日本最速クライマー決定戦 国内初開催のスピード大会のルールと見どころ
高さ15mの専用壁につくられた
国際規格のコースで競う
東京五輪で実施されるスポーツクライミングの『コンバインド』は、課題を登った数で競う『ボルダリング』、高度で争う『リード』、15mの固定コースで速さを競う『スピード』の3種目複合成績で順位が決まる。
このうち『スピード』は、2016年に東京五輪の実施種目に決定するまで、国内では馴染みの薄かった種目だ。国内に初めて国際連盟が公認するスピード壁がつくられたのは2017年4月。東京・昭島の『モリパークアウトドアヴィレッジ』に誕生した。以来、同施設で選手たちはスピード種目の練習会や記録会を行ってきた。
そのモリパークアウトドアヴィレッジのスピード壁で、2月10日(日)に『第1回スピード・ジャパンカップ』が開催される。
第1回スピード・ジャパンカップ
■2月10日(日)
10:30 プラクティス(女子→男子)
11:40 女子予選/男子予選
14:30 女子決勝/男子決勝
15:40 表彰式・閉会式
昨年は岩手県盛岡市で開催された『第1回コンバインド・ジャパンカップ』でコンバインドの1種目として実施されたり、鳥取県倉吉市での『アジア選手権2018』においてスピード単種目が実施されたりした。だが、スピード単種目大会としては今大会が国内初開催。日本選手の初代最速王の称号を誰が手にするか興味深い。
同大会は男女予選が『You Tube』、男女決勝が『Abema TV』で配信される。15mの壁を駆け上がる迫力満点の大会を楽しむために、まずはスピード種目のルールをチェックしていこう。
予選はタイム勝負
スピード種目は男女とも同じレーン(コース)で行われる。高さ15m、斜度は前傾5度の専用壁に、国際規格に準拠したホールドを国際ルールで定められた角度、間隔で配置した2つのレーン(コース)で実施される。
このとき向かって左側がAレーン、右側がBレーン。選手たちの体はスタート時に左側を向くので、Bレーンでは一緒に登る選手が視界に入る。このため決勝ラウンドではどちらのレーンに入るかも勝敗に影響することもある。
予選ラウンドは全選手が2人1組でA、Bそれぞれのレーンを1度ずつ登ってタイムを計測。タイムは電光掲示板には下2桁までしか表示されないが、1/1000秒まで計測される。各選手の速い方のタイム順に上位16選手が決勝ラウンドへ進む。
決勝は2人対戦で先着勝利
決勝ラウンドは1回戦で予選1位と16位、2位と15位のように対戦し、上位選手がAレーンに入る。先着した選手が準々決勝、準決勝、ファイナル(3位決定戦)へと勝ち上がっていく。
スピード種目ではタイムがクローズアップされることが多いが、決勝ラウンドで重要なのはタイムよりも、対戦相手よりも先にゴールパッドを叩くことにある。
フォールはセーフ
スピード種目は選手が登っている途中にフォール(墜落)したり、ゴールパッドを叩き損ねて時計を止められなかったりしても失格にはならず、記録なしとして扱われる。そのため予選ラウンドなら1本目(もしくは2本目)にフォールしても、もう1本で計測したタイムが16位以内に入っていれば決勝ラウンドに進出できる。決勝ラウンドで両選手ともにフォールした場合は予選ラウンドのタイムで速い方の選手が勝ち上がる。
フライングは一発アウト
一方、フォルススタート(フライングなどの不正スタート)には厳しい罰則がある。予選ラウンドの場合は、1回でもフォルススタートをしたら即失格。1本目で予選トップのタイムをマークしていようとも、2本目でフォルススタートをすれば、その時点で大会を去ることになる。
決勝ラウンドの場合も1回戦や準々決勝では1発アウト。ただし、準決勝でフォルススタートをして敗退しても、3位決定戦には出場できる。
屋外で実施のため天候次第で波乱続出か
スピード種目の日本ランキングの発表が始まったのは2017年11月。第1回目のランク1位は男子が楢崎明智の7秒37、女子は野中生萌の10秒30だった。それから約1年が経ち、選手たちはベストタイムを大きく伸ばしている。
世界記録は男子がレザー・アリプアシェナ(イラン)5秒48、女子がユリア・カプリナ(ロシア)とアヌーク・ジュベール(フランス)の記録した7秒32。スピード種目のスペシャリストの記録からは差があるものの、日本選手たちにとってのスピード種目はコンバインドで勝つためのものであると考えれば、その成長は目を見張るものがある。
