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“惹きつけた”女子サッカー北朝鮮代表監督の巧みな“会見術” 笑顔、的確な回答、失言には威圧も

金明昱スポーツライター
前日会見で記者の質問に答える女子北朝鮮代表のリ・ユイル監督(筆者撮影)

 今日、パリ五輪出場権を懸けて国立競技場で対戦するなでしこジャパンと朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表。前日(27日)会見に出席したなでしこジャパンの池田太監督と北朝鮮のリ・ユイル監督のどちらの会見がより“迫力”があったか――。

 そう聞かれれば、現場にいた人たちの多くが「北朝鮮」と答えるに違いない。

 それくらい、北朝鮮代表のリ・ユイル監督の表情も言葉も、こちらの想像を超えるほど豊かだった。質問に対する答えは丁寧、時に笑顔を見せたかと思えば、韓国の女性記者の質問で「北韓(プッカン)」という不正確な国名への“失言”に対しては、「朝鮮民主主義人民共和国と国号を正確に言わなければ質問を受け付けない」とピシャリと釘を刺した。

 “喜怒哀楽”と表現しては大げさかもしれないが、過去に聞いてきた北朝鮮サッカー監督の会見の中では、一番、惹きつける力があったと思う。

 もちろん、日本での公式会見ということで、国際舞台から遠ざかっていた北朝鮮の監督が何を話すのかは、多くのメディアが興味を持つところだろう。だからこそ会見での質問も多かったし、日朝言語の通訳を解せば、話に時間がかかるもの。

 15分を過ぎたあたりで質問が長引くと見たのか、リ・ユイル監督は自ら「これを最後の質問にしましょう」と打ち切りを提案。最後には「また明日、試合が終わったらたくさん話せると思いますから」と話すところ、勝利への自信も垣間見えた。

「長谷川(唯)選手の能力が非常に高い」

 今回の会見で筆者が驚いたのは“抽象的”な回答が少なく、より具体的だったことだ。これまで国際大会で国内の指導者の会見は、当たり障りのない回答が多く、それも短い時間で終始するのがほとんどだった。

 だからこそリ・ユイル監督がどのような会見をするのかは、個人的にも楽しみだったのだが、その表現がとてもシンプルで的確で分かりやすい。

 最も警戒する選手は誰か。そう質問が投げられたあと、筆者は心の中で「絶対に個人名は出さない」と思っていた。しかし、リ・ユイル監督はこう話した。

「日本チームはとても素晴らしい選手がそろっている。その中でも、長谷川(唯)選手(マンチェスターシティー)の能力が非常に高い。私はサッカーの専門家として、長谷川選手の能力は素晴らしいものがあると思う」

 監督であれば対戦相手の選手の名前とプレーを把握していて当然だろうが、相手を研究していることが知れるコメントの一つだった。

 さらにこの間、チーム強化をどのように、どこで進めていたのかを聞かれ、「平壌の冬は非常に寒く、コンディションも良くないということもあり、中国の温暖な地域で25日間ほど、合宿しました。チームとしての完成度を高めようと強度の高いトレーニングを積み重ねてきました」と明かしたのだ。もちろんこうした情報を提供することになんら違和感はないが、“25日”という具体的な数字が出たことには少し驚いた。

 日本戦に向けて用意周到に準備をしてきたというのがよりリアルに伝わる情報でもある。

チーム力の源は「国を代表し輝かせたいという気持ち」

 他のコメントもとても力強かった。パリ五輪出場の重みについて聞かれると「どの国もすべて同じではないでしょうか。自分の国の名誉のために五輪に出場して、能力を発揮する気持ちは同じです。サッカーをしている者として、自国のサッカー発展のために、未来のために非常に重要な経験ができる。どの国も理由は一緒だと思います」と話した。

 そして、チームのパワーの発生源はどこにあるのかについても「非常に簡単な質問ですね」と前置きするところが、確固たる理念を持った指導者らしい。

「サッカーをするうえでの原動力は、国を代表して戦っているという点で、国を輝かせたいという気持ちが強いと思います。選手たちもそうですが、家族、両親、兄弟、親戚、友人たち、多くの人たちが期待してくれているわけです。その期待にぜひとも応えたい、そういった気持ちが強いのではないでしょうか。自分たちが頑張ることによって女子サッカーの発展に少しでも貢献できるのではないか、そういったことがパワーの源になっていると思います」

 国家代表というプライドを持つことが第一ではあるが、両親をはじめとする周囲の人たちの期待に応えること、さらには“女子サッカーの発展と貢献”にまで思いを馳せていた。

1966年イングランドW杯8強メンバーの息子

 サウジアラビア・ジッダでの日本との第1戦では「攻守において足りない部分やミスもあった」と反省していたが、39歳の若き監督は、チーム作りに一貫したビジョンを持つ、かなり優れた指導者なのかもしれない。

 少し経歴を調べてみると、リ・ユイル監督は国内女子1部リーグで2021~22シーズンの優勝チーム「ネゴヒャン女子蹴球団」で監督を務め、2022年は国内最優秀監督にも選ばれていた。

 また、1966年イングランドW杯でアジア勢初のベスト8入りした伝説の北朝鮮代表チームのGKリ・チャンミョン氏の息子だという。筆者は2017年冬に平壌国際サッカー学校の取材時にリ・ユイル監督と会って話したことがある。

 とても当たりが良く、柔和な雰囲気で相手の警戒心を解くようなオーラも持ち合わせている印象があった。世界のサッカー事情にもとても詳しかったのを覚えているが、きっとW杯に出場した父の影響を受けて育ったのだろう。

 だからこそパリ五輪出場は悲願でもある。父のように世界のサッカーを知り、さらなる高みを目指したいと思っているはずだ。「私も選手もほとんどが日本に初めて来た」という異国の地に不安はありつつも、約3000人が来る予定という在日コリアンの大応援団のニュースには「アウェーでなくホームのようで温かい気持ちになっている」と感謝していた。

 第1戦の開催地決定や北朝鮮選手団の来日の動きまで様々なことがあったが、すべては今日、なでしこジャパンとの大一番で決まる。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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