「華やかさでは岸(恵子)さん、八千草薫さんは落ち着いたお姉さん」 温泉女将が語る名画の撮影秘話
スターたちが湯沢にやってきた
昭和三十年代といえば、日本映画の黄金期。
大手映画会社五社が毎週のように新作映画を封切り、観客が詰めかけた。
そんな娯楽の王様である映画の撮影が湯沢で行われたのだから、大騒ぎになる。
映画「雪国」の撮影が行われた昭和三十一年秋から昭和三十二年初頭は、「高半」の高橋はるみ女将は 十歳(小学校四年生)だった。
「撮影中、高半の玄関はいつも周辺の住民でいっぱいでした。だって、見たことのないよ うな華やかな人たちがやって来ましたからね。みんな、スターを一目見たくて、いつも誰かしらがうろうろしていたわ。 池部さんはかっこいいお兄ちゃん。岸惠子さんがダントツに綺麗。ここらの芸者を演じるには上品すぎる女優さんだなぁって子どもながらに思ったことを覚えています。 華やかさでは岸さん、八千草さんは落ち着いていてお姉さんのようでした」
池部良は東京から雪深い里を訪ねてきた主人公の島村役。岸惠子は芸者・駒子役。八千 草薫は駒子の知り合い・葉子役で、病床に臥している、駒子の婚約者の面倒を見ていた。 かいがいしくいじらしい葉子が印象的だが、八千草薫の素顔はどんなものだったのだろう。
「撮影に入る前に、衣装用に十日町の織物会社の滝文さんが、いくつも反物を持ってきて、 出演者が好みの柄を選びました。八千草さんはずいぶん後になって、選んだ柄の着物を着て『私の大好きな着物』と、女性誌のインタビューで答えていました。本当にお気に召していたんですね」
その着物は、全面に越後らしい絣模様が入っている。華奢な八千草薫が着ると、大きな 模様が目に留まるし、なんだか八千草薫の存在感が増すようだ。
ちなみに令和元(二〇一九)年に刊行された八千草薫の著書『まあまあふうふう。』には、普段着はもちろんのこと、ちょっとした取材やテレビ出演の際も洋服は自分で選ぶ。 芝居の時もいったん用意された衣装を着るが、役に沿わないと感じると意見する、とある。
「服はただ着飾って見せるためのものだけではなくて、その人自身、私自身を表すもので すから。/だからこそ、自分の好きなもの─いいなと思うものを大事に着たいのです」と いう彼女の言葉を裏付けるような数枚の写真を、はるみ女将から見せてもらった。
撮影の合間に撮られた写真だろうか、実に リラックスして、どこ かいたずらっ子のよう な笑みを浮かべている。 ジャケットと黒いパン ツにスニーカー(運動靴)という姿は実にス ポーティー。活発な様子が窺える。
『まあまあふうふう。』 には「私は山登りが、にかく好き。山が好きなの です」と書かれているが、まさにこれから越後の山に入るかのような装い。楚々としたイメージがあるが、実際は闊達な人なのだろう。
※この記事は2024年6月5日発売された自著『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』から抜粋し転載しています。