2977人が殺害された9.11から20年 テロはアメリカの警察をどう変えたか、予測型警察とは何か
1976年、アメリカ建国200年のとき、私は初めてニューヨークの世界貿易センター・ツインタワービルに昇った。まさかこのマンハッタンのシンボルがいずれ崩壊することになるとは夢にも思わなかった。
しかし20年前、アメリカ同時多発テロ事件が起き、もはやその雄姿を見ることはできない。
戦争と犯罪の一体化
テロが起きた日、私はイギリスにいた。テロ直後、犯罪対策のヒアリングにイギリス内務省やロンドン警視庁を訪れたが、会う人会う人が、異口同音に「大変なことになった」と緊張感をにじませていた。
戦争と犯罪が未分化だった古代以来、再び戦争と犯罪が大きく重なるようになるのでは・・・。犯罪対策の関係者の危機感を肌で感じ、そんな思いがよぎった。
日本では、戦争やテロは国際政治の視点から語られることがほとんどだが、それだけでは不十分だ。戦争の本質は、食料や資源を奪うための強盗殺人や詐欺である。
昔と今の違いは、戦争の主体が小集団(部族)か大集団(国家)か、戦場が狭範囲(地点)か広範囲(地域)か、ということぐらいだ。そう考えると、テロは、戦争の先祖返り、あるいは原点回帰と言えるかもしれない。
9.11テロの標的になった世界貿易センタービルを設計したのは、日系アメリカ人のミノル・ヤマサキ。奇しくも、ヤマサキのもう一つの代表作であるセントルイスのプルーイット・アイゴー団地は、防犯設計に失敗して犯罪の巣と化したため、1972年に爆破解体されていた。つまり、ヤマサキの代表作は、どちらも犯罪が原因で姿を消したのだ。
検挙から抑止へ
このテロ事件によって、アメリカの警察は「予測型警察活動」へと大きく舵を切った。「先んずれば人を制す」「予測なくして予防なし」という立場から、未来の犯罪を予測しようというわけだ。要するに、「クライシス・マネジメントからリスク・マネジメントへ」というパラダイム・シフト(発想の転換)である。
「クライシスとリスクの違い」についての記事はこちら。
ただし、犯罪を予知しようというわけではない。予知と予測は別物である。予知は、絶対確実に起こると断定するが、予測は、高い確率で起こると推測するだけである。前もって「知る」ことと、前もって「測る」ことでは、大きな違いがあるのだ。
予測の精度を上げるには、連鎖のパターンをたどる必要がある。そのため、アメリカ警察は、犯罪データ、とりわけ監視カメラの画像データの集積に取り組んだ。
実は、テロ事件当時、アメリカでは監視カメラはほとんど設置されていなかった。すでに監視カメラ網が整備されていたイギリスとは極めて対照的だ。マンハッタンでも、設置されている監視カメラは1台と言われていた。
マンパワーからテクノロジーへ
ニューヨークでは、「割れ窓理論」に基づく「ビッド」(BID: Business Improvement District)が脚光を浴びていた。日本では、「ビジネス改善地区」とか「ビジネス再開発地区」などと訳されている「まちづくり組織」だ。
確かに、当初テロと疑われたニューヨーク大停電(2003年)のときも、「ビッド」の警備員が活躍していた。
しかしその後、アメリカでも、監視カメラ網の整備が急速に進んだ。今では、そのネットワークにドローンも加わっている。
収集したデータは、十分に使いこなされて、初めて予測の精度は高まる。そうした視点から、「予測型警察活動」の中心に「インテリジェンス主導型警察活動」が置かれるようになった。それは、集積したデータを戦略・戦術に直結する知識として編集することである。「ビッグデータからスマートデータへ」「インフォメーションからインテリジェンスへ」などと呼ばれている作業だ。
テネシー州のメンフィス市警察の予測システムがその先駆けである。2005年に開始された。メンフィス市警の犯罪分析課と、メンフィス大学のリチャード・ヤニコウスキー准教授とのパートナーシップの下で開発されたという。
そこではまず、日時、場所、手口、天候といった犯罪発生に関するデータ、そして住所、職業、顔色、髪形、声質といった犯罪者に関するデータなどをコンピュータに入力する。
次に、統計解析と地理情報システム(GIS)のソフトウェアを実行して、犯罪のパターンとトレンドを抽出し、急性のホットスポット(犯罪多発地点)、慢性のホットスポット、潜在的なホットスポット、トラブルの火種などを特定する。
このようにして、いつどこでどのような犯罪が起きるかを予測できれば、警察官の効率的で適正な配置が可能になる。それに伴い、犯罪を未然に防いだり、犯罪者を現行犯逮捕したりする確率も高まる。
捜査型カメラから予測型カメラへ
こうした「予測型警察活動」を徹底するのなら、監視カメラの役割も、「捜査のためのカメラ」から、「犯罪予測のためのカメラ」へとアップグレードする必要がある。それを可能にするのが、「ディフェンダーX」というソフトウェアだ。
緊張したときに生理的に起こる顔面皮膚の微振動を解析して、その人の現在の緊張度を測定しようというもので、生理学的には、ポリグラフ(俗称「うそ発見器」)や、離れていても心拍と呼吸を感知できるドップラーセンサー(電波センサー)に近い反応測定装置である。
「ディフェンダーX」は「顔認証ソフトウェア」とは大きく異なる。顔認証ソフトでは、登録データとの照合が不可欠なので、要注意人物の顔の画像データベースをあらかじめ準備する必要があるが、「ディフェンダーX」では、顔の画像データベースは必要ない。あくまでも、「今ここ」での緊張状態を見るにすぎないからだ。
アフガニスタンでは、実権を握ったタリバンが、米軍協力者の画像データベースを押収した可能性があると米国メディアが伝えた。画像データの収集は、諸刃の剣なのだ。
画像データベースを構築することなく、犯罪企図者の早期発見を目指す「ディフェンダーX」ソフトの、アメリカの監視カメラへの搭載が図られている。
悲惨な事件を繰り返してはならない
良くも悪くも、アメリカ警察の背景には同時多発テロがある。
バージニア州クワンティコにある、世界最高峰と言われる警察研修施設「FBIアカデミー」に行くと、9.11記念碑が「悲劇を繰り返すな」と語りかけてくる。そこには、テロの被害に遭った世界貿易センター、ペンタゴン(国防総省)、ユナイテッド航空93便の残骸も生々しく展示されている。
日本も、9.11を対岸の火事とせず、リスク・マネジメント重視の姿勢を学ぶべきではないだろうか。