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東京の水道原水から有機フッ素化合物 地下水汚染は時空を超える

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
東京多摩地区にあるワサビ田。清浄な地下水があればこそ(著者撮影)

有害な残留性有機汚染物質

 東京・多摩地区にある一部の浄水所の水道水、米軍横田基地(東京都福生市など)周辺の東京都の観測用井戸から、有機フッ素化合物が検出されたと朝日新聞が伝えている。

「東京・多摩の水道で高濃度有害物質 井戸のくみ上げ停止」(朝日新聞デジタル)

「横田基地近くの井戸から有害物質 米の飲用水基準19倍」(朝日新聞デジタル)

 検出されたのは、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS/ピーフォス)とペルフルオロオクタン酸(PFOA/ピーフォア)という物質で、いずれも有機フッ素化合物だ。

 PFOS(ピーフォス)は残留性有機汚染物質について定められた「ストックホルム条約」で国際的に製造・使用が制限されている。

 PFOA(ピーフォア)はWHO(世界保健機関)の外部機関が、発がん性の恐れがある物質に指定し、主要な化学メーカーは既に自主的に使用を廃止している。

 フッ素およびその化合物の人体の影響としては、一般的に、斑状歯、骨硬化症、甲状腺・腎障害などが懸念されている。しかしながら、極めて安定的な物質であるため、環境中でほとんど分解されず、いまのところ水中のフッ素イオンを90%以上の除去率で除去するためには、イオン交換樹脂か逆浸透膜を用いるしかない。

 東京都の多摩地区の自治体には水道水の原水に地下水を利用しているところがある。東京都の調査によるPFOS(ピーフォス)、PFOA(ピーフォア)の検出値は健康に影響が出ることは考えにくいが、市民の不安を払拭するためにも、きちんとした調査を行うべきだ。

 PFOS(ピーフォス)、PFOA(ピーフォア)は、これまで米軍の嘉手納基地(沖縄市、嘉手納町、北谷町)や普天間飛行場(宜野湾市)周辺の河川や地下水、わき水でも検出されてきた。だが、米軍基地内の土壌の検査ができない、情報が公開されないことから、因果関係は特定できていない。

 東京の水道原水から検出された有機フッ素化合物の汚染源がどこなのかもわかっていないが、汚染源を特定し、汚染土壌の除去などの措置を講じなければ、汚染は広がるだろう。

 これまでも東京都では観測用の井戸を設置し、水量や水質を定期的に検査してきた。

 東京都平成30年地下水概況調査

 環境省は地下水の水質調査を強化する方針であり、厚生労働省はPFOS(ピーフォス)、PFOA(ピーフォア)を水道水の水質検査の項目に加えることを検討しているという。

 しかし、井戸の水質を検査するだけでは、現状は把握できても、具体的な対策を明確にするのはむずかしいだろう。

地下水は自治体の境を超えて流れる

 米軍基地内の土壌や地下水の検査ができない、情報が公開されないという大きな問題はあるものの、そもそも地下水盆全体のマネジメントを行ってこなかったという課題がある。

 まず、既存の井戸データを組み合わせ、おおまかに地下水の流動を把握する必要があるだろう。

 地下水の流動を明らかにする方法は主に3つある。

1)既存の井戸やピエゾメーターを用いて、地下水のポテンシャル分布を直接観測する

2)安定同位体、水温、水質などを追跡して地下水の流れを推定する方法

3)数値シミュレーションによって地下水の流動方程式を境界値問題として解き、地下水のポテンシャル分布を得る

 これらの方法を併用し、結果を相互にクロスチェックすることにより、正確な地下水の流動を把握することができる。

 東京都の自治体のなかには地下水の流動調査を行っているところもある。

 なかでも水道水の全量を地下水でまかなう昭島市は、市は2002年から2003年かけて、地下水の分布や流れの本格的な調査を実施した。その結果、市内で利用している地下水は、浅い地層の水と深い地層の水に分けられることがわかっている。

 浅い地層を流れる地下水は北西から南東に向かって流れている。昭島市内には浅い井戸からくみ上げた水を使う、蕎麦屋さんもある。

 一方、深い層の地下水は、それとはまったく逆に南から北へと流れている。昭島市の水道水はこちらの水を使っている。

 だから、蕎麦屋さんの水と昭島市の水道水は味が違う。

 地下水は「地面の下にたまった湖のようなもの」と考える人がいるが、そうではない。地下水は地面の下を流れている。浅い層を流れる地下水もあれば、深い層を流れる地下水もある。

