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中村哲医師の銃撃死の衝撃と懸念

土井敏邦ジャーナリスト
日本のメディアでもトップニュースとして伝えられた。(12月5日・筆者撮影)

【中村哲医師の襲撃死の衝撃と懸念】

 夜、仕事から帰ってきた連れ合いが涙声で私に告げた。

「中村哲さんが、撃たれて死んじゃった!」

 私は「えっ!」と叫んで、絶句した。

「アフガニスタン人のために、人生を賭けてあれほど尽力してきた人を、なぜ同じアフガニスタン人が殺すのか!あんな人がなぜ殺されなければならないのか!」

 私は絶望感と激しい怒りに襲われ、言葉を失い、呆然自失した。

「医療では貧困と飢餓は救えない。この灌漑事業は医療の延長なんです」

 そう言って、医師としての医療活動から不毛の乾燥地で運河建設へと活動を拡げ、その陣頭指揮を取ってきた中村氏に、面識もない私も、遠くからずっと畏敬の念を抱いてきた。

 病死や事故死なら、まだ納得もいく。しかし中村氏がその人たちのために生涯をかけたその当事国の人間から殺害されたことに、私は居たたまれない気持ちに襲われる。何よりも中村氏自身が一番、死の直前に「なぜ?」という衝撃と絶望に襲われたに違いない。

「危険地報道を考えるジャーナリストの会」を立ち上げたジャーナリストの一人として、私は今、この事件が及ぼす悪影響を懸念している。

 つまり為政者たちが、海外でのNGO関係者やジャーナリストたちの活動をさらに規制するために、この「中村氏の銃撃死」を利用するに違いないという懸念である。

 シリア取材中に誘拐・拘束されたジャーナリスト・安田純平氏に対するパスポート発給拒否などの例に見られるように、危険地での日本人の支援活動や取材を「国民の安全を確保するため」という名目で制限する傾向が一層強まっていくことが予想される。

 中村医師は自らの死が、自分がその政策の危険性を警告し続けてきた現政府からそのように利用されることを最も忌み嫌い、拒絶するはずだ。

 危険地で活動する私たちジャーナリストやNGO関係者に、中村氏は天国からこう語りかけているに違いない。

「私の死で怯むな!為政者たちの口実に乗るな!私の遺志を引き継いでくれ!」と。

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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