証明困難な「持ち帰り残業」めぐり和解 パナソニック過労死事件が画期的な理由
コロナ禍でテレワークが大幅に拡大した。毎日、何時間も満員電車で過ごさなくてよくなった一方で、自宅やカフェなど会社外で作業することによってこれまで以上に労働時間が長くなったという相談や、定時以降に作業をしているにも関わらず残業と認められないというケースも増えている。タイムカードなど客観的に労働時間を図ることができず、仕事とプライベートの境界が会社外で勤務することによって曖昧になりつつある。
実はこの問題は、これまで「持ち帰り残業」という形で、特に過労死など長時間労働の末、精神疾患や脳・心臓疾患によって亡くなるケースで常に話題となっていた。過労死した人や過労鬱にかかった労働者が、退社後に家のパソコンで資料作成などの作業をしていた場合に、その持ち帰り残業が「残業」と判断されるかどうかで、労災が認定されるかを分ける分水嶺になる場合は少なくない。
そこで、本稿では、つい先日大きなニュースとなったパナソニックの富山工場で起こった過労死事件を踏まえて、持ち帰り残業について考えていきたい。
指揮命令下かどうかで労働時間が決まる
持ち帰り残業の問題を考えるにあたって、まず法律上の「労働時間」の定義について確認しておこう。そもそも、なにが労働時間かが決まっていなければ、残業代を請求することや、過労死ラインを超えて働いているかどうかがわからない。
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によれば、労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間」であるとされている。
この説明で今回のテーマから注目すべき点は、「作業を行っている場所」によって労働時間かどうかが決まるのではないということだ。どこで仕事に従事しようと、その作業が会社による業務命令に基づいていれば、労働時間にあたるのだ。
そして、実際に働いた時間が労働時間であるため、例えば就業規則や雇用契約で「持ち帰りは残業に含めない」と書かれていたとしても、業務命令に基づく持ち帰り作業であればそれは法律的には労働時間とされる。
さらに、指揮命令下に置かれている時間が労働時間であるため、実際に作業をしていなくてもその場にいなければいけない待機時間や、緊急時の対応が必須となる仮眠時間も労働時間(待機や仮眠中も賃金が支払われないといけない)とされる。もし仮眠時間や待機時間に賃金が支払われなければ、未払い賃金が発生していることになる。
(なお、労基法における「労働時間」と労災認定における「労働時間」は厳密には同じではないが、後者は罰則の適用条件ではないために、労基法よりもさらに広範に認められる関係にある)。
証明困難な持ち帰り残業
労働時間に関する上の説明を踏まえると、持ち帰り残業も当然仕事をしているので、法律上の「労働時間」であると判断されるべきだ。しかしながら、その証明には高いハードルが存在する。というのも、持ち帰り残業の場合は場所が自宅など会社外であることから、家で過ごしているどの部分が会社の指揮命令下にある労働時間で、どの部分がプライベートの時間なのかを判断することが会社内にいる場合よりも困難だからだ。
会社内で働いていれば、休憩時間を除けば基本的にすべて労働時間であるといえる。仮に手持ちぶさたな時間があったとしても、それは次の業務命令を待っている時間に過ぎず、指揮命令下にあるからだ。時間の算出にあたっても、基本的には会社の建物に入った時間から出る時間までとわかりやすく算定することができる。
しかし、自宅で作業をしている場合はそもそもタイムカードなどがなく労働時間の算出が困難であるとはいえ、現代の労働環境においては、メールやSNS等、パソコンのログなどを調査すればおおよそでも労働時間を割り出すことを可能である。そのため、使用者側の労働時間管理の責任はより広範に及ぶと考えられ、労働時間を「証明できない」ことを理由に労働時間が認められないケースはもっと絞り込まれるべきである。
また、そもそも会社が「残りは家でやれ」と直接命令していないケースでは、労働者が「自主的に働いていた」と判断されるケースが少なくない。そもそも就業時間内では終えることができないほどの業務量を労働者に課しておきながら、それを自宅で行ったから「自主的」で「業務外」と判断すること自体、おかしなことであろう。
会社が持ち帰り残業を認める
冒頭でも触れたパナソニックでの過労自死は、2019年10月、当時43歳だった課長代理の男性が配置転換や業務量の変化・増大をきっかけに精神疾患を発症し、その後、自死したというケースである。報道によれば、就業時間内に仕事を終えられないほどの業務量であったため、業務用パソコンを持ち帰って自宅で作業していたとあり、労働時間は長かったと考えられる。(パナで工場社員自殺 「持ち帰り残業」含む長時間労働、責任認め和解)
