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シリア:ロシアが期待薄となる中でエネルギー部門の復興はイラン頼みに

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(提供:イメージマート)

 10年以上続く紛争、2023年2月の震災、アメリカやトルコによる領域の占領、テロ組織による領域の占拠、そしてイスラエルが繰り返す社会基盤の破壊、さらにはアメリカなどが科す厳しい経済制裁、農業の不振など、様々な事情によりシリアの経済状況は日々悪化している。そんなシリアにとって、社会基盤や経済の再建のために必要な資本や技術を提供してくれそうなのはロシアかイランくらいで、中国やアラブ諸国が当てになるとは限らない。なぜなら、復興事業のようなシリアでの経済活動とそこから上がると見込まれる利益はロシアとイランにとってはシリア紛争中に払った犠牲の対価となるべきもので、実際の戦闘の場に姿を現さなかった中国がこの二国の間に割って入る可能性は高いとは言えないからだ。これについては、インドのような国にも該当する。アラブ諸国にとっても、シリアとの経済関係を「正常化」するためには麻薬対策などシリア側がやるべきことは掃いて捨てるほどあり、これらが解消しない限りシリアとの貿易や往来を盛んにすることは難しく、多少は効果が上がりそうなのはUAEとイラクとの関係くらいだ。

 ここで存在感を増していると考えられているのが、イランだ。シリアの経済界でロシアによる投資事業の実効性が問われている中、イランがホムス製油所の修復事業に着手した。ロシアは、タルトゥース港で港の拡張や物流・製造業での長期投資事業の権益や、シリアの沖合での石油・ガスの探鉱や開発権益を獲得しているのだが、こちらはウクライナでの戦争の負担のためシリアでの事業はことごとく停滞している。2023年12月16日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、シリアのエネルギー分野でのイランの影響力拡大を指摘する記事を掲載している。記事によると、最近イランの企業が地中海沿岸に位置するバーニヤースの発電所のガスプラントの修理を完了させた。同時期、シリア政府はホムスでロシア企業が運営する肥料工場へのガスの供給を、ロシア側の契約違反により発電用のガスが不足しているとの理由で停止した。

 シリア側には、少しでも動きのいい事業者にエネルギー部門の施設の復旧を任せたい。最近シリアの石油相が発表した数値では、現在のシリアの原油の生産量は日量1万5000バーレル(紛争勃発前は同38万5000バーレル)、天然ガスは日量1000万立方メートル(同じく3000万立方メートル)、2022年の発電量は毎時19.2キロワットに過ぎない。ホムスの製油所は日量12万バーレル、バーニヤースの製油所は日量12万6000バーレルの製油能力があり、シリア国内の需要では暖房などに使われるマゾートと呼ばれる燃料の7割、ガソリンの9割以上を担うことになっているが、上記の石油の生産量ではそれにも不足する。石油相が述べた石油や天然ガスの生産量はおそらくシリア政府の制圧下にある地域の生産量で、クルド民族主義勢力が占拠するシリア北東部から、民間企業を通じてホムス製油所に日量1万5000バーレルが持ち込まれているそうだ。なお、シリア北東部は同国の石油や天然ガスの主な産地だが、ここで生産される資源の少なからぬ量が、シリア領の一部を占領し各所に基地を設けているアメリカ軍によってイラクに持ち出されている。ともかく、シリア政府にとっては日常生活や経済活動に欠かせない電力や燃料を確保するため、製油所や発電所の修理とそれらを動かす石油や天然ガスの確保が急務なのだ。

 『シャルク・アウサト』紙の報道によると、イランはシリアのエネルギー分野の復興にもうちょっと大局的な戦略(あるいは陰謀)で臨んでいるようだ。この報道によると、シリア領内でのイランの拠点はイラクとの国境付近にあるアブー・カマール市と同市にあるイラクとの国境通過地点、イラクとの国境沿いの地域、沿岸地域、レバノンとの国境地帯に広がっている。ここでイランがホムス製油所、将来はバーニヤースの製油所を復旧することは、そこから上がる利益をシリアやレバノンでの軍事活動を賄うものになる。つまり、イランにとってホムス製油所の修復は、イランからイラクを経由して地中海へと延びる政治・経済的影響力拡大を補完するものと位置付けられている。この報道によるとイランは自国産の原油の精製をキューバ、ニカラグア、南アフリカ、アジア諸国でも行っているが、ホムス、将来はバーニヤースでもこれを行うことができれば、シリアに燃料を供給するだけでなくレバノンを経由した「国際的な対イラン制裁逃れ」の経路としても利用可能になるそうだ。

 もっとも、『シャルク・アウサト』紙やその情報源が恐れるような規模や速度でイランがシリアのエネルギー部門を掌握する力があるかには疑問も残る。なぜなら、同国自身が厳しい国際的封鎖にさらされ、十分な資本も先進的な技術も持っていないからだ。シリアでも、イランはロシアと同時期に地中海に面するラタキア港の開発に関する長期契約を獲得したのだが、こちらもロシアの事業と同様にほとんど進捗していない。結局のところ、シリア紛争は軍事面だけでなく、経済と外交の場でもシリア人民の安寧を顧みない諸当事者間の争いとして継続しているということだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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