 立体的な流れは複雑に絡み合っているので一言でいうのは難しいが、大きな傾向として昭島の地下には南からの水の流れ、北西からの水の流れが重なり合い、それがこの土地の地下水の豊かさにつながっている。

 もちろん市域だけに止まるわけではない。地下水の流れの上流部で大量にくみ上げられれば地下水は減るし、上流の土壌が汚染されれば流れてくる水は汚染される。

 今回汚染物質が検出された横田基地周辺の井戸は、昭島市の北西方向にある。地下水の流れだけを考えれば昭島市の方向に向かうことになるから、水質調査はきちんと行うべきだ。地下水がどこをどのように流れるかということと、地下水汚染には重要な関係がある。

 地下水は地表水に比べて賦存量が多く、安定した水源であるが、地表からの汚染物質の侵入に対しては極めて弱い。浅い所を流れる地下水は土壌汚染の影響を受けやすいが、対策すれば回復も早い。深い所を流れる地下水は土壌汚染の影響を受けにくいが、ひとたび汚染されると回復はむずかしい。

なぜ現在使用禁止の物質が地下水から検出されるのか

 また地下水の流れる速度も把握できる。代表的な方法は、水温、安定同位体、放射性同位体、不活性ガスなどを追跡することである。ある観測ポイントで地下水の温度や水質を常時測定しおき、その上流部に温度や水質の著しく異なる水を浸透させ、異なる水が観測ポイントまで到達する時間を計る方法だ。

 こうすることで地下水の源となる雨が、地下水面まで到達し、そこから帯水層を流れて、ある時点に到達するまでの時間を把握することができる。

 地下水は「ゆっくり流れる」というイメージがあるが、実際には、地質条件や地下水の量によって変わる。日本は降水量が多く、地形が急勾配であるため、相対的に地下水の流速も早い。

 こうすることで、あるポイントで発生した土壌汚染が、どのように地下水に影響を与えるのかがわかる。汚染物質がどのように地下を流れていくか、その速度はどのくらいかがわかる。

 PFOS(ピーフォス)、PFOA(ピーフォア)は現在は使用が禁止されているが、地下水の流れる速度から逆算すれば、土壌汚染がはじまった時期がおおまかにわかる。

 熊本市では近年、水道水の原水となる地下水のなかに、硝酸・亜硝酸性窒素が増加したことが問題になっている。

 地下水の流動や速度を解析したところ、熊本市の北東にある別の自治体の農地で過剰に用いた窒素肥料や畜産の排水が地下水に影響を与えたことがわかった。さらにそれが20数年前のものであることも推定できた。

熊本地域での地下水の流動(くまもと地下水財団WEBサイトより)
熊本地域での地下水の流動(くまもと地下水財団WEBサイトより)

 整理すると、1990年代に合志市で大量の肥料や畜産の排水が農地にまかれた。それが土壌に浸透し、地下の帯水層にたどりつき、帯水層を流れ、熊本市の井戸に到達するまでに20数年かかったことがわかっている。

地下水盆全体での地下水マネジメントが必要

 地下水の問題は点(自分がくみあげる井戸の水量や水質)で考えるべきではない。地下水が時空を超えることを念頭におき、地下水盆の問題として考えるべきだ。

 長野県の安曇野市は、松本盆地のなかに存在する。松本盆地が1つの地下水盆であるため、安曇野市だけに限定せず、松本盆地のなかの地下水の流動の一部として、自市を流れる地下水を考えている。

松本盆地における地下水の流動経路(安曇野市水環境基本計画)
松本盆地における地下水の流動経路(安曇野市水環境基本計画)

 この図を見ると、安曇野市に流れてくる地下水は、同市より北から流れてきており、同市の保全の努力はもちろん必要ではあるが、地下水盆全体の協力が必要であることがわかる。

 東京都も地下水がどこをどのように流れるか、どのくらいのスピードで流れていくかを把握し、それを「見える化」するとよい。

 そのうえで汚染の問題に対処すべきだ。

 地下水の流動を細かく調べていけば、どの地点の土壌汚染がPFOS(ピーフォス)、PFOA(ピーフォア)の原因かはわかる。

 仮に横田基地内に汚染源があるとしよう。このあたりの浅い層の地下水の流動は北西方向から南東方向に向かって流れていると考えられるので、基地の北西側にある井戸と南東側にある井戸の水質を比較することで汚染源を推察できる可能性はある。

 また、地下水の速度から、土壌汚染の時期、今後の拡散も把握できる。

 いずれにせよ調査と情報開示が重要である。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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