつけるプロジェクト・コーディネイターの育成・配置」、「ロボット介護機器の海外市場展開を図るためのISO等の規格、評価・試験データ取得支援」などが項目として盛り込まれています。
先ほどの高羽さんの開発の際の苦労に見られるように、現状は「開発サイド」(技術者)と「利用サイド」(施設運営者・利用者)の間にまだ大きなギャップが存在しているようです。声高らかに開発が叫ばれても、施設内で利用がいまひとつ進んでいないのは、価格面もさることながら、利用サイドに立った作り込みがまだまだ足りないからと言っていいでしょう。世界に先駆けて超高齢社会の課題解決を図るために、AIやロボットの果たせる役割は大きいはずです。現在は、まだその端緒についたばかりですが、今後の開発に大きな期待を寄せたいと思います。
取材協力先
株式会社インシーク
機能訓練特化型デイサービス施設 「アルフィット(ARFIT)」
富士ソフト株式会社