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「過労死は自己責任」なのか? ZOZOTOWN田端氏に見られる過労死を繰り返す思想

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 「自殺だから一義的に自己責任なのは当たり前でしょうが」

 今年6月、過労死・過労自死に言及しながら、ZOZOTOWNを運営する株式会社スタートトゥデイのコミュニケーションデザイン室長、田端信太郎氏が自身のtwitterでこうつぶやき、炎上した。

 この発言がシンプルに意味するのは「過労死=自己責任」なので、過労死で誰かが死んでも会社には責任がない、ということだ。ここに日本で毎年、毎年何百人もが過労死しているにもかかわらず、過労死や長時間労働が一向になくならない原因が表されている。

 なぜ過労死がなくならないのか。なぜ長時間労働とパワハラが蔓延し、若者がどんどんうつ病になっていくのか。それは、田端氏の発言が明らかにしているように、従業員がうつ病になろうが過労死しようが、それは労働者の「自己責任」だから関係ない、と日本の経営者の多くが考えているからにほかならない。

 「そんなことはない、ホワイト企業の経営者もいる」という反論もあるだろう。もちろん、残業がなくパワハラもない職場は日本にもある(それはむしろ「当たり前」なのだが…)。ただ、会社側が従業員のことをどう考えているかは、過労死が起こった時の会社の対応を見れば一目瞭然だ。

 残念ながら、ほとんどの会社は国が労災だと認めた後でも、「死んだあなたの夫/妻/息子/娘が悪い」と繰り返し、責任逃れに終止する。

 今回は、過労死が起こったときの会社側の姿勢に注目しながら、なぜ過労死がなくならないのかを考えていきたい。

「24時間365日死ぬまで働け」

 田端氏の発言は一見すると「過激」だが、同じような発言はいろいろな経営者から何回もなされている。

 例えば、一番有名なのは大手居酒屋チェーン・ワタミが従業員に配布している理念集にあった「24時間365日死ぬまで働け」という文言だろう。ワタミという会社では単に働くだけでは不十分で、「24時間365日死ぬまで働」かなくてはならない。

 会社側はあくまで「誤解」と言っているようだが、実際にワタミでは2008年に入社2ヶ月目でまだ26歳だった女性正社員が過労を苦に自死している。

 他にも、ローソンなどの取締役を務めた人材派遣会社社長の奥谷禮子氏は2007年に、「経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒」と発言し、問題になった。

 ちなみに、ZOZO創業者の前澤友作氏は、過労死が自己責任かという問いかけに対して自身のツイッターで「会社の全社員、社長、本人、同僚、上司、部下、家族、友人…同時に全ての人に責任があり…」(2018年6月2日)と述べている。

 田端氏の発言と比較すると一見マイルドだが、実際には過労死の責任が「本人」にもあり、さらに働き過ぎと全く関係のない「家族」や「友人」にもあると主張している点で、前澤氏も田端氏や渡邉美樹氏のような「過労死=自己責任」論と同じ側に立っている。

裁判でも繰り返される「過労死=自己責任」論

 ワタミやZOZOの経営者による「過労死=自己責任」論は、単にSNS上のコメントにとどまらない。このような亡くなった本人や遺族に対する誹謗中傷は、遺族との裁判のなかで全面的に主張される。

 例えば、ワタミの渡邉氏は、労災認定が下りた直後に自身のツイッターで「労災認定の件、大変残念です。…彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません」とつぶやき、国が過労死だと認めたにもかかわらず会社の責任を全面的に否定した。

 亡くなった女性は、連日深夜3時から5時まで働いており、休日はレポート作成やボランティア活動を強制され、月の残業時間は最大で141時間に上るほどの長時間労働に従事していたにもかかわらず、である。

 そして、その後の遺族との裁判でも、会社側が課していた研修の出席やレポート作成、「ボランティア」活動などについても「推奨はしたが、任意だった」、「従業員の成長や自己研鑽のため」と、本人が勝手に休日にレポートを書いただけで労働時間ではない、と主張し続けた。

 参考:東京東部労組ブログ「ワタミ過労死第2回裁判で渡辺美樹氏が初出廷するも遺族と争う構え」

 最終的には会社は和解に応じたものの、今年3月に直接、過労死遺族に対して「週休7日が人間にとって幸せなのか」と国会で発言し、全く反省している様子を見せていない。

 他にも、居酒屋チェーン「日本海庄や」で働いていた24歳の新入社員が2007年に急性心不全で過労死した事件で、会社側は「死亡の原因は動脈硬化の持病や過度の飲酒など自己管理の不十分さにある」と、亡くなるまで月平均100時間の残業をさせていたことを棚上げにし、死亡の原因は会社にはないと繰り返した。

 さらに、私が代表を務めるNPO法人POSSEが支援している過労死事件でも、「ワタミ」や「日本海庄や」の主張をコピペしたような主張を会社側は展開している。この事件は、岩手県奥州市の金属加工会社・サンセイの工場で働いていた当時51歳の男性が、月最大111時間にのぼる長時間労働が原因で過労死したというものだ。

