東京都のコロナ対策サイトに学ぶ、オープンデータな情報開示のあるべき姿
先週公開された東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトが、ネットで大きな注目を集めています。
参考:東京都の新型コロナ対策サイト、GitHubでコード公開 修正提案受け付け
このサイトが公開されたのは、一週間前の3月4日水曜日のこと。
自治体が開設したサイトとは思えない見やすいデザインに加え、GitHubというソフトウェア開発のプラットフォーム上でソースコードを公開して、誰でも自由に利用することができると宣言したことが、大きな話題を呼びました。
しかも千週末の8日には、台湾の天才IT大臣とも呼ばれているオードリー氏が、このソースの一部を自ら修正したことが発見され、さらなる注目を集める結果に。
参考:東京都のコロナ対策サイト、台湾の“天才IT大臣”も改善に参加 オープンソースの取り組み、「胸アツ展開」と話題
さらに3月9日には、このソースコードを活用し、民間の有志によって北海道のまとめサイトが公開。
参考:都のコード活用、北海道の新型コロナ情報まとめサイト公開 「ものすごいスピード感で」有志が開発
つづいて、昨日3月11日には、神奈川県がこの東京都のコードを活用して神奈川県新型コロナウイルス感染症対策サイトを公開。
参考:神奈川県「新型コロナウイルス感染症対策サイト」を開設します
新型コロナウイルスに負けない勢いで、東京都の取り組みが次々に拡がりを見せているのです。
■不可能を可能にした東京都のソースコード公開
一般の方からすると、なかなか、この出来事のどこがそんなに凄いのか、ピンと来ないかもしれませんので、簡単に説明しておきましょう。
通常でいうと、自治体や行政が新しいウェブサイトをオープンするには、恐ろしく時間もお金もかかるケースが普通です。
サイトの企画をし、複数の業者に見積もりを取り、決裁を取り、制作に入り、複数の部署に確認をし、修正をし、また確認をして、こうした作業が縦割りの組織の中で行われると、出し戻しも多いですし、時間が非常にかかります。
しかも普通は、こうしたサイトは自治体毎に別の制作会社に開発を依頼することになるため、自治体の数だけバラバラにサイトが制作されてしまうわけです。
分かりやすい例として、厚生労働省の発表資料を見てみてください。
参考:新型コロナウイルスに関連した患者等の発生について(458~503例目)
上記のページの下部に掲載されている自治体毎の発表資料をいくつかクリックしていただくと、感染者の発表という1ページものの資料にもかかわらず、自治体毎に全くバラバラの書式であることが分かって頂けるかと思います。
こうしたバラバラの書式の情報を集約する担当者の作業を想像するだけで、うんざりしたり、同情を感じてしまう人も少なくないのではないでしょうか。
新型コロナウイルスの問題が日本でも深刻になってから、もう1ヶ月は経っている段階にもかかわらず、1ページものの発表資料ですら足並みを揃えられないわけです。
普通に考えたら今回の東京都の対策サイトのようなレベルの、自動でデータからページが更新される高度なウェブサイトを、複数の自治体が一週間も経たないうちに同じクオリティで新規に開設することなど、普通ではありえないわけです。
もちろん、自治体には文字通り「自治」が認められているため、自治体毎に特色を出すための努力をするのは必要なことではあると思います。
ただ、今回のような全国で足並みを揃えてウイルスと戦うべき状況では、それぞれの自治体独自の努力が、全体で見るとバラバラで無駄な動きが多く見えるという結果を生んでしまう構造にあるわけです。
■東京都が主導するオープンデータ
それが今回は、東京都がお手本となる見事なまとめサイトを開発し、そのコードを無料で自由に使ってよいと、日本中に、いや正確には世界中に公開しました。
特に今回のコードはMITライセンスという、ライセンスの全文掲載と著作権表示さえすれば、無料で自由に使うことができるというライセンスで公開されているのがポイント。
その結果、各自治体や民間の有志が、東京都が開発したコードを活用することで、非常に低コストで迅速に東京都クオリティの情報まとめサイトを作成することができるようになったわけです。
冒頭のツイートで再利用を全国に促している宮坂さんは、現在は東京都の副知事として働いておられますが、もともとはヤフーのPCからスマホへの爆速改革をリードしていた方です。
私は、宮坂さんが副知事になられてから1度だけお会いする機会をいただきましたが、その際に東京都が持っているデータや技術をいかに全国で使ってもらうかというのを、目を輝かしてお話しされていたのをよく覚えています。
実は、東京都は宮坂さんが副知事に就任する前から、オープンデータに取り組んでいるのです。
こうした地道な取り組みを東京都の担当の方々が、長いこと行ってきたからこそ、東京都の対策サイトには単純な感染者数や検査数だけでなく、地下鉄の利用者数の推移などのデータも掲載することができているわけです。
今回の対策サイトは、東京都の中の方々の努力と、IT業界の経験豊富な宮坂副知事の融合による取り組みの一つということなのだと思いますし、だからこそ文字通り「爆速」で、このサイトの取り組みが全国に拡がりを見せている気もします。
ひょっとしたら東京都民の方の中には、せっかく東京都がお金をかけて開発したものを、無料で世界に公開したらもったいないじゃないか、と考える人もおられるかもしれません。
もちろん、東京都のお金というのはそもそもは東京都に住んでいる方々や東京都を拠点にする企業の税金が中心ですので、それによって作られたものは東京都民だけで使うべきという考え方はあるかもしれません。
ただ、各自治体が自らが開発したシステムやウェブサイトをこうやってオープンソースで共有すれば、自治体同士お互いに無駄な税金を同じようなシステムを開発するのに重複して使うことなく、スピーディーに開発することができるわけです。