うつ病などによる自死が労災と認められるには、配置転換など精神疾患の発症の原因となった可能性のある業務上の出来事に加えて、長時間労働の存在も考慮される。仕事の中身に変化がなくても、労働時間が長ければ精神疾患を発症することがあるからだ。なお、その場合、1ヶ月間に160時間の残業もしくは3ヶ月連続して1ヶ月あたり100時間の残業が判断基準となる。
このパナソニックのケースでは、遺族の労災申請を受けて労働基準監督署は今年3月に労災と認定している。その原因はもともと在籍していた製造部から技術部へ移動したことや、係長から課長代理に昇格したことなどを含めた、過重業務や業務内容の変化のようだ。
しかし同時に労働基準監督署は、自宅でのパソコン作業については「会社からの業務命令によるものではなく、黙示の指示があったとする実態も認められない」と判断しており、持ち帰り残業を労働時間には含めなかった。
ただ、男性の死が労災(過労自死)と認められ、遺族と会社との話し合いの中で、会社側は持ち帰り残業も労働時間と判断して、遺族に謝罪した。そして、持ち帰り残業を含む労働時間の正確な把握などを今後の過労死防止対策として遺族に約束したという。
そもそもパナソニックでは、2016年に富山県内の工場で長時間労働によって40歳代の男性社員が自死しており、労災も認められている。また、2018年には労使協定で定められた労働時間以上の残業を命じたことで労働基準法違反の罪で略式起訴もされている。定かではないが、このような長時間労働を隠すために、「持ち帰り残業」の形式に切り替えていたのかもしれない。実際に、そのような「働き方改革」を行う企業は非常に多いのが現実だ。
「持ち帰り残業」にすることで、見せかけの労働時間を減らし労働法上の責任も回避しようする企業に対し、労働基準監督署が「指揮命令下ではなかった」と持ち帰り残業が労働時間に当たることを否定してしまう状況において、裁判を通じて持ち帰り残業を業務と認めさせたことには大きな意義は非常に大きい。
証拠を集めることの重要性
とはいえ、労働基準監督署も一概に持ち帰り残業を否定しているわけではない。大手英会話学校で講師をしていた当時22歳の女性が2011年に自死したケースでは、女性が自宅でレッスン用教材カードを作成していたことを踏まえて、労働基準監督署がカード作りを再現して持ち帰り残業時間を割り出している。
1枚あたりの作成にかかった時間を自宅に残されていたカード枚数でかけて、残業時間を割り出し、その結果労災と認定された。このようなケースは全体からすれば稀であるが、持ち帰り残業が一概に認められないということではなく、その立証が重要であることを示している。
(「持ち帰り残業で過労自殺」 22歳女性の遺族が英会話大手を損賠提訴へ 自室に2385枚の教材カード)
このように、持ち帰った業務だからといって、労働時間に換算されないということではない。そもそも持ち帰ろうが会社で行おうが、業務に従事していれば労働時間である。重要なことは持ち帰った作業の時間を証明するために、証拠を残しておくことである。
例えば具体的に作業を始めた時間と終了した時間をメモしたり、それこそ自宅で作業している様子をビデオに録画するのでもよいが、とにかく客観的に証明できるものがあるかないかで、その後の結果が変わってくる可能性がある。特に、コロナ禍で蔓延する会社外での長時間労働の実態を踏まえると、これらの証拠は、残業代の請求や過労死や過労鬱などの労災申請の際に重要になってくる。
とはいえ、一人で残業代を請求したり、労災を申請することは容易ではない。仮にできたとしても、ほとんどの会社は「持ち帰り残業は指示していないので、労働時間ではない」とひとまずは主張してくるだろう。そこで、こういった会社の主張に反論したり、それこそ証拠を集めることのアドバイスを受けるためにもぜひ専門家に一度、相談していただきたい。
私が代表を務める労働NPO・POSSEや過労死弁護団全国連絡会議など、様々な団体がそういった相談に対応している。無料で行っているため、ぜひ少しでも仕事や会社の対応でおかしいと思ったらコンタクトをとっていただきたい。
また、NPO法人POSSEでは過労死問題の解決に取り組むための「過労死遺族の労災補償をサポートしたい!」と題したクラウドファンディングを先月(11月末)から実施している。過労やハラスメントなどで自死した方の遺族の支援のためにも、関心のある方は該当ページをご覧いただきたい。
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