 まず会社側は、従業員が亡くなったにもかかわらず遺族に対して労災や補償どころかお悔やみの言葉も含めて一切の説明をしていない。そして、遺族の労災申請に関しては、「弊社としてはご指摘のあったような勤務状況にはなかった」、「(亡くなったのは)生活習慣または年齢的な部分もあった」と申請書類への押印を拒否した。

 その後の、裁判の中でも亡くなる直前1ヶ月は70時間12分、2ヶ月前は105時間47分、3ヶ月前は90時間22分に渡る残業(これでも過小だが)を会社自身が認めつつも「長期間にわたって長時間に及んでいたとまでは言えない」と責任を否定。現在も裁判で争っている最中だ。

 参考:「過労死」はどのように明るみにでるのか? 遺族が裁判を起こすまで

本人や遺族の責任にすれば会社は「勝ち」

 なぜ会社はこのような支離滅裂な主張を繰り返すのだろうか。そこには2つの理由がある。

 1つ目は、とにかく会社の責任をそらすという点だ。国が定める月80時間という過労死ラインを超えて働かせていたことが事実であっても、本人に高血圧などの持病があったり、仕事以外の悩みがあったりすれば、それを理由に「くも膜下出血の原因は持病の高血圧だ」とか「うつ病になった理由は恋人と別れたからだ」と主張できる。

 そうすれば、最終的な賠償額が減額される可能性がある。できるだけ遺族に対する補償額を減らすために、「事実」どのようなものであっても、とにかくあら捜しを続ける。

 2つ目は、遺族をも「うつ」に追いやって裁判を諦めさせるためだ。よく勘違いされることだが、「過労死かもしれない」と思ったとしても国が勝手に調査をしてくれるわけではない。そう思った遺族が労働基準監督署に労災申請をして初めて行政が動くのだ。

 また、補償についても「申し訳ありませんでした。いくらで和解したいと思います」と会社からアプローチがあるとすれば、よほどのまともな企業だろう。遺族が会社に対して民事訴訟を提起しなければ、多くの場合、謝罪も補償も引き出せない。

 ということは、会社側からしてみれば、遺族の声を封じて訴えさせなければいい。そのために証拠を隠すのは序の口で、誹謗中傷を繰り返すことで精神的なダメージを与えて「もう続けられない」と思わせることが企図される場合もある。

 そうした悪辣な戦略が成功すれば、過労死の責任はすべてが闇に葬られる。過労死するまで働かせた「利益」はすべて会社が回収しているのだから、究極のフリーライダー(タダ乗り)と言えるだろう。

逃げ得を許さないためにも、社会的な監視と遺族の支援が必要

 なぜこのようなひどい仕打ちを会社側は遺族に対して行うのだろうか。それは、過労死を引き起こすような会社にとっては、従業員の命や健康よりも、利益のほうが重要だからに他ならない。超長時間を命じて残業代を支払わなければ、大きな利益を上げることができる。

 その過程で、うつ病が蔓延して退職者が増えて、過労死が起こっても仕方がない。むしろそこで責任を認めて、数千万、時には億単位になる補償を支払うのは「損」だから、その際は徹底的に隠蔽工作を図り、遺族を攻撃して諦めさせる… これが残念ながら過労死を繰り返す企業のスタンダードになってしまっている。

 だから、大抵の企業で過労死が一件発覚すると、その背後には何件もの過労死があったことが明るみにでるといったことが、繰り返されるのだ。

 誰かが死んでも新しい人を雇えばいい、何が何でも責任を認めないという一部の企業の姿勢が、日本で過労死が蔓延する最大の原因だと言っていい。これが変わらない限り、日本の労働環境は良くならないだろう。

 では、どうすればいいか。一番重要なのは過労死を放っておかないことだ。自分が働いている職場の誰かが突然亡くなったと耳にしたことはないだろうか。

 多くの場合でそれは単なる「病死」や「自死」として処理されてしまう。遺族が声を上げなければ「勝手に死んだ」となってしまうし、ほとんどの遺族は職場に行ったことすらないのだから会社で何があったかなど知る由もない(死亡直後は、過労死の可能性があるかすら判断できない人がほとんどだ)。

 そこで元同僚が遺族に一言「過労死かもしれない」「職場に問題があった」と声をかけてあげるだけでもその後の展開が全く変わってくる

 また、過労死遺族に対する支援はまだまだ不足している。そもそも労災制度を知らない遺族は多いが、制度を知っていても長時間労働やハラスメントがあったという証拠をある程度集める必要がある。さらに裁判となれば、長ければ10年くらいかかることがある裁判をやり抜くためにもサポートが何よりも大切になる。

 私たちのような労働NPOや労働組合、また労働者側の弁護士などは、会社との交渉や裁判を進めるにあたって支援活動を続けている。

 「過労死は自己責任」。これは単なるスローガンにとどまらず、現実社会での権利行使を侵害する暴力的なフレーズである。こういった会社側の「逃げ得」を防ぐためにも、社会的に遺族を支援していくことが何よりも重要だ。

過労死被害者を支援する団体

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。また、過労死・自死事件の支援も行っています。

全国過労死を考える家族の会

*過労死等で家族を亡くされた方々の団体です。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。過労死を含む労働災害についても交渉しています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

過労死弁護団全国連絡協議会

03-3813-6999

*全国の過労死問題に取り組む弁護士が結成した弁護士の団体です

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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