「過労死」はどのように明るみにでるのか? 遺族が裁判を起こすまで
安倍首相が「働き方改革」の実行を推し進めるなかで、長時間労働やパワハラが原因の過労死・過労自死は一向に減っていない。今年だけでもNHKやヤマト運輸、新国立競技場建設現場での過労死が明らかになっており、過去にも電通やワタミ、トヨタ自動車など誰もが知っている有名企業での過労死が発生したことが明らかになっている。
だが、そもそも日本には過労で亡くなった人全員をカウントする統計が存在せず、過労死を引き起こした企業名が公的に公表されることもない。それ以前に、過労死企業を行政が自ら取り締まることはない。
つまり、私たちが報道で知ることができるのは、氷山の一角に過ぎず、多くの過労死は問題にもならず、被害者は何らの救済も受けずに埋もれているのである。
そんな中で、私が代表を務めるNPO法人POSSEは、父親を過労死で亡くした遺族の大学生のA君を支援している。彼は、父親を死に追いやった会社の責任を追及するために、自ら提訴した。
今回は、この事件を紹介しながら「過労死」が世の中に告発されるまでの実態について考えたい。
遺族が申請して初めて「過労死」とカウントされる
事例の紹介に入る前に、「過労死」の実態について簡単に見ておこう。
厚生労働省の発表によれば、昨年度は261人が脳や心臓の疾患が原因で過労死しており、それに加えて精神疾患が原因で198人が過労自死に至っていることが分かっている(2016年度「過労死等の労災補償状況」。数字はどちらも申請件数)。
毎年、分かっているだけで500人弱が命を落とす過酷な労働環境は、過労死が国際語としてそのままkaroshiと通用するほどにまで日本社会を特徴づける現象となっている。
しかし、先ほども述べたように、これらの事件や数字は氷山のほんの一角にすぎない。厚生労働省発表の数字は、あくまで遺族が労働基準監督署に労災申請をした件数をカウントしているだけで、自ら実態を調査したものではないからだ。
つまり、そもそも過労で亡くなったのに労災制度を知らずに放置しているケースや、労災申請したくても長時間労働やハラスメントの証拠を集められず泣き寝入りしているケースは、現に過労で倒れたとしてもカウントすらされていない。
その上で、企業名が公表されるケースはもっと少ない。国は企業名の情報開示を拒否しているため、どの企業で過労死が起こったのかは国を通じては公にならない。遺族が記者会見を行うなどしてメディアに伝えてはじめて、ニュースになり私たちが知ることができるというわけだ。
岩手県の製造業で働いていた51歳男性の過労死
では、過労死を訴えるためには、どのようなハードルが立ちはだかるのだろうか。私たちが支援しているA君の事例から考えていこう。
まず、A君の父親(以下、Bさん)は、岩手県奥州市の機械部品製造会社(株サンセイ。2012年に解散)で働いていた。
Bさんは、営業技術係の係長として部品の受注や見積もりの作成、納品作業に従事し販路拡大のために出張も頻繁に行っていた。さらに部下の指導や査定、取引先とのソフトボール大会の運営、忘新年会の手配も任されていた。
家族の証言によれば、毎日朝7時過ぎに家を出て帰宅するのは23時。人手不足のなかで業務が集中し、土日も休みなく働いており常にひと月あたり60~80時間の、最大で111時間の時間外労働(残業)を強いられた。
本人も健康の危険を感じ、家族に「俺は働きすぎだ。この会社はおかしい、何かあったら訴えろ」と伝えていたほどだ。2011年8月、自宅トイレで倒れているところを家族に発見され、翌日脳幹出血により亡くなった。わずか51歳であった。
花巻労働基準監督署は「発症前2か月においては残業時間の平均が98時間とほぼ100時間に近い時間外労働に及んでおり、請求人は著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に従事していたと認められる」として、翌年、Bさんの死を労働災害・過労死と認めている。
会社は謝罪もせず、労災申請に抵抗
だが、この申請と認定は簡単に得られた結果ではなかった。
当初から会社は過労死と認めず、責任回避に終始していた。A君の母親が労災を申請したことで監督署が調査に入った際も、本人の「生活習慣または年齢的な部分」に死の原因があると主張し、調査に協力すらしなかった。
Bさんが生前に遺した「俺は働きすぎだ。この会社はおかしい、何かあったら訴えろ」という言葉がなければ、A君の母親が証拠資料を自ら集め、労働災害申請を会社に逆らって行うことも、難しかっただろう。
A君の母親の勇気なしには、Bさんの事件は、報道はおろか行政の「数字」にさえカウントされなかったのである。
支援団体とつながって提訴に
その後Bさんが亡くなった当時、高校1年生だったA君は、大学進学を機に上京した。私たちNPO法人POSSEとの出会いは、私のツイッターの発信だったという。