今大会は屋外のスピード壁を使用して行われるため、当日の気温や風速などの気象条件によっては、ベストタイムには表れない素因が勝敗の行方を変える可能性は高い。
スピード・国内ベストタイム5傑
(2018.11/11時点)
■男子
1 楢崎智亜 6秒69/18年9月/BJC2位
2 緒方良行 6秒71/18年10月/BJC8位
3 池田雄大 6秒94/18年5月/出場せず
3 楢崎明智 6秒94/18年11月/BJC8位
5 抜井亮瑛 6秒96/18年11月/BJC58位
■女子
1 野中生萌 8秒57/18年11月/BJC1位
2 伊藤ふたば9秒61/18年11月/BJC3位
3 野口啓代 10秒30/18年11月/BJC2位
4 倉 菜々子10秒43/18年11月/BJC5位
5 中村真緒 11秒38/18年10月/BJC6位
※日付はタイム記録日、BJC順位は2019年大会の結果
中学生が初代王者になる可能性もある男子
男子は6秒台を記録している智亜、明智の楢崎兄弟(ともに五輪強化S)を中心に展開していくことが予想されるなか、注目は抜井亮瑛。奈良県在住の中学3年生は昨年11月の『アジアユース選手権』で自己ベストが6秒台に突入した。伸び盛りの15歳が日本最速まで駆け上がる可能性は十分にある。
五輪強化選手の最上位Sランクに位置する藤井快は、公式記録7秒23で日本ランク7位だが、トレーニングでは6秒台を記録するまでに実力を伸ばしている。五輪強化選手でBランクの土肥圭太は、昨秋の『ユース・オリンピック』のコンバインドで7秒00をマーク。11月の『アジア選手権』のスピード単種目では日本代表男子でただひとり決勝ラウンドに進出し、先の『ボルダリング・ジャパンカップ2019』(以下BJC2019)は3位に躍進。勢いのまま上位に進出しても不思議はない。
BJC2019の準決勝敗退後に悔しさを押し殺しながら「気持ちを切り替えて2週間後のスピードで結果を出したい」と前を向いた緒方良行(五輪強化B)も優勝候補の一角。この1年間は登る時の体の角度など細かな部分を微調整しながら伸ばした実力は本物。ボルダリングでもリードでも、練習での“強さ”を大会での“成績”に繋げられない緒方にとって、この大会をブレイクスルーのきっかけにしたいところだ。
そのほかBJC2019で初優勝した石松大晟や、同大会5位の杉本怜(五輪強化A)などもエントリーしている。ほとんどの出場選手が3種目に取り組んでいるなか、数少ないスピードのスペシャリストが日本ランク3位の池田雄大だ。選手として自ら登ることでの気づきを、他の選手たちにフィードバックして国内のレベルアップに貢献してきた彼が、コーチングする選手たちと繰り広げる勝負も興味深い。
女子は10秒の壁を破る3人目が現れるか
女子は野中生萌(五輪強化S)の力が圧倒的に抜きん出ている。右肩の故障をおして出場した昨年11月の『アジア選手権』では、ぶっつけ本番で試した新ムーブで自己ベストを連発。昨年末にはクラウドファンディングでの資金などを元にしたスピード壁『生萌ウォール』も完成した。自宅からほど近い場所にトレーニング環境を手にした成果が今大会で出ると考えるのは早計だが、フライングや足の踏み外しでもない限り優勝は揺るぎないだろう。
見どころは9秒台に突入する選手が何人現れるか。今夏の世界選手権や来夏の東京五輪を見据えて各国代表のスピードのレベルアップは著しい。コンバインドで優位に戦うには9 秒台が不可欠なものになっているが、日本では野中のほかは、伊藤ふたば(五輪強化A)しかいない。
3人目として期待されるのが野口啓代(五輪強化S)だ。昨秋は自宅に練習用のスピード壁を建設し、東京五輪を目指す上で課題にするスピード種目のレベルアップへの準備を進めてきた。気象条件次第な部分はあるものの、今大会で9秒台をマークして今後への弾みにできるか。
ベストタイム11秒51が日本ランク6位の小武芽生(五輪強化A)も注目したい選手だ。昨年はW杯や世界選手権でリードの才能を開花させたが、もともとは国内屈指のボルダラー。今年のBJC2019は10位に終わったものの、体のキレは目を引いた。総合力が高まったなかで、どんなタイムを残すのかは興味深い。
ほとんどの選手たちは、スピードのトレーニング環境はままならないことに加え、年明けからBJC2019を優先してきたことでの練習不足は否めない状態にある。そのなかで自己ベストを更新することは容易ではないが、スピード種目のタイムはあくまで目安。勝負への強いこだわりを発揮し、誰が最後に笑うか――――――
写真はすべて撮影:津金壱郎