「私たちを忘れないで!」 コロナ禍に旅館若旦那からお客さんに贈られた「1本の温泉ペットボトル」
温泉旅館にとって大切な稼ぎ時であるGWだというのに、昨年同様に厳しい状況になった。取材でお世話になっている観光地や温泉地、旅館の皆さんの顔を思い浮かべていると、長野県戸倉上山田温泉「亀清旅館」の若旦那、タイラー・リンチさんから1本のペットボトルが届いた。
タイラーさんは、アメリカのシアトル出身。亀清旅館のお嬢さんと結婚し、旅館を継いだ“青い目をした若旦那”として、つとに知られている。
戸倉上山田温泉の26の旅館が協力して行う「Remember湯(リメンバーユー)」に、タイラーさんも名を連ねている。「お客様が動けない状態で、何が出来るかと考えたら、『お客さんが温泉に来られなかったら、逆に温泉をお届けしよう!』と思い付きました。私たちを思い出して頂ける様に、温泉のお湯をペットボトルに入れて送りました」(タイラーさん)。ペットボトルが入った箱には、温泉分析表や戸倉上山田温泉の地図と「Remember湯(リメンバーユー)」企画の説明文もある。ペットボトルには「浴用のみ」「飲泉不可」とラベルが貼られてある。
すると、お客さんから返事が届いた。
「ご無沙汰しています。皆様 お変わりございませんか? 私達は元気で過ごしております。この度は 温泉のお湯をお送りいただきありがとうございました。なんだかとても懐かしく そしてものすごーく嬉しいです。本当に本当にありがとうございました。
昨年の暮れに、行こうと言ってたんですが、コロナがなかなか終息せず、いつになったら大手を振って行けるやら。でもこうしてお湯を送ってくださり あーこうして遠方の人とも繋がっていられると思いました。近いうちに行けるよう願っています。
どうぞ皆様も この先も元気でお過ごしください」
タイラーさんは、
「泣きそうになるくらい嬉しかったです。動けるようになったら、戸倉上山田温泉にお越しいただきたいですね」と、感激の様子。
基本的に温泉旅館を営む、もしくはそこで働く人たちは、お客さんとの交流を仕事の原動力にする、人が好きなタイプが多い。こうしたお客さんとの繋がりを支えに、苦しい時を乗り越えてほしいと、私は心から願っている。
タイラーさんが願いを込めた手作りの「百年風呂」
アメリカで生まれ育ったタイラーさんが旅館の若旦那になったその心情を訊くと、「妻の実家である亀清旅館の跡継がいないと聞いたので、『日本の温泉文化を担いたい』と、全く悩みませんでした」と、その想いは熱い。
もともと無類の温泉好きだったが、特に「アウトドアバス(露天風呂)が好き」という。
温泉や亀清旅館がこれから100年後も続いていくことを願い、手作りの露天岩風呂「百年風呂」を作った。最初の「百年風呂」は、タイラーさん自身が寛げるサイズの露天風呂ということで、小柄な日本人には若干、湯船が深かった。それもご愛嬌だったが、2年前に百年風呂を移築し、「日本人が寛げる湯船の深さにしました」と、タイラーさん。
感染が拡大した4月の宿泊客は、例年の3割程度という亀清旅館。コロナ感染予防対策について訊ねると、「部屋食の提供、貸切風呂の無料提供など、とにかく密にならない安全な環境を心がけています。ずっと家に閉じ籠るのは、精神的に良くないです。温泉宿で寛ぐのも大事です。宿は静かですから、リラックスできます」と話す。
コロナ感染状況が少し落ち着いたら、私もタイラーさんに会いに戸倉上山田温泉を再訪したい。