これこそが、オープンデータやオープンガバメントという、ネットで人々がつながるからこそ実現できる新しいアプローチということができるでしょう。
ちなみに、今回このサイト開発が、このスピード感で実現できたのは、一つには9年前の震災がきっかけになっているようです。
参考:話題の新型コロナ対策サイト誕生のきっかけは東日本大震災 9年で進化した行政とテクノロジーのコラボ
奇しくもこの記事を書いているのは、東日本大震災からちょうど9年のタイミングになりますが、あの年からオープンデータという機運が日本でも高まり、9年経った今、こうして新たな取り組みにつながっていると考えると、胸にこみ上げるものを感じてしまうのは私だけではないはずです。
■日本のオープンデータはまだまだこれから
ただ、こうしたネット的なボトムアップの情報開示のアプローチには、従来のトップダウン型の情報発信に慣れている世代の方からは、今でも大きな反発もあることが容易に想像されます。
インターネット以前の自治体や行政の情報開示の姿勢というのは、基本的に何を発表するべきかを決めて、加工し、編集してから公開するのが普通です。
我々国民は情報にアクセスできず専門知識もない一般人ですから、今回のような非常事態ではパニックを起こさないように、余計なトラブルを起こさないように、開示する情報は慎重に選択してから公開する必要がある、と考えるわけです。
例えば、新型コロナウイルスの感染者について、名古屋市は死者の年代や性別について、公開しない姿勢を貫いています。
参考:「年齢等の公表は意味がない」新型コロナ感染者81人の名古屋市 不安な市民に“雑な発信” 姿勢問われる
記事を読む限り、名古屋市は独自に開示する情報を絞るという判断をしているようです。
ただ、こうした情報を出し渋る姿勢は、一方で死亡した人が若いから隠しているのかも、という憶測を呼び、記事にあるような住民の不安を煽る結果にもなりかねないわけです。
また、海外メディアやデータ分析の専門家も疑問の声を投げかけているのが、厚労省が発表している国内におけるPCR検査数の推移です。
東洋経済が作成している新型コロナウイルスの新規のPCR検査数の推移を見ると、平常時は数百件しか実施されていない検査が、なぜか3月4日だけ不自然に4000件近く突き出ています。
3月4日は水曜日ですし、普通に考えたらこの日だけ異常に跳ね上がるのは明らかに不自然で、集計作業が担当者や自治体によって滞っていたり、別の日の検査がこの日にまとめて集計されてしまっている可能性を疑ってしまう人は少なくないでしょう。
数字を集約している現場でも当然、同様の議論はされているはずで、少なくとも何かしらの説明が欲しいところです。
(追記:3月4日の数値は厚生労働省が公表数字に含める範囲を広げたためということは、上記サイトでも「よくあるご質問」に明記されています。ただ、本来ならその数値も、それぞれ、いつの検査かというデータがあれば、このようなおかしなグラフを作らなくて済むというのが本記事の趣旨です。)
もちろん、これは外から見た印象論でしかなく、実際になぜこの厚労省の発表する数値が、このような不思議なデータになってしまうのかは内部の方々にしか分かりません。
ただ、データを公開する際に何らかの意思や加工を加えてしまうと、今の時代はこうやって矛盾が可視化されてしまい、全ての情報を信じてもらえなくなってしまうリスクがあります。
それを元に不信感を持ったメディアの報道に、後から一つ一つ反論したところで、根本的な不信感の問題は解消できないわけです。
参考:厚労省、今度はCNNと中央日報を“名指し“批判。検閲に繋がりかねないとの危惧も。
こうした一つ一つの事例を見ても、まだまだ日本の行政全体としてはオープンデータ自体に向けて舵を切れていないことは、残念ながら明白だと言えるでしょう。
■私たちは、お互いの人間を「信頼」できるか
おそらく、今後ポイントになるのは「信頼」です。
私たちが、情報開示を積極的にしてくれない名古屋市や厚労省に対して少なからず不信感を抱いてしまうのと同様に、おそらくは名古屋市や厚労省で今回の情報開示の判断をされている方々は、私たち国民が情報を正しく受け止められないのではないか、メディアが大袈裟に報道するのではないか、その結果パニックを招いたりトラブルを引き起こしてしまうのではないか、という不信感を抱いているのではないかと想像されます。
政府がトイレットペーパーは足りているから、買い占めは控えるように報道発表しても、足りているといっていたマスクが足りない現実から、人々は政府を信頼できず、トイレットペーパーの買い占めに走ってしまう現実があります。
逆に、その現実を見た政府や厚労省の中の人々が、やはり国民に情報を全てオープンにするとパニックになるから、情報はコントロールして開示しようと考えてしまっている可能性も否定できません。
新型コロナウイルスが引き起こしている最大の病は、実は、人々の間に蔓延する「不信感」なのかもしれないのです。
ただ、東京都の中の方々が、テクノロジーやエンジニアの力を信じて公開した新型コロナ対策サイトは、その「信頼」に多くのエンジニアや自治体、そして海を越えた台湾のIT大臣までが答える形で、拡がりを見せてくれています。
私たちは、この東京都の対策サイトのアプローチをお手本にするべきでしょう。
そもそも、私たちの敵は、人類にとっての未知の敵である新型コロナウイルスですし、人間同士がお互いを信じられないのは不幸でしかないはずで。
私たちは、今こそ自治体や行政の中の人を信じて、一丸となって未知の敵に立ち向かわないといけないはず。
情報の出し渋りで不信感を煽ってしまうのは本当にもったいない行為だと思いますので、是非、東京都以外の自治体の方々、行政の方々にも、市民や国民を信じて、オープンデータな情報開示を期待したいと思います。