私が彼と出会ったとき、「父親の過労死の件がずっと心の隅に残っており、労働問題に関するツイッターをフォローするようになった」ということを話してくれた。イベントへの参加から私たちとの交流がはじまり、彼自身が労働問題の被害者を支援するボランティア活動に参加するようになった。
そうするうちにA君は、自身の父親の事件についても、法的な責任を追及したいと考えるようになった。
実は、地元の岩手では過労死に詳しい法律家にアクセスすることができず、どこに相談したらいいのかも分からない状況だった。労働災害の申請はしていたが、当時のA君には、それ以上の権利行使の仕方はわからなかったのである。
そもそも、一般の人が過労死で会社を訴えることは容易ではない。多額の裁判費用がかかることに加えて、過労死問題に専門的に取り組んでいる弁護士はそれほど多くないので、「適当な弁護士を見つけること」自体が一つのハードルとなっている。今回の訴訟ではPOSSEと繋がりがある労働・過労死問題に詳しい弁護士を紹介し提訴に至った。
会社側の事件隠蔽工作
その後、私たちはA君とともに、Bさんが働いていた会社の調査を行った。すると、会社側の不可解な行動が明らかになってきた。
この会社は、Bさんの労災認定がおりた5か月後に解散し、役員が代表を務める別法人に工場や土地などの資産を売り払ってしまっていたのだ。タイミングからして、過労死の賠償責任を免れるために資産移転を行ったと遺族側は主張している。
それだけでなく、解散当時の役員が代表を務める別会社を経由して、全く別の新しい会社に資産が移転されていることも判明した。この点は、メディアでも「偽装倒産」「責任逃れ」として報じられている。
毎日新聞:過労死遺族が元役員3人に賠償求める 地裁 /神奈川
こうした偽装倒産が行われることは「過労死事件」では珍しいことではない。偽装倒産に限らず、会社側は損害賠償の請求を回避するためにあらゆる隠蔽工作を行う。同僚社員に「過労死した社員はサボっていた」などと偽証させるのは典型だ。そのほかにも、勤務記録の改ざんや隠滅などが行われる。
そのため、過労死問題の専門家の弁護士と入念に準備することなしに、会社を訴えることは難しいのだ。証拠の隠滅の対策には「証拠保全」などの特殊な法的技術が用いられる。今回も偽装倒産によって法的な責任追及は複雑な形をとっている。
これらのハードルを乗り越えて、A君はようやく訴訟を提起することができた。Bさんが過労死して6年以上経った今月16日、横浜地方裁判所で訴えを起こし、会社に約6500万円の損害賠償請求を求める内容だった。
そして、同じ日に行った記者会見には多くの記者が参加し、当日夕方のテレビニュースや翌日の新聞で取り上げられた。世の中はこうして「過労死」の事件として、Bさんの事実を知ることとなったのである。
過労死かも知れないと思ったら、専門家に相談を
今回の記事でぜひお伝えしたいことは、もし身近な人が突然倒れて亡くなった場合や精神的につらそうに見える場合、すぐに専門家に相談してほしいということだ(末尾に相談窓口を紹介した)。
労災申請を遺族だけで行うことはとても難しい。無料で相談を受付けている専門家が多数存在するので、ぜひアドバイスを受けながら問題解決に向けて取り組んでいただきたいと思う。
2014年に、家族を過労死で亡くした人たちが集まって過労死問題に取り組む「全国過労死を考える家族の会(karoshi-kazoku.net/)」などの尽力の結果、日本で初めて過労死に関する法律「過労死等防止対策推進法」が制定された。
毎年11月を過労死等防止啓発月間とし、全国47都道府県で厚労省主催の啓発イベント「過労死等防止対策推進シンポジウム」が行われている(私も毎年、地方の会場で講師を引き受けている)。さらに、国が公的に過労死・長時間労働の存在を認めて調査した「過労死等防止対策白書」も毎年作成されるようになった。
A君を支援しているNPO法人POSSEも、今回の事案を踏まえて、ブラック企業や過労死問題を考えるシンポジウム「過労死問題を考える緊急シンポジウム「過労死問題に家族・学生はどう立ち向かえるか −遺児学生の取り組みー」を23日(木)に開催する。
これらの啓発事業を通じ、多くの方に過労死の問題を知ってもらいたい。また、過労死・自殺の当事者や身近に問題を抱える方にも、ぜひ知識を得てほしいと思う。
無料労働法セミナー
12/17(日)「ブラック企業と闘う労働法講座 パワハラ問題への実践的対処法」
日時:12月17日(日)14時半〜(14時開場)
講師:明石順平弁護士(鳳法律事務所、ブラック企業被害対策弁護団所属、『アベノミクスによろしく』著者)
会場:ハロー貸会議室渋谷3 RoomB
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